学院内隔離と噂 ――“危険”よりも、“面倒”な存在
扉の向こう側。
「隔離」と言われたとき、最初は実感がなかった。
魔法学院の奥。
研究棟と居住棟のちょうど中間にある、どこにも属さない一室。
窓はある。
外から鍵もかけられていない。
食事も出る。
寝具も清潔だ。
だから最初は、ただの待機だと思っていた。
でも。
誰も来ない。
それだけで、ここが隔離だと分かった。
(…ああ)
(こういうやつか)
学生寮からも遠い。
講義棟からも離れている。
人の流れが、自然と避ける位置。
誰かが意図的に選んだ、“存在を薄くする場所”。
「危険だからではない」
エリスはそう言った。
「騒ぎになるからだ」
正直な理由だった。
(…納得できるのが、余計にきついな)
一日目は、まだ平気だった。
部屋は清潔。
食事も温かい。
エリスが一度、様子を見に来てくれた。
「不便はないか」
「…静かすぎるくらいで」
「慣れろ」
短い返事。
でも、来てくれたという事実だけで、少し救われた。
二日目。
廊下を歩く足音が、部屋の前で止まる。
小声。
「…あそこだって」
「障壁抜けたやつ」
「近づかない方がいいよ」
足音が遠ざかる。
(噂、回ってるな)
説明はされない。
否定もされない。
ただ、「そういう存在」として扱われる。
それが、一番きつかった。
三日目。
食事は置かれる。
だが、誰とも顔を合わせない。
(俺…)
(いつから、こんな“扱いづらい存在”になったんだ)
夜。
天井を見ながら思う。
(戦ってた時の方が、まだ楽だった)
敵がいた。
やることがあった。
今は違う。
誰も、俺をどうしたいのかはっきり言わない。
ただ、距離を取る。
(これ、一番効くやつだな…)
四日目。
久しぶりに、扉がノックされた。
「…やあ」
リリアだった。
資料を抱え、少し気まずそうに立っている。
「入っていい?」
「どうぞ」
自分の声が、思ったより掠れていた。
「…ごめんね」
開口一番、それだった。
「学院、ちょっとピリついてて」
「知ってます」
即答すると、リリアは苦笑した。
「だよね」
部屋を見回す。
「隔離、ってほど酷くはないけど」
「でも、良い扱いじゃない」
「…はい」
否定できない。
リリアが椅子に座る。
「ねえ。怖い?」
少し考える。
「怖い、というより」
一拍置く。
「俺が、“説明不要の存在”になってるのが嫌です」
リリアは、ゆっくり頷いた。
「…分かる。それ、一番しんどい」
資料を机に置く。
「これ、君の検査結果」
紙を覗く。
数字の羅列。
その中に、一行。
《危険度評価:未確定(上限不明)》
「…これが原因?」
「半分はね」
リリアは真顔で言う。
「人は、“分からないもの”が一番怖い」
「だから遠ざける」
「…爆弾扱いですね」
「うん」
即答だった。
「でもね」
リリアは続ける。
「爆弾って、勝手に爆発しない」
「起爆装置が必要」
嫌な予感がした。
「君の場合、その起爆装置は――感情」
胸が、少し痛む。
「怒りとか、孤立とか、否定とか」
「そういうのが積もると、怖い」
「…なるほど」
理屈は分かる。
でも。
「リリアさんは?」
「ん?」
「俺から、距離取らないんですか」
少し沈黙。
「正直に言うと、めちゃくちゃ怖いよ」
「え」
「君が暴走したら、学院、普通に壊れるかもしれないし」
冗談じゃない目だった。
「でも」
リリアは言う。
「君が一人で壊れる方が、もっと嫌」
その言葉は、真っ直ぐだった。
善意だ。
でも、重い。
重いけど――
あたたかい。
「一人だと思わないで」
そう言って、リリアは出ていった。
扉が閉まる。
(…一人じゃない)
(でも、自由でもない)
その矛盾が、胸に残る。
七日目。
噂は完成していた。
廊下を歩けば、視線が逸らされる。
近づくと、会話が止まる。
ある学生が、勇気を出して話しかけてきた。
「…君って、悪い人?」
答えに詰まる。
「…分かりません」
正直に言った。
その学生は、一歩下がる。
「あ…ごめん」
逃げるように去っていく。
(だよな)
自分でも分からない。
エリスが来たのは、その夜だった。
「顔色が悪い」
「隔離生活、向いてなかったみたいです」
「向いている人間など、いない」
即答。
「…噂、止められませんか」
エリスは少し黙る。
「無理だ」
「噂は、剣より速い」
「…そうですか」
「だが」
エリスは続ける。
「噂は上書きできる」
「どうやって」
「行動だ」
短い言葉。
「何を選ぶか」
「何をしないか」
「それを見せ続けるしかない」
時間がかかる。
疲れる。
それでも。
「覚悟はあるか」
問いかけ。
俺は少し考える。
「…逃げる覚悟なら」
「もう、使いました」
エリスの目が、わずかに揺れた。
「…そうか」
扉の前で、彼女は言う。
「隔離は、もうすぐ解除される」
「ただし、君は“注目される側”になる」
「嫌です」
即答。
「だろうな」
珍しく、エリスが少し笑った。
「孤立は、君を守るためでもある」
「そして」
「君が“自分を選ぶ”ための時間でもある」
扉が閉まる。
静かになる。
(…選ぶ、か)
拳を握る。
怪物になるか。
何でもない人になるか。
それとも。
別の何かになるか。
答えはまだ出ない。
でも、分かっている。
この孤立は、終わりじゃない。
始まりだ。
ここから先。
俺は、世界とどう関わるかを選ぶことになる。
そしてその選択は――
誰にも、代わってもらえない。




