魔法学院模擬戦――異常は、段階的に露見する
魔法学院の演習場は、「戦う場所」というより「見せる場所」だった。
丸い石の床。
その周囲を取り囲む段状の観客席。
上空には、常に展開された安全結界が淡く光っている。
空気そのものが、ざわざわと震えているようだった。
魔力が満ちているのが、肌で分かる。
(…完全に場違いだな)
俺が立っているだけで、違和感がある。
「静粛に」
教官の声が、魔法で拡張されて演習場全体に響く。
「これより模擬戦を行う。本演習は“実戦を想定した適応力評価”を目的とする」
評価。
(評価される側って、こんなに落ち着かないのか)
観客席からの視線が、容赦なく刺さる。
好奇心。
疑い。
警戒。
そして、面白がるような期待。
「…あれが魔力ゼロ?」
「身体能力だけ異常って本当か?」
「騎士団案件だぞ」
全部、はっきり聞こえる。
(耳まで強化されてるだろ、これ…)
エリスは最前列に立っていた。
腕を組み、俺ではなく、演習場全体を見ている。
周囲の動き、教官、学生、結界の状態。
(…守る準備してるのか)
そのことに気づいて、胸が少しだけ温かくなる。
「対戦者、前へ」
一人の学生が歩み出る。
俺より少し年下に見える。
手には杖。
真面目そうな顔つき。
「ルーン・フェルド」
はっきりと名乗る。
「第三課程、攻撃魔法専攻」
(ちゃんとした学生だな)
だからこそ、嫌だった。
「…すみません」
思わず口に出た。
ルーンがきょとんとする。
「え?」
「俺、加減できないかもしれない」
本音だった。
自分がどこまでやれるのか、分からない。
「…舐めないでください」
ルーンの目が少し鋭くなる。
「ここは模擬戦です。手加減の方が失礼です」
(まっすぐだな…)
教官が手を上げる。
「戦闘――開始」
空気が一気に張り詰める。
「《火球》!」
短い詠唱。
だが威力は十分。
赤い火の塊が、一直線に飛んでくる。
(来た)
考えるより先に、体が動いた。
横に一歩ずれる。
火球が頬のすぐ横を通り、床に当たって爆ぜる。
石が焦げる匂い。
「…避けた?」
観客席がざわめく。
(避けた、というより…見えた)
軌道が、最初から分かっていた。
どこを通るか、どこに落ちるか、自然に理解できた。
「《連射》!」
ルーンが距離を取りながら、次々と火球を放つ。
普通なら、下がる場面だ。
でも、なぜか。
(…前だ)
そう思った。
火球と火球のわずかな隙間に、体が勝手に滑り込む。
爆風が背中をかすめる。
熱い。
だが致命傷ではない。
「近づくな!」
ルーンの声が焦る。
「《防御障壁》!」
半透明の壁が彼女の前に展開される。
魔力が空間を固める。
(止まれ)
頭ではそう思った。
でも、足は止まらなかった。
次の瞬間。
――抵抗がない。
壁に触れた感触も、弾かれる衝撃もない。
気づいたときには、俺は障壁の内側に立っていた。
「…え?」
ルーンの声が震える。
俺も同じ気分だった。
(何した、俺)
考える暇もなく、体が動く。
杖を掴む。
軽く押す。
それだけで、ルーンは地面に押さえつけられ、動けなくなる。
力は入れていない。
「…降参」
小さく、震えた声。
教官が息を呑む。
「模擬戦、終了」
間を置いて。
「勝者――旅人」
その瞬間、観客席が爆発した。
「今の見たか!?」
「障壁抜けたぞ!」
「魔力反応は!?」
「どうやって入った!?」
質問が飛び交う。
(俺が聞きたい)
エリスが、ゆっくり立ち上がる。
怒っていない。
だが、目が変わっている。
――判断の目。
(…ああ)
分かってしまった。
今ので、俺は“変わった”。
ただの異常値じゃない。
「対処すべき存在」になった。
エリスの視線が、まっすぐ俺に向く。
(…ごめん)
隠すつもりだった。
目立たず、静かに、様子を見るつもりだった。
でも、できなかった。
自分の力が、思ったより勝手だった。
演習場の空気が変わる。
尊敬ではない。
恐怖でもない。
――興奮。
珍しい標本を見る目。
(…終わったな)
そう思った。
そして同時に、はっきり理解した。
俺はもう、“普通の転移者”では済まない。




