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マイラ・グランヴィルは破局を迎える9

「殺せた……最大の障壁ぃ!」

 あとはチャールズ一人のみ。

 彼も魔術を扱うが、こと戦闘面において優れているとは言えない。少なくとも前世で彼女が学んだ設定ではそうだった。実際何度か顔を合わせているものの、彼は決して自分から攻撃をせず、そして騎士長によって守られていた。つまりそういう立場であり、兄二人のような前線に立つタイプではないということだ。

 ならばひねり潰すのみ。もう小細工はいらない。

 念のため周囲を確認する。ゴドフロワとの死闘を遠巻きに見ていた貴族達のほとんどは腰が引けている。この中に騎士を輩出している一族でもいれば違ったのかもしれないが、彼らにとってつくづく残念なことにそうではないようだ。

 だが、それでも自分が立つのもやっとだという様子を見せたならば、魔術の心得がある連中のことだ、場合によってはその魔術で遠距離からトドメを刺そうとするだろう。それを卑怯とは言わない。マイラが同じ立場なら誰よりも先にそうしているはずだから。

「ふふ……」

 わざと笑ってみせた。不敵に、大胆に。そうすることで自分にはまだ余裕があると虚を張る。

 ゴドフロワを殺すには絶対的な実力の差を奪う必要があった。まずは人質を取る。王妃をも狙っていると思わせる。その次にチャールズ王子を狙う。さすがにここまで来ればゴドフロワがどれだけ集中しようとも、王妃や王子を守るという意識が途切れることはない。そしてそれは自然と彼の行動を縛ることにもなり、先読みも通常時と比べればまだし易くなる。とはいえ、それでも相手は王国最強と誉れの高い騎士長だ。だから隙間を縫って王子を本当に狙うことで、彼の行動をさらに制限、また王子を確実に殺す攻撃において、彼はいつかはその身を挺し、護るだろう。事実そうなった。それにより彼は片腕が使えなくなり、出血の量も致死量に達し、確実にその動きから速度が失われた。

 だが、それでもなお『マイラより強かった』のである。実際先に喰らった一撃で、マイラは一瞬己の身体が砕かれたような錯覚さえ覚えたほどだ。もし人質の中に王族がいなければ、恐らく彼は躊躇いなくマイラを殺しにかかっていただろう。そうなればマイラとてほとんど抵抗できずに殺されていた。

「だが! 王国最強の騎士長を討ち取ったのは私! わかるわよね、この私が! 彼を! 殺したッ!」

 堂々と宣言する。そのことがこの場において何よりも重要で、自身の命を守ることだった。あの最強の騎士長を倒した者に戦いを仕掛けるような愚か者はいない。騎士長が勝てなかった相手を、屈強な兵士がいないこの場でどうしろというのだ。ならば誰かが――王国の他の騎士が駆けつけるまで大人しくしているほうがいい。打算故の行動原理だが、彼ら貴族は間違いなくそういう最適解を選ぶ。

(ここにチャールズとゴドフロワが現れたのは予想外だったけど、結果オーライってところね)

 今すぐ倒れたいぐらい全身に痛みが奔る。苦痛に声を上げたくなるのを全力で抑え込み、マイラはゆっくりとチャールズに向かうべく、彼の姿を探す。

(――待って、探す? なぜ? 王子がいない?)

 では、どこに?

 考える間もなく、彼女の真後ろから声がする。こちらを呼びかけるでも語りかけるでもなく、それは魔力を形にする言葉だった。

「我が手に断罪する力を!」

 魔術を構築する際、魔力の具現化をより容易くするために詠唱するのが基本だ。慣れた魔術構成ならば詠唱を飛ばして単語だけでも発動可能だが、そうでもない者にとっては基本的に形を成すまでの具体的な一文、あるいはより高度であれば一節を口にする。

 マイラにとってはそれが隙そのものだったが、今の彼女は平時と比べると傷を負いすぎている。血も流し、意識も軽く朦朧としているような状態だ、理性だけで、つまり気合いだけで身体を動かしているが、もはや限界は近かった。

 それでも魔力の操作だけはできた。魔力を操作できるなら、肉体を強化できる。確実にこちらの隙を狙ってきたチャールズの魔術は、とにかく貫通力を上げたものだった。不可視の槍といったところだろう。直撃するだろう部分で両腕を交差し、その腕を槍が貫く。強化した腕の魔力が槍を止めたものの、しかし勢いは凄まじく、彼女の軽い身体が軽く吹っ飛んで貴族達の幾人かを巻き込みながら床をはね、壁に背中を強かに打ち据える。

「けうっ……!」

 喉の奥から鉄の匂いがする。

(あ、ヤバい……内臓が『壊れた』んだわ、これ……)

 創作物で多い口から血を吐くというのは、実際その身に起こると非常に危険な状態なのだと自覚できる。内臓の傷だけは、部位によるのかもしれないが、それだけのダメージを負ったという危険信号に他ならない。

「け、ふっ……げふっ……!」

 舐めていたつもりはなかったが、チャールズは自身の側近が死んだという事実を押し殺して、マイラに生じた油断と言うには余りにも些細な隙を突いた。強者を演じることで一時的にその場における身の保身に走った結果がこれかと、マイラは唾と共に喉に溜まった血を吐いて呼吸を確保する。両腕が使えない。痛みは我慢すればなんとかなるものの、これ以上この身体に傷を付けるのだけは避けたかった。

 しかし、チャールズの行動はマイラに重傷を負わせるだけに終わらない。彼の魔術によって一瞬だけ圧倒的な強者であったマイラの印象は全く以て別物へと変わってしまったのだ。

「ま、魔術だ、魔術で取り押さえろ!」

「拘束魔術は使えるか! ええい、王族殺しだ、いっそこのまま殺してしまってもいいだろう!」

 そう、恐怖に色めきだっていた筈の貴族達が、その場において絶対的に責めても良い弱者と認識し、普段は見せることの無い牙を剥き出すのだ。

(まずい……!)

 マイラはまずチャールズを見る。彼はこちらを睨んだまま、そこから動こうとしない。頭の良い彼のことだ、ここでマイラに近付くぐらいなら、きっとこう言うに違いない――

「その者を殺せ。その者は我が兄達を殺した大悪人である!」

 そう、それが正解だ。

 大義名分さえあれば、貴族は容赦なく動く。さらにそこには利害関係もあり、むしろ競争が起きるだろう。

 マイラ・グランヴィルを先に仕留めた者が勝ち。

 先ほどのように全員を『縛る』ほどの魔力は残っていない。幾人か倒れている貴族はいいとして、ただ出来事を見守っていただけに過ぎない健常な貴族達がそれぞれに魔術を構成する。力任せに抑えるという選択肢が無いのはこの世界ならではの常識なのだろう。

 そもそも全員が肉体を格段に強化する魔力捜査が行えるわけでもない。ある程度の訓練が必要となり、そもそも自前の護衛がいる貴族連中が格闘技まで習得する必要性は基本的に皆無だ。貴族の嗜みとして一通りの教育を受けることはあるだろうが、どちらかといえば人を雇うことで一族の力を誇示するほうが色々と有効である。それでも魔術は高等であればあるほどそれだけの教育を受けているという意味もあるため、こればかりはどの貴族も一定レベルの技術を持っている。

 先ほどまで王国最強と殺し合いをしていたマイラの神経は未だに鋭く、貴族全員の動きが実に緩慢に思えたが、それ以上に自分の身体が遅いことに苛立ちを覚える。

「この手のひらに集まり給え! 鋭き刃よ!」

「我が眼前にて灼熱に燃えよ!」

「疾く駆けつけよ、雷!」

 捕縛目的ではない、間違いなく殺傷能力がある魔術だ。このままでは殺される。マイラは言葉にならない声で叫び、目に入る人間の地面から細長い棘を産み出す。とにかく数だ、数で圧せ。

 足どころか太もも、あるいは腕や腹を貫かれた人々が悲鳴を上げる。運良く当たらなかったり、思ったより勘が鋭く躱した者もいるが、一瞬だけ混乱を生み出せたのは大きい。マイラは最後の力をばかりに足に力を込めて一気に走り出す。目標は一人だ。たった一人だ。そして最後の一人だ。彼を殺せば全てが終わる。

 その彼を殺せば、もうマイラ・グランヴィルを害する存在は居なくなる。

「あああああァァァァァ!」

 絶叫しながらチャールズに向かう。彼の瞳は実に褪めていた。マイラを人間と思っていないような瞳は強い圧があるものの、それはマイラの神経を逆撫でする。

(マイラを! 私を! そんな目で見るなァ!)

 マイラ・グランヴィルは人間だ! これ以上ないぐらい美しい人間だ! その彼女をそんな目で見るな! 観るな! 視るなァァァァ!

「最期まで冷静でいるべきだったよ、マイラ・グランヴィル」

 チャールズの静かな言葉が耳に届く。恐らく彼からしたらマイラに聴かせようと呟いたわけではないものの、マイラはその唇の動きから言葉を察し、まるで聞こえたかのように幻聴を起こしたのだ。

 チャールズはマイラが貴族に向かって魔術を使っている間、既に彼なりに魔術の構成を終えていた。そもそも彼の目はマイラが既に限界なのを見抜いており、冷静沈着に対処するには十分な時間が与えられていたのだ。決してその魔術の威力が副所長や兄達に叶わずとも、その身体が騎士団長や義賊より遙かに劣るとしても、骨を折り、体力も底を突き、内臓まで傷だらけの彼女よりずっと動けるのは明白だった。

 何より今まで殺された者達のことを考えると、チャールズがマイラを殺さない理由が全く無いのだ。

 ――この時だけは個の感情を優先させてもらうよ。

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