マイラ・グランヴィルは破局を迎える7
――死ぬ。
マイラは、それを感じ取っていた。
今まで散々死を与える立場であったからこそ、己に迫る死をはっきりと感じ取り、確信すらあった。
元々分かっていたことだ。死を運ぶゴドフロワは当然として、最初に殺したフィリップ、そして第二に殺したエドアルド、第三に殺したセイロ、そして第四に殺したアズヴァルド。彼らに正面から殺しにかかったところで、このマイラ・グランヴィルではどうやっても返り討ちに遭い、そして殺されるのだと。それが王国最強の騎士ともなれば些かの隙も見せずにそうなるに違いない。強力な肉体と、その恵まれた体躯を操る魔力、その量。判断力。経験則。何もかもマイラ・グランヴィルを遙かに上回る。
だからマイラは誰にも理解できない魔術を事前に汲んでいた。魔術があると知られた今、それを組んだところで誰もが不可解な魔術、あるいは未知の技術と融合した魔術構成であるとして、それ以上の考察には及ばないと踏んでいたからだ。
(正確に喩えるなら、私の『魔術』は――)
ゴドフロワの剣が、マイラの細い首を捉える。必殺の動きだ。今から何をしたところで最早マイラの頭が飛び、床を転がり、廊下を血で穢すだろう。
しかしそうはならなかった。
ゴドフロワは彼女の首の直前で非常に堅い物質の感触を得て、剣を引く。嫌な予感がした彼は堅い何かに衝突したであろう部分を一瞥すると、剣の一部が欠けていた。剣ならば何度も使えば鎧や人の骨によって刃が欠けるなどよくあることだ。しかしまっすぐに首を狙い、その直前で切っ先が欠けるほどのことが起きたというのは冷静に状況判断をしているゴドフロワを驚かせるには十分である。
(――原子の操作なのよ)
軽い元素を重金属にすることができるか。
それは一種の錬金術みたいなものだ。不可能ではないが現実的ではない、という意味において、まさに楽々と実現した暁には錬金術と呼ぶに相応しい偉大なる功績が残せるに違いない。
人工的な核変換による軽い元素からの重金属生成、恐らく彼女の前世にあたる世界において理論上は可能とされているが、エネルギーコストやその危険性において不可能とされていたが、そもそも魔力というどこにでもあるエネルギーが存在する世界ではそれら全ての問題を解決するだけの可能性があるということだ。
酸素を重金属に――僅かな量ではあるが、ゴドフロワの握った有象無象の剣を弾く程度の堅さを持つ『何か』は生成できた。
これらは元々の知識が無ければ決して成し得ない偉業であろう。だからこそ本来のマイラ・グランヴィルは魔術が使えない無能としてそしりを受けていたところもあった。
(だがそんなこと! 私が決して言わせない!)
突如として強烈な突風がゴドフロワの巨体を弾き飛ばし、彼は空中で回転してから着地した後、チャールズの元へと駆け寄る。一切無駄のない動きでチャールズを小脇に抱えてから王妃のところへ向かった彼は、その王妃に向かってチャールズを思いっきり投げる。
「おまっ!」
王妃はひょいを身体を逸らしてチャールズの直撃を避け、その王子は何度か地面を転がってから身体を起こす。
「王子はそのまま避難を!」
「いや! ここで全てを解明する!」
「王子!」
「できないわ! だってあなたは探偵というものを知らずにその上っ面だけをなぞっているだけだもの! 本物の探偵なら!」
喋りながらもマイラは言葉に魔力を込めている。まったく意味が違う内容でも発動する魔術の精度に驚きは隠せないが、不可能というわけではない。アズヴァルドならば普通に会話をしながら予想だにしない魔術の発動ぐらい、恐らく日常からこなしていた。
(マイラ・グランヴィルはその域にいる? いや違う、そこまでの才はないはず!)
決めつけは危険だが、可能性で言えば限りなく低い。そもそもアズヴァルドと同じ実力があるというのなら、アズヴァルドを殺した段階で蹂躙をするぐらいはできたのだ。
(そう、結論から言えば彼女には限界がある。魔力の容量がそこまでない、というのは今までの犯行や手口、そして今見てきた限りの行動から推理可能だ)
「ゴドフロワ! 彼女を殺せ! それが最優先だ!」
そして魔力に限界があるからこそ彼女は綱渡りを成功させ続ける必要があった。この場において正体を晒し、そして最早王国に牙を剥いていると言ってもいい完全なる反逆行為を。何かを企んでいるのは間違いない。だからこそいくつかの謎を放り投げたまま、チャールズは騎士長に命令を下す。
騎士長であるゴドフロワは返事を行動で返す。言葉は魔術だ。魔術戦闘となれば余計な会話をせず、相手の魔術に対抗するための呪文を唱えるか、せめて攻撃魔術を唱えるのがセオリーである。握った剣を攻撃にではなく防御に振る。彼女が飛ばしてくる剣も厄介だが、それ以上に剣のみならず全く違う見えない何かがゴドフロワの全身を強く打ってくるのだ。
(小さな矢じりを受けているみたいだ……!)
ただ致命傷には程遠い。もっとも魔力で肉体を強化していなければとっくに致命傷だっただろう。身体を全て自分の意思で動かす極意なら掴んでいるゴドフロワだが、彼の恐ろしさはさらにその一歩先を往く。身体の部位によっては完全に考えから切り離し、思考のリソースを他に割くことだ。自分がこうと決めた動きを半ば自動的に行わせることでそれ以上脳の領域を割かず、そしていざとなればまた全身を完全に思考の一部に置いてと、これを繰り返す。相手からすると急速に魔術が洗練されたようにも感じ、またいきなり身体能力が上がるようにも見えるだろう。何度も繰り返してしまえば相手によってはその動き、仕組みを看破してしまうだろうが、そもそもこの技術を習得したゴドフロワが相手を殺し損ねたことは一度も無い。――喩えるならこれはゴドフロワにとって絶対にこの場で相手の命を絶つと誓いを立てたことに他ならない。騎士長の誓いだ。彼にとって絶対となる。
周辺から飛んでくる不可視の矢は剣を振り回すことである程度弾いている感触はある。ならば後は一瞬であの女の命を絶つことだけだ。凄まじい高速で迫るゴドフロワに、あのマイラが一筋の汗を流す。それを見逃すゴドフロワではない。身体能力、魔力操作、そして魔術の行使、これら全てを高レベルで習得しているからこその国内最強である。
防御に回していた剣を彼女の喉元に向かって突きとして繰り出す!
一瞬で音の壁を越えた剣の切っ先が彼女の喉に触れるまでにかかった時間など、瞬き一つすらかかっていない。まさに刹那と呼ぶに相応しいだろう。
だが、その突きはまたも弾かれた。それは予想していた。特に喉は声を出す部位なのだから、喉と肺と口だけは必ず最重要箇所として守る。弾かれた剣の勢いを利用して小さく一回転させて、騎士長は身体を捻りながらマイラの脇腹を蹴る。やはり堅い何かに防がれたものの、さすがに彼女の身体が大きく弾かれた。
(足は『死んだ』か! 致し方なし!)
蹴った足のすねやふくらはぎ、ふとももに至る箇所までいくつもの血の噴出を目視し、彼は右足の痛覚を遮断、ただ動くだけの物として王城の床を蹴り、マイラが体勢を立て直す前に再度攻撃に移行する。マイラ・グランヴィルなら立ち上がる素振りをしながら魔術を行使する可能性も考え、先に構築していた魔術を発動、「火よ!」と鋭く叫び、マイラを四方八方から焼きさんと噴射する火が襲いかかる。しかし火は途中で掻き消え、マイラは迫り来る騎士長から視線を逸らし、ある方向を見る。
(――その方向は!)




