マイラ・グランヴィルは破局を迎える6
「魔術は魔力というエネルギーを利用した技術のことである。かいつまんで――いえ、私がわかりやすく理解をするなら、魔術の正体はこうなのです。では魔力とは何か。世界中のあらゆる物質に存在するエネルギーって何でしょうか? 本当にそんなものが存在するのなら、この世界は何故もっと発展、あるいは永久機関に至るような発明が無かったのか。ずっと不思議だったのです。電気ではなく魔力を基本とするなら、どうして魔術のみではなく科学としての技術が発達していないのか。生活基盤に根付いているとはいえ、正直『薄すぎる』とは思っていたのですよ」
「まるで君は別世界のことを識っているようだ」
「だからですよ、王子。だから『私は貴方達の誰よりも先を往く事が出来た』のです。魔力の正体が何であろうともそれを利用した物理学との融合は、この世界中で私だけが許された。物質の最小単位とその動きを理解しているだけで、貴方達を超えられるんだから」
「アトムの原理か。物質はそれ以上の分割ができないとされる実質的な最小単位だ。現在になり四元素説こそ否定されつつあるが、しかし君はそれ以上の知識があると? 最先端の学術より上回っていると?」
知識欲について深く理解があるチャールズからすれば、それは人類の歩みを否定するような事実でもある。全ての物事は積み重ねからなっている、というのが王子にとって当たり前のことであり、少なくとも学術はこの積み重ねから外れることはない。どのような発見や発明であろうとも、必ず何かしらの積み重ねの先に存在するものだ。これらはまさに人類の歩みそのものだろう。
「当たり前です。だって私は王子の言うとおり別世界からやってきたのですから。ならばこの世界の最先端とされる常識より遙か先から来ているとしても何もおかしくないでしょう?」
「――おかしいな。別の世界? マイラ・グランヴィルは正式なグランヴィル家の娘だ。『どこかから拾ってきた子供』ではないだろう」
「ですが、私は事前にこの世界の人物について把握していましたし、現にこんなことも出来ます。動けますか?」
チャールズは咄嗟に腕を動かそうとして、しかし動かせたのは服に触れるところまでだった。自分の着ているものがまるで動かないことに気づき、彼女がいつ魔術を使ったのか見抜けなかったのだ。
(動かない。服が? 凍っている? 服が凍る? いや、あり得るのか。物質の最小単位まで動かないことができる魔術なら可能か。つまり物質を操作するという魔術の本質はここにあるのか!)
先ほどマイラ自身が語っていた、物質の形状変化を思い出す。確かに物質、特に水は温度によって凍り、液体となり、そして気体となるのは知識としては識っている。だが、その性質がもし全ての物質に当てはまるとしたらどうなる? あるいは水における凍っている状態が物質の正常な状態なのだとしたら?
(いや、だとしたら服が凍っているというのはおかしい。――水、気体、まさか!)
「気体となった水を再度凍らせることで、服を固定している……か」
「ああ、沢山考えたのですね。ええ、はい、正解ではないですが正しいです」
(だとしたらおかしい。何故最初からこうしなかった。文明レベルで我々を超えたところから来たといっていたが、それは一体どういう意味か。何でも出来るのならここまで彼女が自重して殺害を行う理由は無い。つまりどれだけ知識が先行していようが、魔力が有限であるという事実だけは変わらない)
「また、先ほどの発言でこの世界と私の居た世界は元々同じだったかもしれない、と気付きました。どこかで枝分かれみたいなことが起きたのか、それは知りませんが」
(……何の話だ?)
「そもそも物質を止める魔術って、分子の運動エネルギーを止めるってことなんですよ。まぁ、実際は調べる術もないのですが、少なくとも私はそういうイメージで魔術を使っています。さて、それでは殺しますね。全員です。一人として生かしてはおきません」
マイラは浮かんでいる一本の剣を見上げて、それから一言だけ呟く。
「貫け」
ひゅん、と鋭い音がしたかと思えば、一番手前にいた中年の貴族だろう男性の腹をまったく躊躇も容赦もなく突き貫いていた。
「うん、良い速度ですね。では」
マイラの視線がチャールズに向けられる。
「全員死んでください」
「させるかァ!」
貴族の中でも高等教育が行き届き、魔術師としては高位となる者も存在する。そういう人間達が動けないと絶望している中で、魔術を一切使わずに動き出す者がいた。
このエイゲレス王国において最も気高く強き者としての称号を得て、また事実として彼がその地位に就いた時から常勝のまま、国の力として、最高の戦力として輝き続け、今もなおその誇りを胸に、その男は彼女の作り出した拘束具と化した鎧を強引に『壊して』一心不乱に飛び掛かる。
騎士長ゴドフロワ。
咄嗟における彼の判断は幾多にも及ぶ戦によって培った経験則から、そしてそれを可能にする魔力操作と耐えきる強靱な肉体によって成せることだった。
魔力による肉体操作は本人が保有する魔力量と、それを操作する繊細さが重要だとされている。ゴドフロワがやったのは全身を縛る鎖と化した鎧に自身の全体から魔力を流して干渉、僅かに緩んだその拘束を強化した肉体で強引に半壊させることで動けるようになり、そして有り余る力で眼前の敵を砕こうとする。
「そんなむちゃくちゃな……!」
マイラは一瞬だけ迷う。当たり前だった。まさかそんな強引な方法を使って問題解決しようとしてくるなど、想定外も想定外だ。妨害はあると睨んでいたが、いくらゴドフロワといえど一瞬の隙や躊躇いが発生するようにしていたつもりだった。
だが彼に迷いは無い。自身の行動こそが全て正しくあるという信念の元で動いているようにも見える。――事実、彼の行動はまさに最適解以外の何物でもなかった。剣を魔術で操っているのはマイラだ。兼を飛ばしたといっても、あくまでもそれは操った上でのことであり、彼女がそれを止めたなら剣は自重で方向を変え、確実な死から免れる者も出てくるだろう。それになにより『マイラ・グランヴィルは死ぬわけにはいかない』という大前提があった。死を畏れているのではない。マイラの中にある魂は己の死すら畏れてはいないが、マイラ・グランヴィルという少女が死ぬ事を何よりも畏れている。ゴドフロワはそれに一瞬で気付き、行動を起こしたのだ。もちろんチャールズのような理論的な理由にまでは至っていないが、彼なりの経験則に基づく勘がそう告げており、確信も得ていた。
つまり、マイラは。マイラができることは、ほんの僅かなことだった。
「……ッ!」
顔を歪ませた彼女は、魔術の性質を変えて剣の数本を自分に向けて動かしていた。辛うじてだが、ゴドフロワの拳を剣の腹で受け止めることはできたものの、その鉄の剣は恐ろしいことに歪み、折れ、砕け散った。
またさらにマイラを守ろうと動く剣の柄を握り、そして剣の勢いを殺さずにマイラの心臓に向かって剣を突き進める!




