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マイラ・グランヴィルは破局を迎える5

「マイラ様が……」

「マイラ嬢が……」

 ――魔術を使った。

 彼女を犯人に断定できなかった一番の壁は、彼女が魔術を使うことができないという点であった。

「その魔術を磨いたのは、例の地下で不法移民を殺して磨いたものか? で、なければ彼の偉大なロード師の元で学んでいたのなら、彼が気付かぬ筈が無い。誰にも知られず、そして実際に人をどう殺めるかを研究するにはうってつけの場所だったと言える。だが、本当の目的はそれではないね?」

「……王子」

「おっと、口を開かないほうがいい。最早今の君に発言権はない。また誰も認めないだろう」

 マイラは周囲を一瞥する。

 先ほど前は半信半疑だった貴族達から、もはやその色は失せている。全員がマイラ・グランヴィルを犯罪者として認識しつつあるということだろう。

「地下の殺人は、つまり殺人行為に慣れることが主な目的だった」

「慣れる……?」

 誰かが疑問を口にする。

「ああ、幾度も人を殺すことによって、その殺しを日常にまで落とし込む行為だよ。一日に何人殺した? 一日一人か? 二人か? 常日頃から殺すことで、彼女は殺しを特別な行為を思わぬようになっていった。それこそ紅茶を嗜みながら笑顔で談笑しつつ、もう片方の手で人の心臓を貫けるようにまで、彼女は『殺人』というものをごく自然なものとして認識するようになった。驚異的なことだよ、これは。学術的にも恐らく例を見ないだろう」

「なぜそんなことを?」

 ――王妃が口を開く。それに驚いたのは貴族達のみならず、チャールズもだった。

「当然、これまでの事件を円滑に行うため。この経験は二人の兄を殺すのに必須だった。何しろ殺意が無いのだ。兄達がどれだけ経験豊富であろうとも、まるで殺意無く、ましてや好意を抱いている相手であれば確実に油断する。マイラ・グランヴィルにとってフィリップス兄様の死は確定だっただろうね。そして殺意に敏感であっただろう危険人物と思われるエドアルド兄様をもその手に掛けることができた。でなければこの二人が後れを取るというのは少々考えにくい。君が魔術を使えないと思い込んでいたとしても、防御すらしていない者の背後を突けば殺す事など訳なかったのではないか?」

「妄想ですわ、王子」

「そうかな? 現に君は己の魔術を隠していた」

 つまり、マイラ・グランヴィルは――

「幼き頃よりこれまでの犯行を想定し、淡々と己を何も感じぬ殺人鬼へと己を改造し、そして見事にその計画は遂行された。やや疑問だと感じるのは、どうして聖女を殺さなかったのかだ」

「なぜ? 聖女を? いいえ、分かりません。王子の言っていることは何一つとして私には理解できません。私が殺人鬼? あまりにも酷い言い様ですわ」

「まるで本当に何も識らないような口調で語る。そこが君の恐ろしいところだ。つまり殺人を知識として理解しているが、感情はまったく別の処に置いている、といったところか。もはや神の如き精神性だとさえ言えるな」

「畏れ多いことを仰ります。私などただの小娘。そんな小娘に殺人が? いいえ、私はフィリップを――フィリップス殿下を殺した者こそ恨みを」

「その割には随分淡々としている。おかしいのではないか? ここまで言われて息一つ乱さず、汗一つ流さず、自分が犯人では無いと語るような、まるで『自分ではない他人のこと』のようだ」

「……」

 マイラが眉を寄せる。

「つまりマイラ嬢、君は俯瞰する自分がいる。その俯瞰する自分がさながら操り人形のようにその肉体を操っているような感覚なのではないか? 所詮は舞台の外にいる者ならば、現実で何が起ころうと驚きこそすれ必要以上に精神を乱されることはない。一種の二重人格に近い。それを意識的に自分の中に作ったのか、あるいは元々そうなのかまでは分からんがね」

「私が二重人格? 初めて言われましたわ」

「だろうね。実に巧妙に隠している。それすらも自覚しているか怪しいが、精神性は間違いなくそうだろう?」

 そこでマイラは口を閉じ、初めて『強く王子を睨んだ』

「さて、それではこの王宮内で行われた第三の殺人だ。これは諸君らがよく知っている人物、つまり義賊のセイロが被害者となる」

「義賊……!」

 あの貴族殺しのか、どうして奴が、利用したから殺したのか、しかし義賊が知っていたのならとっくに話しているだろう、ならばなぜ殺した、とそれぞれが勝手に推論を語るが、王子は彼らが落ち着くまで待ち、静かになって視線が集まったのを感じ取ると改めてゆっくりと話し出す。

「彼はアズヴァルド副所長による取引に応じ、聖女の護衛を影から請け負っていた。そして聖女の傍に居たマイラ・グランヴィルから何も感じなかったが故、彼女は今後の計画で邪魔になるであろう義賊セイロを殺すに至った。あの幾人もの貴族殺しを達した、この国でも有数の実力者であろう義賊セイロを殺すには、一切の殺意無く不意打ちで殺すしかない。傷口から見て三カ所、致命傷だった。セイロが三カ所も刺されるなど、いや、三度も全く躊躇いなく刺すなど、よほど殺しに慣れていなければできるわけではない。この国の戦争経験者であろうとあそこまで鮮やかには刺せないだろうさ」

 ゴドフロワが少しだけ微妙な顔をするが、それに気付きながらもチャールズは無視して先に進める。安全なところから小娘一人を処罰するのに大袈裟な気もしたが、しかしその小娘が歴史に名を残す大罪を犯しているのだから彼にとって何の遠慮も、全くの手加減も必要が無い。またそれら一切は決して彼女に見せてはならない。異常な精神力を持つ彼女に対し常に優位でいることが最重要だ。

「これによって彼女は三名を殺した。残りはあと三名といったところだろう。そのうちの一人はたった今殺したばかりだが、あと二人は――ボクとゴドフロワか。少なくとも聖女は入っていない。本当の『ふたりきり』になった時、君は凶行を犯す性質な様だからね」

「そうですか、王子はそんなにも私を犯人に仕立て上げ、殺したいというわけですね」

「仕立て上げるとは異な事を。ボクは常に真実を語る者として在るだけだ」

「――そうですか。さすがは『探偵』です」

「探偵?」

 意味が掴めず、チャールズは眉を寄せる。

「至上の星辰よ、天仰げ」

 マイラはさらりとそれだけを述べる。

 貴族の一部が持っていた護身用の剣が、またゴドフロワが腰に下げていた剣の全てがひとりでに動き出し空中に浮かび、そして切っ先を天へと向けた。

「魔術!」

 思わずゴドフロワが声を張り上げる。それは自らへ正しく状況を認識させる行為であるのと同時に、自身へ何かしらの精神干渉が行われていないかの確認でもある。すかさずチャールズの周囲全てを見回し、マイラの姿から一切目を離さない。

「チャールズ王子、私が魔術を使えたとして、その正体までは掴んでいらっしゃるのでしょうか?」

「恐らく物質操作の類だろう。生き物には干渉できないが、生きていないと判断されるモノまで含めた物質を自由に動かせる、また変化させるのが君の魔術だ。それならば、例えば水を固めて凶器にし、長兄フィリップスを殺害することや次兄エドアルドを殺すことも可能だった。また証拠も一切残すことなく殺害が行える。もはやこれしか考えられなかった。ああ、フィリップス兄様の時は恐らく本人から漏れ出た血をも利用したかもしれないな。つまり体内から体外へ出た水分は全て物扱いできるのではないか?」

「……正解、とお伝えしたいところですが、それでは実に不十分です」

「ほう」

 チャールズは興味深げにそう告げる。一方でマイラには見えないようゴドフロワに指先で指示を出す。全ての剣が天を向いているということは、つまりここにある全ての武器は今彼女の手中にあると思っていい。全員が一度に殺されることこそないだろうが、狙おうと思えば狙った相手を確実に殺せる状態だろう。そのターゲットが自分になるか他者になるかは、それこそマイラに委ねられている。まずはこの危険な状態から脱しなければならない。魔術で対抗するか。いいや、恐らく彼女が剣を飛ばすほうが早い。誰かを犠牲にするか。剣が十数本もある中では一人二人犠牲になったところでさほど壁にもならない。

「そもそも『物質を動かす』とは、どういうことかご存じかしら?」

「――物質は、恐らくは小さな何かで構成されていると考えられているが、今の我々の技術ではその深奥には辿り着けていない。だがそれが物質の正体であり、我々の本質であると、ボクは考える。各々の思考、魔力をどう捉えるかは、今この場で話すには少し雰囲気が合わないな」

「それも不正解。恐らくこの世界ではまだ数十年後になるかと思われますが、原子、というものがあるのです。物質は温度により個体、液体、気体と変化を遂げるのはご存じの通りでしょうが、では『何故そのような現象が起こるのか』の本質まで辿り着いていないのが、今現在におけるこの世界の限界です」

「……君は何者だ、マイラ・グランヴィル。いや、マイラ・グランヴィルの中にいる者よ」

 チャールズが核心を突いた。

 マイラは思わず笑みを浮かべる。気付いた。気付かれてしまった。マイラ・グランヴィルという彼女に気付く者が顕れたのだ。己ではない、この肉体の芯の持ち主である、この世界では悪役令嬢として描かれることとなるはずだった一人の少女が、とうとう世界に顔を覗かせる時がやってきたのだ。

「お答えしましょう。私はマイラ・グランヴィル。そしてマイラ・グランヴィルを推しているだけの人間です。何の才能も無い、世界から弾かれただけのひ弱な人間ですとも。けれど世界の真実について、少しだけ先に辿り着いた者と思っていただければ幸いです」

「技術力についてこの世界よりも先を行っている、ということか。実に興味深い」

 彼女の返答は、チャールズにとって想定外だった。先を行く者という意味はおおよそ二つあり、彼女の中にいる何者かは『未来から来た』のか『異なる世界からやってきた』のか、ということである。

 これは実に拙いと感じるのは、つまり彼女はチャールズを含むこの世界の誰も知らない、識りようもない技術を識っている、あるいは利用できるかもしれないということだ。故に彼女はこの状況下でもまるで怯む様子も無く、ああして悠然としている。

(悠然としている? なぜだ?)

 もし彼女が自分達の識らない知識によっていつでも状況をひっくり返せるというのなら、今までこうやって数年掛けて犯行を企てる必要はあったのだろうか。もっと手早く、そして彼女の性格からしてわざわざチャールズに犯行を全て暴露させるなんてことはしないはずだ。

(つまりこの状況自体、彼女にとっては想定外だったということになる。恐らくアズヴァルド副所長を殺す算段、自分の父親と副所長が相打ちという形で決着とさせ、その悲劇的なシーンでこの場を治める筈だったのだろう。――が、それをボクが防いだ形となった)

 だからこそ彼女はずっとこちらの出方を覗っていた。迂闊に口を挟めば以前のようにやり返されることを学んだからだろう。しかしそのこと自体はチャールズの想定内ではある。

 今一番警戒すべきは、やはり彼女の知識だ。魔術というのは世界の理を理解すればするほど繊細に、そして強大なものが使えるようになる。もちろん使用者本人が体内に持つ魔力量で幾分変わるのだが、それでも物質に対する知識が段違いである彼女が魔術を行使した場合、それは一体何が起こることになるのか。

「王子、私はこの世界で魔術というものに触れたとき、まさに天啓を得たような気持ちだったのです。あ、そこ動かないで。一歩でも動いた者から殺しますから。ああ、王妃も同じです。ゴドフロワ騎士長様、あなたが後僅かでも動けば、その時は王妃を真っ先に殺します」

 ――上手い釘の刺し方だと、チャールズは感心する。ゴドフロワの位置ならば何があろうとまずチャールズは守れる。だが王妃までは距離があり、確実に守れる保証は無い。九割方なんとかなったとしても、不確定要素が一割もある状態で全てを賭けるというのは王妃の命を考えるとあまりにも分が悪い。

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