マイラ・グランヴィルのノブレスオブリージュ4
王城に用意されたグランヴィル家専用の執務室、今現在そこの主人はマイラの父親であるグランヴィル本人だ。メイと監視役の兵士一人を引き連れる形で室も室の前に立ち、扉を軽く叩いてから「マイラです」と声を掛ける。執務室の扉は木製で獅子の掘り抜きが凄まじく豪華なものであったが、叩いた感触は実に軽い。しかしそれでも確かな堅さがあった。特殊な木材を使用しているのだろうか、と考えていると、少し遅れて部屋の中から「入れ」と声がする。
「失礼しますわ」
メイが扉を開き、マイラはゆっくりと入っていく。
「よく来たな、マイラ」
渋く、威厳のある声。髭こそ生やしていないが厳しい顔つきに高い背、腰に下げている剣は立派な飾りのついた鞘に収まっているものの、その剣が飾りではないのだと父親の立ち振る舞いから伝わってくる。そう、その剣はごく自然に装着されているのだ。四六時中剣を持ち、また剣の扱いに長けていなければここまで自然体でいることは難しいだろう。実際、グランヴィル家は歴代でも将軍職や軍役に就く者が多く、貴族の中でも武闘派で鳴らしている。マイラの父親もまた若い頃は軍役に就いていたことがあるらしい。
「メイ達は部屋の外に居てくれないかね」
「――はい」
メイは頭を下げてから、護衛としてついてきた兵士と一緒に部屋を出る。
「閉じよ」
さらに彼は魔術を発動し、扉を強固に閉じた。少なくとも父親の魔力を超える魔術を使わなければ開かない、そういった類の魔術だろうと、マイラは閉じた扉にかかっている魔術構成からそう読み解いた。
(――だけじゃない、これは音も外に漏れないようにしている?)
父親に顔を向ける。
その父親の目が鋭く娘を射貫く。歳を取ったとはいえ、かつては勇猛で馳せた男だ。エドアルドやアズヴァルドにはない年相応の威圧感というものがある。
「さて、これで私と我が娘と二人きりとなった。それは分かるな?」
「はい、もちろん。魔術が使えずとも、何の魔術を使ったかぐらいは薄々分かるものです。ここまでして他者を排除したからには、相当重要なお話があるとお見受けします」
「ああ、マイラには話しておかねばならないと思ってな。ここ最近起きている城内の異変について、だ」
「――異変、ですか」
「元婚約者でもあるフィリップス殿下の第一発見者はお前だったな、マイラ」
「はい、私です」
「その時の状況を説明できるか?」
「……? お父様、私に何を」
「思い出せるか、と言っている」
「忘れる筈もありません。目の前で殿下を殺されたのです。忘れようとも忘れることは叶わぬでしょう」
「犯人の姿は?」
「何かを被っていたため、顔は見えていません。背丈も……恐らくは大人、その程度です。あまりに突然過ぎたのでそこまで確認できませんでした」
「そうか。その者は魔術を使っていたか?」
「使っていた、と思います」
「証言は変わらぬな」
「聴取を受けた時と同じですわ。私は決してフィリップを、フィリップス殿下を殺した者を許さないつもりです」
「……」
じっ――と、父親の視線がマイラの瞳を貫く。気圧されそうになりながらも、マイラはぐっと耐えた。駆け引きが行われているのか、ただの確認の為なのか、ここにきてまだマイラは父親の真意が見抜けずにいる。
「フィリップス殿下は殺された。脇腹に近い位置から鋭いナイフのようなもので刺されて、だ」
「私がここにいるということは、まだ犯人は捕まっていないということですね」
「ああ、そして先日起きたアズヴァルド副所長の事件だ。これについてはマイラ及び複数名の証言がある。彼が兵士を殺したことも確実であり、今現在全ての容疑が彼にかかっているといっても間違いはない。このままいけば、マイラ、お前の軟禁が解けるのもそう遠くはないだろう」
「嬉しくはありませんね。犯人が捕まっても私自身が復讐をしたわけでも、捕まえたわけでもありませんもの」
「お前がそうしたのは間違いないだろう。ならば何を憂うことがある。グランヴィル家は勇敢であれというのは家督を継ぐ長男にこそ向けられるが、娘であるお前がそうである必要などない」
「それは確かにそうですが、しかし」
「だが、お前を出すわけにはいかん」
「……ッ」
父親の手が剣の柄に伸びる。
「あるいはここでお前を断罪すべきかもしれん」
「――どういう意味でしょう」
「今からマイラ・グランヴィルに問うのは。グランヴィルの名にかけての誓いでもある」
――それは、と声に出そうとして止まる。グランヴィル家の名を継ぐ彼がそれを口にするということは、グランヴィル家の名を持つ限りそこに嘘偽りは決して許されないということだ。またその誇りを持つことこそ彼の一族全員が共有し、マイラといえどその教えは深く根付いている。
嘘はつけない。
父親が娘に対してこの宣言を行う意味は実に重い。本来決闘の場か、あるいは断罪の場でもない限り決して口に出さないような言葉だ。まずグランヴィル家に生まれた者ならば幼き頃より叩き込まれる宣誓。そして絶対なる誓い。時と場合によっては王家に仕えることよりも重要視することがある。
「問う。お前は犯人か」
絶対に逃れられない質問が来る。
僅かでも挙動不審な行動と取ったならば、彼は娘といえど容赦なく斬り捨てるであろう。仮に武器があれば一撃目ぐらいは凌げるかもしれないが、当然この場においてマイラは無防備だ。また魔術による回避行動を取ろうとしたところですぐさま察知され剣による断罪が行われることだろう。
「私は犯人ではありません」
「グランヴィルの名を掲げ、同じことを告げよ」
「私、マイラ・グランヴィルは犯人ではありません」
全ての表情を隠せ。ただ真っ直ぐに父親だけを観ろ。
視線がほんの少しぶれただけでも、この父親は必ずや自分を斬り捨てることだろう。グランヴィル家という名は歴史があり、それだけの重みがあるのだ。グランヴィル家の名を傷つける、あるいは王国に仇為す者が現れたならば、必ずや同族でその者を殺し、そして殺した本人もまた王の前で自らの首を斬る。歴史にて何度かそういうことがあったと記録されているが、まさにこの父親はそうしようとしているのだ。
マイラにとって最も恐ろしい相手は聖女でも魔術の天才でも名探偵でも王国一の騎士でもない、間違いなくこの父親だ。
「それはお前の言葉か。上に立つ資格を持つ者の真なる言葉であるか」
「私はグランヴィル家の娘、マイラ・グランヴィル。ならばこう答えましょう。私は私の愛する者を殺した犯人を断罪することでこの身分と地位の責任を示し、グランヴィル家たる証明をすると」
「その言葉に嘘偽りはないか」
「ありません」
「ならば、証明してみせろ。私の前でだ。今すぐとは言わぬ。だが、もし我が娘がこの事件に関わり王国に害のある人間だと私が断じた場合、誰よりも早く我が娘を殺すのは私となる。これは決定した。破られることはない。もう解っているだろうが、証拠こそ無いものの貴様は既にほぼ犯人扱いだ。だからこそ我が目で見極める必要がある。我が目は決して濁らぬ、見逃さぬ。今後一切全てのことを看破することを、このグランヴィルの名において誓う」
「――ッ!」
その誓いは、言うなればマイラにとって最もあってはならないことだった。その理由を『今思い浮かべるわけにはいかない』が、感覚で最悪だと理解する。この場においてそれ以上の理解は必要なく、またその思考は必ず目の前の父親に看破されてしまうだろう。
だからこそ考える範囲を狭める必要があった。今この場にいるマイラ・グランヴィルは計画を進める者ではなく、正真正銘グランヴィル家の、大貴族の娘である。そこから半歩も外れてはならない。
「――承知致しましたわ。お父様の仰るとおり、その時は誰よりも何よりも先に私を断罪してください」
「……」
「ただし、この私が真犯人を捕らえる際は、お父様にもご協力を願うことがあるかもしれません」
「――その程度ならば力を貸そう。『真犯人を捕まえるなら私は力を惜しまない』だろうからな」
父親らしい、力強い言葉だった。その信念には些かの迷いもなかった。
(なんてやりづらい……!)
グランヴィル家の教えは、喩えその教えを遵守するつもりがないとしても、そこで育ってきた生粋のお嬢様であるマイラには徹底的に叩き込まれている。理性で無視をしようとも、心に刻まれた本能みたいなもので完全に否定することができなかった。それでもマイラは自身の目的を果たす為に生きてきたこの十五年という年月を決して無駄にすることはできないと、心の奥底で必死に耐える。
「ならばお父様、私の為すべきことに口を出さないと誓って頂けますか?」
「できぬ」
「なら、私を調査に加えさせてください」
「ならぬ」
「であれば私の軟禁状態を解除してください!」
「余計ならぬ。無実であるならばもうしばし待てば解除される。アズヴァルド副所長次第だ」
「私の軟禁は、お父様の一存ではどうしようもないということですね」
「……。そうだ」
「ということは」
「それ以上は言わぬ」
――やはり王妃が関わっているか。
父親自身がそこまで隠す気がない、というよりも匂わせることで娘の行動を制限しようとしている節がある。まるで全てを観ているぞとでも言いたげだ。実際、彼ほどの権力者であればそれも可能なのだろう。
だからこそ事を為した時の達成感は如何程だろうか。
「お父様がそう仰るのならば、これ以上の言及は致しません」
父と娘という立場の違いはあれど、事件における関係性は同じである――言葉にその意味を載せて告げると、父親は僅かな時間目を閉じて逡巡し、しかし彼の中にある決意は些かも揺らがない。
『もしお前が、我が娘が犯人であるならば』
(私がお父様の疑いの通りならば)
『その命を持って陛下へ贖罪し、そして我が命を以て此度の件を納めて頂く』
またこれはもう一つの意味を含む。つまり今後アズヴァルドを含めた不審死及び失踪が確認された場合、即座に断罪される立場にあるということだ。父親による真のけん制はここにあるとマイラは考える。ほぼ娘を犯人扱いしているようなものだが、恐らく父親の本意ではなく王妃または別の勢力がそう動いており、彼としても立場上強く否定できずにいるといったところか。当然マイラが一切部屋から動かず、それを監視している兵士がいるのならばその意見を強硬することは難しく、ある意味これはマイラを救う一手であるとも受け止められる。――もちろんその救いは存在しないのだが。
(突然決まった覚悟ではないわね。以前からそう考えていたのを、今更になって覚悟を決めたといったところね。きっかけは何? お父様がここまで覚悟を決めるのを伸ばしていた理由も不明だけど、その後押しをしたのは……?)
第一候補は王妃その人だった。
もしそうならば、さすがに王妃をどうにかできるとは自惚れていない。この国そのものを殺す事に等しく、そんなことが可能ならばこおうしてこそこそと企みごとを進める必要などないだろう。
それよりも問題は『マイラ・グランヴィルが次に事を起こした際、その後のタイムリミットはほぼ無くなる』ということだ。
「以上だ。部屋に戻りなさい」
「――承知致しました。お父様」
「……」
すっと、父親が目を細めた気がした。それに気付かぬ振りをしながら、マイラはゆっくりと部屋を退室するのだった。




