マイラ・グランヴィルのノブレスオブリージュ2
ちっ、と軽く舌打ちをする。
マイラ・グランヴィルが聡い少女だというのは知っていたが、あの場で思ったよりも動揺せず、さらにはリアルタイムによる傍聴にも気付くのはさすがだと認めるものの、そこまで冷静に考えが回るのは逆に彼女自身が自らを怪しいと告げているに等しいことになる。さすがにそこまでは頭が回らなかったか、とチャールズは呟いてから、紅茶の入ったカップに手を伸ばした。
「空だ」
「おお、注ぎましょうか?」
「やめてくれ騎士団長。君は騎士として十分立派な作法と教養を持ち合わせているが、こと紅茶の淹れ方については誰にも学んでないようだからね。自分でやったほうがまだマシだ」
「いやはやまったくその通りで恥ずかしい限り!」
魔術を唱えて目の前にある水入れの中の温度を高めて熱湯とし、大雑把に茶葉をぶち込んで色を変える。
「王子も大概では?」
「集中できればなんでもいい」
「なら私が淹れても……」
「執事が淹れるならまだしも、筋骨隆々男に淹れられてもあまり嬉しくないから仕方ない」
「おお……」
しょんぼりする騎士団長を余所に、チャールズは再度耳に届く声に集中しながら考えを巡らせる。
マイラ・グランヴィルにとってフィデス・サンクの告白は予想外だったはずだ。むしろ予想外になるようチャールズが仕向けたのだから、そうでなければ困る。マイラに付き従っているメイドが一人居るが、彼女もいない、部屋の中に護衛もいない、フィデスと二人だけになる時間を見計らっての行動だ。二人以外誰もいないという状況で追い込めば多少はボロを出すかと思ったが、フィデスが思ったよりも早くこちらとの関係を口にしたのは少々予定外だった。しかしそれでも彼女は声を聞く限り冷静さを保っていた、というよりも恐らく頭の中をすぐさま切り替えたのだろう。
(普段からそういう状況を想定していなければ、まずできることじゃないな)
少なくともアズヴァルドを『連続殺人の真犯人』と決めつけて、自分は一切犯人ではないと自信があるならば、フィデス――あるいは第三者に犯人と突きつけられる想定などまずしないだろう。
なら、それを想定しうる人物像とは何か。
(犯人……か……)
とはいえ、これで犯人と確定するには余りにも頼りない。確信はあれど確証がないという状況は今を以てなお続いている。
フィデスの身は、彼女自身が常に離れた王子とこうやって魔術による交信を行うことで守られるだろう。今後フィデスが謎の死を遂げたり失踪した瞬間、チャールズは問答無用でマイラ・グランヴィルを捕縛することを彼女に誓っているのだ。王族の誓いは絶対だ。そこに嘘偽りがあれば、それこそ王族という品位や誇り、そして信頼を確実に損ねるだろう。
しかし、とチャールズはフィデスから遠隔で声が届いてきた時、声にこそ出さなかったが心底驚いたことを思い出していた。
(場所が分かっているか、あるいは事前に魔力を残した物をそこに置いておかない限り、遠隔による通話は無理だとされている。彼女はその両方ともその手になかったはずだ。一体どうやって……? 聖女の力の一端……?)
アズヴァルドが聞いたら飛んで喜びそうだが、生憎彼はまだ戻ってきていない。
「もう一人動かすか。彼が戻ってくるまでの間、彼女を雁字搦めにしておきたい」
「というと?」
「いるだろう、マイラ・グランヴィルを封じ込めておける人物が。今から手紙を書く。その者へ手紙を渡すよう、兵士を呼んでくれる?」
「承知致しました。では部下に魔術通信を行いましょう。宜しいですね?」
チャールズは軽く頷くことで許可をする。
この部屋を知る人物は、王子が実際に招いた人物以外では騎士団長とその直下にある部下数名しかいない。一度マイラ・グランヴィルをここへ呼んでいる以上絶対に安心できる個室とは言い切れない。だからこそ尚更ゴドフロワが傍で自分を護衛してもらう必要があった。他の兵士ではなく、最強の騎士でなければならないのだ。
「間もなく来ます。手紙のご用意を」
「うん、すぐに書こう。やれやれ、文字を書くのは嫌いなんだけどな……手が疲れるから嫌なんだ」
「これから公務で沢山書くことになりますよ」
「恐ろしいことを言わないでくれないかな?」
来るべき未来のことなど今は考えたくはない。とはいえ無視もできないが、まずは眼前の問題を片付けるべきである。もしマイラ・グランヴィルの標的に自分も入っているのなら、既に無視を決め込む段階は超えている。上の兄弟が殺されているのだ。その脅威度は実を言うととてつもなく高い。
(もっともエドアルド兄様のほうは見つかっていないから公式にも死んだとなっていないが、この状況を黙って見ているような性格でもない。最良のパターンはまだ辛うじて生命反応を保ちながらどこかに閉じ込められているかだけど、マイラ・グランヴィルがそれをする利点はない。しかし目的が見えないな、この事件)
チャールズはマイラが行ったと仮定することで今回の事件を紐解こうとしているが、事件において重要な要素である『動機』がまったく見えてこないことに一種の不気味さを感じていた。事件というのはそこに至る過程があり、起こるべくして起こったものが大半だ。時に事故とも呼べることもあるが、それもまたたまたまそういう事件に発展しただけで不明点などない。しかしマイラ・グランヴィルが王族を特別に恨んでいるといった様子はないし、またそうであれば何度か出会った際に勘付くものである、とチャールズは自身の人間観察に対する能力を正しく把握していた。
(マイラは王族を恨んでいない? ならばなぜ殺す?)
マイラ・グランヴィルという少女の過去を詳らかに調査した結果、不可解な点がいくつもあった。幼い頃から頭は良かったようだが、物覚えというより要領が余りにも良く、魔術が全く使えないと魔術学の家庭教師であるロード氏に断言されたにも関わらず強い関心を持ち、そしてある程度の年齢の時になると足繁くある場所へと通っていた。問題は『ある場所』で何をしていたのか、何が行われていたのか、そこに至るまでの痕跡が残っておらず、調査するにはその場所を直に確認するしかなかったことだが。
(アズヴァルド副所長がボクの想像する通りのものか、あるいはそれ以上のものを掴んでくることに期待するしかない、か)
別のことを考えながら、筆を走らせる。
ピタリと筆を止めたところでコンコンと扉を二回ノックする音が聞こえる。ゴドフロワの部下が名乗ったのを聞いてチャールズは今し方書いた紙を封に入れ、蝋で綴じ、それをゴドフロワに渡す。それからゴドフロワが立ち塞がるかのように扉を開き、何事か部下へと伝えてから手紙を差し出した。
「こういうとき聖女みたいな遠隔で会話が出来ると楽なんだけどね」
「恐らくその魔術はアズヴァルド卿でも難しいでしょう」
聖女特有の魔術。――そんなものが本当に存在するのか、それは彼の天才魔術師が無事に戻ってきた際に確認をすることとしよう。
手紙を受け取った兵が一礼するのを横目で眺めつつ
、さてどうしたものか、とチャールズはより深くソファに腰をかけた。
それから天井を見上げて、この部屋に明るさをもたらしているゆらゆらと揺らめく魔術の光源を見つめる。ゆらゆら、ゆらゆらと、まるで二重にでもなったかのように揺れる光の球は不安定な物質に思えた。
(……ん? まてよ?)
思わず身体を起こす。
「王子?」
「いや、なんでもない」
近寄ろうとするゴドフロワを手で制し、チャールズは改めて座り直したのだった。




