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マイラ・グランヴィルが幸せになるための、たったヒトツの冴えたヤり方  作者: 平乃ひら
マイラ・グランヴィルのノブレスオブリージュ
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マイラ・グランヴィルのノブレスオブリージュ1

 どこに行かれるのですか、と訊ねられて、マイラは振り返った。

 まだ部屋を出ていないどころか、扉に向かって一歩だけ進んだのみだ。この状態で「出かけるのか」と確信を得て訊ねてくるものだろうか。いや、と心の中で頭を振る。一ヶ月以上同じ部屋で生活をしているのだ、多少の癖は見抜かれているのかもしれない。

 訊ねてきたのは厄災からこの世界を救うと伝えられている力を持つ聖女のフィデス・サンクだ。

「今度はどこへ行くのですか?」

 最初はマイラの軟禁部屋だった王城の一室、いつの間にかフィデスの部屋ともなっているものの。それでもフィデスはどこか遠慮があった。貴族ではない、この部屋の主ではない、という自覚があるからかもだが、そのどれもがマイラにとってどうでも良いことだ。

 だがフィデスが大人しくしているというのも、マイラにとってはやや不気味さがあった。アズヴァルド副所長を追い込むための一ヶ月、フィデスは積極的に自分へと協力をしてくれたように見えたが、彼女の真意がどこにあるのか、マイラは計りかねている。心の底から協力をしてくれるのならばまだいいが、何か狙いがあるのだとしたら、それは一体どこを見据えてのことだろうか。

「どこへって、軟禁状態の私が自由に歩ける訳が……ってこともないわね。実質的に軟禁状態はもう無いようなものです。だからこそ今やっておかなければならないことがあります」

「何をです?」

「アズヴァルド副所長の居場所を特定すること」

「……兵士の皆さんに頼むことは?」

「確証がないことで城の兵士を私が勝手に使う訳にはいきません。だったら私が直接この目で確認しないと」

「……。アズヴァルド副所長を発見した後、どうするのですか?」

「……。もちろん確認した後は近くの兵士へ即座に連絡し、然るべき対処をとってもらうわ」

「マイラ様は直接手を出さないと」

「一応これでも少しは体術を使えるけれど、さすがにあの副所長相手に真正面から戦いを挑めるほどじゃないもの。無理です」

「いえ、真正面からではなく――」

「……?」

「マイラ様ならば、恐らくいくらでも手が思い浮かぶのではないかと、そう思うのです」

「そう?」

 焦燥感が生まれるのを、マイラは否定できなかった。

「どこまでマイラ様の計画通りなのでしょう」

「計画? そんなものないわよ」

「私は――別にマイラ様をどうにかしようとは思っていません。マイラ様を陥れる、罠にはめる、罪を償わせるとも思っていません。ここで一緒に過ごしてきたからこそ、マイラ様のことを少し理解できました」

「私を……? 理解……? どうやって……?」

 二ヶ月も一緒にいない彼女が、喩え聖女と呼ばれる特別な人間であろうとも、そんな短い間に自分の何を理解しているというのだろう。

 マイラにとってこれは一種の侮辱でもある。マイラ・グランヴィルという人間を理解しているのはこの世界でただ一人、この自分のみなのだ、という自負が、プライドが彼女にはあった。表面上の自分を理解したつもりならば心の底から蔑むが、もし少しでも深淵に触れて理解したつもりならば決して許しはしない。それは『マイラ・グランヴィル』が幸せへ続く道への邪魔にしかならないのだから。

 ――『彼女』を知っているのは自分だけでいい。

 貴族として誇り高く、周囲を圧倒し、フィデス・サンクを真の敵と認め、一切容赦しなかった完璧なマイラ・グランヴィルという少女を識っているのは自分だけなのだ。

 彼女の鮮烈な性格は、それ故に多様な人間に殺害される要因ともなったが、それこそが本当に心からどうしようもなく、それこそ死んでも推せる人物だったのだ。

「マイラ様はどうして」

「どうして?」

「フィリップス王子を殺したのですか?」

「……」

 真正面から、どうしようもなく真っ直ぐに問いを投げ掛けてきた。ここまで隠すことなく、まったく駆け引きもせずにそれを訊いてくる人間がいるだろうか。あのやけに頭の切れるチャールズ王子や自信過剰なアズヴァルド副所長でももう少し遠回しに詰め寄ってくるだろう。

「私はフィリップを殺した人間を恨んでいるのよ。それを私が殺した、というのはどういう意味です?」

「証拠はありません。ただ私はここへ来てから魔術がどんどん使えるようになっているんです」

「魔術が、どうしたと?」

「解るんです。魔力は全てに宿っていて、全てを覚えていて、それを紐解く方法が私には解るんです。勝手に解ってしまうから、識りたくもないことを識ってしまう。疑いたくないことを『疑うしかなくなってしまう』んです」

「……過去を、見た、と?」

「過去を見るというのが正しいのかは分かりません。ただ私は魔力が覚えている光景を――見た」

(魔術が記憶している……魔力に残ったデータ解析ができた、ということ? 魔力ってそんな性質があるの? 確かに『私』では魔力そのものについて解析ができていない。できたのは私が使える魔術の、もっと根本的な意味。もし魔力が記憶媒体としての性質を備え、それをフィデスが読み取れるというのなら、確かにこれは非常に拙い。全ての計画が狂ってしまう!)

 だが今ココで聖女の口を塞ぐことはできない。彼女を殺すこともできない。拘束し隠した場合、その異常事態はすぐに城内へ知れ渡ることとなるだろう。聖女が城にいるというのは、つまり兵士達によって常に監視をしているということになるのだ。災厄を回避する要である彼女に起こるどんな異常事態だろうと、この国は決して見逃すことはないだろう。

 ましてやフィデス・サンクと一番長くおり、そして親しいとされているマイラ・グランヴィルは彼女の異常事態に対して一番の容疑者たり得るのだ。

(見たのは私が彼を殺すところ? どういう風に? どこまで? それが判明しないことにはフィデス・サンクの危険度も測りかねる……! 殺せない、拘束もできない、となればほぼ打つ手は無し……!)

「マイラ様が何を考えてこのようなことをしているのか、私には理解しかねます」

「……」

「けれど、止めようとは思いません」

「……え?」

「それはマイラ・グランヴィルにとって必要不可欠なことなんですよね?」

「……なに、を……」

 さすがに理解が及ばない。止めようとしても止められないと悟ったからか? いや、そもそも彼女はその程度で足を止めるほど臆病ではない。

 ――狙いが見えない。

 この聖女は何を考えている。

 事ここに至り、聖女であるフィデス・サンクが正体不明の怪物となって立ち塞がってきたような感覚がして、マイラは背筋にぞくりとしたものを感じ取る。自然と口角が上がり、まさに威風堂々たる悪役令嬢然の余裕を以てフィデスの言葉を待つ。

「明日、私は調べます」

「何を?」

「この城に刻まれた記憶を。いえ、記録、というほうがきっと正しい。私には分かるんです」

「そんな魔術なんて存在しないわ。あったらあのアズヴァルド副所長が使わない筈が無いもの」

「そう、なんでしょうか? だとしたら私の使っているこの力って何なんだろう……」

「魔術じゃなければ……ううん、もしかしたらまだ未発見の魔術かもしれないわね。だって聖女だもの、フィデスさんだけが使える魔術でもなければ聖女なんて持て囃されることはないでしょう?」

「私だけの魔術……ええ、そうかもしれませんね」

「ふふ、それで」

「はい、これで」

「何を探すと?」

「マイラ様の痕跡を。全ての罪を」

「明日になってから探すなんて、悠長なことを言うのね。もし私が何かをしていたとして、明日までに何も対策しないと思っているのかしら?」

「きっとマイラ様はできません」

「なぜ?」

「私は私の力を使って、チャールズ王子に私の『力』をお伝えしています」

「……!」

 顔が歪みそうになった。

「――どうやって?」

「チャールズ王子の居場所を魔力を伝って探り、遠くにおられる王子の耳に声を届けました。つい先ほどの事です。魔術……たぶん魔術での声なので、実際に声を出さずにできました」

(声に出さず……! そんな馬鹿な!)

 魔術はおよそどのようなものであれ、声に出すというのは基本中の基本だ。声も無しに唱える魔術があるとするならば、それは世界に革新をもたらすような技術となるに違いない。

(いえ、そもそも魔術なのソレは!)

 声が届く範囲、あるいは事前に魔術を施したモノを媒介にして声を聞き取るという手段なら実践したことがあるマイラでも納得ができる。しかしこの広い城内のどこにいるか分からない個人を探し出し、そこに声を出さない声を届けたとなれば全くの別だ。もはや魔術という技術の範囲ではない。

「私に何かあれば、きっと王子はまったく躊躇せずマイラ様を捕縛なさるでしょう」

 この聖女は自覚しているのかしていないのか、あっさりとマイラを出し抜き凄まじいことをやってのけたのだ。

(完璧にフィデスさんに手を出せなくなった! ただでさえ監視の厳しいこの子を排除すればすぐに気付かれてしまう! その上あのチャールズに状況を知られているとなれば尚更! チャールズの監視下に置かれた彼女に手を出すのは愚行過ぎる!)

 つまりこの状況を解決するためには先に居場所不明のチャールズを排除した後、フィデスを何とかしなければならない、ということになる。チャールズを殺すということは、あの騎士団最強と誉れ高いゴドフロワをも殺す必要が発生するため、今のマイラにとってはほとんど達成不可能な内容だった。

 もちろんこれら全てをひっくり返してフィデス・サンクの虚言である可能性も棄てきれはしないのだが、この場で彼女が嘘を吐く理由も不明だ。

(いやでも! やりようによってはゴドフロワは排除可能か……ッ?)

 騎士団長ゴドフロワという人物は、まさしく騎士団最強と呼べる、いわばフィジカルモンスターのような人物だ。その上で騎士団の戦い方を身につけているため、魔術に対しても並の騎士団より心得があるだろう。また近接戦闘に特化しているというだけで、別に魔術が全く使えないわけではない。当たり前だが騎士団の戦闘訓練の項目には魔術による攻撃や回復といったものもしっかりと組み込まれており、王城を守る騎士ともなればほぼ万能にそれらを熟す。そしてゴドフロワはそういった集団の中におけるリーダーであり、そして王国一の騎士として名を馳せているのだから、全てにおいて高水準となる戦闘能力の持ち主であろう。

 とはいえ人間であることに代わりはない。より怪物のような戦闘能力を有していたセイロを殺した実績があるのだから、ゴドフロワがどれだけ強くても全く不可能ということはない。しかしその隙をどうやって作ればいいのかが問題点だった。

(そもそも騎士団長ともあろう者が王子一人の護衛にずっとついている理由は何だろう――と考える前に、まずはフィデスをどうするかだけど!)

 今このフィデスに手を出すということは、言うなれば即座にゴドフロワと対決をしなければならない、ということになる。さすがにそれは避ける必要がある。

「ふふ、明日から調べる……ですか」

「はい、マイラ様もご一緒になりますか?」

 ぬけぬけと言ってくる辺り案外いい性格をしているのかもしれないと、マイラは彼女に対する評価を改める。あるいは本心かもしれないし、何となくだがフィデスならその可能性の方が高い気がした。

「つまり、今の会話もチャールズ殿下に筒抜けということですね?」

「……」

 フィデスは口を閉ざす。

 それはある意味、答えているようなものだった。

「フィデスさんはチャールズ殿下と手を組み、真犯人を炙り出すつもりでいらっしゃる」

「……はい」

「ならば今ここでその話を持ち出すというなら、まずチャールズ殿下に会話を届けていないはずがありません。そうすることで貴女は身の安全を保証している、ということになります」

「そうかも……しれません。けどそれは私が『そうしない』理由にはならないのです」

「では、なぜ?」

「私はマイラ様と一緒に誓いました。真実を暴くと。その結果がどうであれ、必ず暴くと決めました」

「……」

 その結果がどうであれ。

 つまりフィデスにとってどれだけ都合の悪い結果になろうとも、その真実を暴く為なら何でもするということだ。聖女の力が未知数な上にそう覚悟を決めているのだとしたら、もはやマイラに止められるだろうか。

「――分かりました。いいでしょう、チャールズ殿下にもご理解頂けるようにしますわ」

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