マイラ・グランヴィルは推理する9
城を抜け出し城下町に出たところで、アズヴァルドは鎧を脱ぎ捨てる。
もういいだろうということでゴドフロワは城の中へと戻っていった。鎧はどうしたものかと思ったがこれ以上着ていくのは肉体的にも精神的にもかなり厳しい。かといってこれだけ重量のあるものを持ち歩く術も無く、仕方無くここで脱ぎ捨てていくことにする。
(とはいえ鎧が棄ててあったら不自然か)
アズヴァルドは魔術を唱え、その鎧を砂へと変える。調べたならば魔術の痕跡からこれが元々鎧だったと判明するだろうが、城下町で砂が溜まっていたところで誰がそれを不自然だと思って王宮魔術研究所の人間を呼ぶだろうか。
もっとも鎧のような金属を砂にまで変えてしまう魔術を使う人間もそうそういないが。
今が薄暗い時間に少しだけ安堵しながら、アズヴァルドは鎧の下に着込んでいた上着についてるフードを被る。いくら天才魔術師といえど城下町で知られているのは名だけで、顔まで知っている者はいないだろう。それでも念には念を押して、となる。
向かう場所は、この城下町の塵廃棄場だ。焼却場と呼ぶ方がアズヴァルドとしてはしっくりくる施設だが、実際は施設というにはかなり殺風景で何もないところだ。街中の塵を集めて魔術による焼却を行い、燃え滓となったそれは大量に郊外へと運び込まれて巨大な孔の中へと埋めていく。街というのは人が大量に集まり、人が集まれば必ずといっていいほど比例した分の廃棄物が発生する。人のみならず生きていれば絶対に避けられないものであり、今より魔術の発展が覚束なかった時代は強力な火炎による一斉焼却などできず、事実社会問題と化していたようだ。
ではこの焼却によって塵問題は解決したのかといえば、そうとも言い切れない。
大量の燃え滓というのは一度や二度なら大して問題にならないが、城下町に住む多数の人間が棄てていった塵の燃え滓はもはや手に負えないところまで来ており、現に孔を掘り埋めた土地は酷い汚染が始まっているとのことだ。魔術で全てを燃やしているようで、完璧に燃やし尽くしているわけではなく、そこから有害物質が大地に染みてしまう。これもまた都市が巨大になればなるほど顕著に表面化する社会問題といえた。王宮魔術研究所の副所長であるアズヴァルドもこれらの問題に対して取り組んでおり、現に二度の焼却処分と塵の分別を徹底化し、燃えやすいものと燃えにくいものを完全に分ける等の施策を提案しているところだった。
焼却場は巨大な広場となっており、燃やして際の塵が周辺住民に影響を及ぼさないように一定の配慮が為されている。ここを整備するにあたり住民には立ち退きを要求、その補償金は膨大なものとなったらしいが、今のアズヴァルドにはあまり関係のないことだった。
引っ越してもぬけの殻となった住宅を排除し、広場を作り、そして塵を溜めて燃やす。焼却方法も非効率だとして効率的な建造物の提案をしていたことを思い出し、アズヴァルドは鼻で笑った。今この時にそのようなことを思い出すとはなんと暢気なことか。
この焼却場のどこかに『入り口』があるのだという。
――その入り口とは?
――地下への扉だよ。
元々家があったのだとすれば、なるほど地下があってもおかしくはない。焼却場とする際に家を崩すだけでそこまでの調査は行わなかったのだろう。何しろ王都なのだから、調査しなければならないほど問題のある土地というのはあまり考えられないし、塵問題はそれほどまで切羽詰まった問題だったのだ。この焼却用の魔術を編み出した、かつて王国一の遣い手とさえ称された魔術師のことはアズヴァルドも尊敬していたが、その先まで考慮が及ばなかったのはいまいちであるという評価を心の中だけで下している。こんなこと間違っても口に出すわけにはいかない。
「さて」
アズヴァルドは軽く魔術を唱えて、地面に薄らと止まっている燃え滓を風で吹き飛ばす。それから少し歩いて地面を探し、地下通路への扉らしき鉄の扉が見つかる。
(おいおい、もっと時間がかかるかと思ってたのに)
あまりにもあっさり見つかった、というよりかはそれほど燃え滓が溜まっていなかった、というべきか。
(ごく最近まで使われていたということか。さて、何のために……?)
あのチャールズ王子から言われたのは、この扉の奥を調査することだけだ。あの王子のことだ、ここで何が起こったのかある程度察しはついているのではないか。だが実際に見に行ける立場でもないため確証がない。そこへアズヴァルドがチャールズに助けを求めたことをきっかけに『ちょうどいい』とばかりに助ける見返りを求めたということだ。
(何が……っていうか触りたくないな、これ)
いくら燃やしてあるといっても王都内の塵を集めている場所の地面だ。衛生的にも気分的にも嫌悪感が酷い。
(……仕方無い、か)
取っ手らしき部分を握り、思い切り持ち上げて扉を開く。鉄扉だけあってかなり重く、アズヴァルドは魔力操作による肉体強化を行ってやっとのことで開くことができた。扉が開ききって反対側へバダン! と強い音を立てたものの、ここなら誰かに聞かれるといった心配は無縁だろう。
もし中に入った瞬間に何者かが扉を閉じたところで、アズヴァルドの魔術があればこの程度の鉄扉など問題にはならない。中へと踏み入れると、さらに地下へと階段が続いていた。石の階段をゆっくりと降りていく。
(何の臭いだ)
妙な臭いがする。はっきりいって鼻が曲がりそうだ。先ほどの鎧も酷い臭いだったが、それとはまったく違う、生理的嫌悪感が先に湧き上がってくる酷いものだ。
――何がいる。
(違う、何かがいるのではない。なんだ……この先に何があるんだ……?)
魔術で明かりを灯し階段を降りていく。ちょうど二階分程度降りたところで目の前にまた鉄扉が現れた。そっと押してみるとあまり抵抗無く開き、アズヴァルドは中を覗き込む。
暗い。地下だけあって一切の光が無い。
「光よ」
中を照らすべく光の球を飛ばす。
――飛ばさなければ良かった。
アズヴァルドは瞬時にそう後悔する。
「なんだ……ここは……なんだ……!」
この部屋には何もない。
何も無いが、そうではない。
己の魔術を介してここに残っていた魔力を確認してしまったからこそ、アズヴァルドは怖気の奔るこの部屋の異常さを察してしまった。
「魔力……凄まじい量の……いや、違う、凄まじい数の……抵抗した人の……魔力の残滓というべきか……」
数人ではない、数十人といったところだろうか。時期こそ各種多少のズレがあるように感じ取れるが、それだけの人間がこの地下にいたということになる。どうして、なぜ、何が理由で、だ。
(チャールズ王子の言うことが本当なら、ここに通っていた人物の一人は判明している)
夥しい魔力の残滓に囲まれながら、アズヴァルドは履き捨てるようにその名を告げる。
「マイラ・グランヴィル」
――ぞぅっ、と部屋の中の魔力が揺れた気がした。
(気のせいだ。魔力は意思を持たない。それ自体はただの力に過ぎない。ただ……)
この部屋で行われていたことは、何か。
チャールズからは何もヒントとなることは聞かされていない。彼としても彼女がここへ通っていたという足跡を掴んだからこそアズヴァルドに調査をしてもらおうとしたぐらいだ。チャールズにとってはちょうど都合の良い駒か、あるいは適任と断じたのかは不明だが、どちらにしろ彼は自分がここへ来て正解だったと実感している。
つぅ、と汗が頬を伝い、顎から落ちる。
魔力自体に意思はない。
だが、意思の持つ人間が使用した魔術にはその痕跡が残ることがある。あくまでその場合があるというだけで、絶対というわけではない。よくある話としては戦場となった場所では様々な魔術が使用され、そして殺意や激情、悲しみや悲観といった感情が荒れ狂ったように混ざり合い、戦争が終わった後に人間の感情を吸い取った魔力がその場に溜まって呪いの地となる場合があるという。
――つまり、ここは、そういうことだった。
戦場ほどとは言わないが、ここで行われていたことは。
「――あの女、あの女は!」
想像しただけで吐き出したくなる。だが、彼の誇りがそれを許さない。正義感が強い人間でもないが、それでも人として踏み越えてはならない線をしっかりと把握している。だからこそ彼はこの気持ち悪さを無視することができなかった。
「一体ここで何人の人間を殺し! そして闇に葬った!」
死体は無い。
死体はきっととある手を使い消されていたはずだ。
――そう、上は焼却場だ。塵を山のように積み、そして何もかも燃やし尽くす魔術によって灰塵と化す。およそいかなる塵だろうとほぼ灰になり原型を留めはしないだろう。
マイラが平均的な女子より力があったとしても、二階分の階段を登り死体を運んで誰にも見つからず棄てることはほぼ不可能に違いない。
だからこその焼却場の下。隠された地下室。
殺される前に人間が爆発させる凄まじい感情を含んだ魔術が、何度も何度もこの地下の壁を穿ったのかもしれない。壁を、床を、天井を。何重にも重なり魔力の波紋となって、今でも微かに残る程にだ。
「一体何人殺せば『そこまでになれる』のだ!」
死体は全て焼却され。
焼却した魔術師達はそれに気付かず。
恐らく行方不明になったであろう身元不明の人間については特に調査すら行われることもなく。
――この王都は、この国は、一人の怪物を産み出し野放しにしていたということになる。
マイラ・グランヴィル。
彼女に殺意がない畏るべき理由を、アズヴァルドは薄々ながら勘付き始めていた。




