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マイラ・グランヴィルは推理する8

「マイラ様」

 名前を呼ばれ、彼女は微睡みの中から自分を取り戻す。自分を呼んだ優しい声は誰のものか、探す必要すらなかった。ソファに座り疲れが一気にやってきたものだから少しの間目を閉じて眠気のままに微睡んでいる間、自分の隣にいたのは一人の少女だ。白き少女、聖女とも呼ばれるたった一人の女の子。何もかも白い少女が揺蕩う気持ちに寄り添ってくれていたのかもしれない――

(――違う!)

 自分を取り戻せ。安寧の中にいることなど許すな。それは油断を産み、油断は必ず見抜かれるものと思え。

「フィデスさん、申し訳ありません。少し寝てしまったみたいです」

「……」

「? どうしました?」

「いえ、いつものマイラ様に戻られたみたいで」

「いつもの……ふふ、そうですね。ソファで寝てしまうだなんて、淑女失格ですもの」

(思ったよりも疲労が溜まっていたのかもしれない。この一ヶ月もの間、細心の注意を払って見張りの兵士とフィデスさんを懐柔していった。その疲労のピーク時、そして最高のタイミングで雨が降った!)

 あのアズヴァルドを陥れるのは必ず雨の日だと決めていた。でなければあの耳の良い男のことだ、近寄る前に気付いてしまう可能性が高かったからだ。雨音による注意散漫を引き起こし、少なからずあの男の思考を鈍らせた。彼の異常に良い聴覚は確かに厄介だったが、それはまた弱点でもあったのだ。そこで一気に彼の予想を超える推理を、彼にとってはどれもあり得ない、だが『マイラ視点では』全て筋が通っている虚構の推理を兵士達は信じ、あの天才を追い詰めたのだ。その後は思うように事が運び、こうしてアズヴァルドは墓穴を掘って指名手配犯になろうとしている。

(今頃アズヴァルドが取っている行動は、恐らく限られてくるはず。私の魔術について正体がばれてるとは思わないし、この城のどこかに潜んでいるのは間違いない)

 しかしアズヴァルドが隠れられる場所など限られており、マイラが思い浮かぶ場所は一通り兵士達に伝えてある。その上であの天才魔術師ならば自分の考えを上回る可能性があるため、マイラは次の手を打っておかねばならなかった。部屋に戻ったらそうしようとしていたのだが、しかしこの一ヶ月の間に擦り切れた神経と、その上でアズヴァルドと戦闘を経たせいで、マイラ自身が限界がきてしまい、部屋に戻ったら微睡んでしまった。

(実際、まだ眠気が酷くて慌てる気持ちがわいてこない。これはまずいわね。感情が動かないなら理屈で動くしかない)

 メイがお茶を用意してくれているのを一瞥してから、マイラは立ち上がって少し乱れた服を手で軽く整える。あの雨の中で大立ち回りをしたのだからところどころ汚れてしまっているのは貴族の娘として体が悪いだろうと思うのだが、そんなことは今どうでもよいという気持ちになっていた。

(アズヴァルドが逃げる先……か。追跡魔術を使えれば良かったんだけど、さすがにその余裕は無かった。あわよくば程度だったから、まぁ仕方無い。今は私へかかっていた疑いが全てアズヴァルドに向いたことを喜ぼう。これで今までより動けるようになるはず)

 軟禁状態というのは実にもどかしく、アズヴァルドの行動パターンを掴むには行動に制限が掛かりすぎていたのだ。そのため今回の計画では前世の知識と実際に会ったアズヴァルドという男の性格を頭の中で何度も摺り合わせ、どうしても都合の良くなる想像を徹底的に排除し、そうしていくつかあり得るだろう行動パターンに絞り込んでさらに精査した上で可能性を探っていく。

(アズヴァルドの人間関係から洗ったほうがいい……となると王妃……お父様……? いえ、お父様は恐らく突き放すはず。王妃がアズヴァルドの言葉を信じたならば厄介だけど、王妃の下まで辿り着くことがそもそも困難。だとしたら、何がある?)

 アズヴァルドの行動は全てではないが、なるべく気をつけてはいた。軟禁の身では限界があったが、少なくともここ数日は『見張ることが可能』だった。何しろその頃には幾人かの兵士は自分の考えた『推理』に心頭していたのだがら、正直どうにでもなったのだ。

(……そういえばあの時、なぜ)

 ふと、屈辱的な日のことを思い出す。

 あの時妙に不自然だったのではないか、と。

(もしかしてアズヴァルドは……)

 そしてある一つの可能性に辿り着く。

 そんなことがあるのか、と何度か考えを巡らす。

 だがもしそうであるならば、間違いなく格好の隠場となるだろう――

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