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マイラ・グランヴィルは推理する5

 しとしとと降り続けては髪を、顔を、肌を濡らす冷たい雨は、彼女にとってひどく心地の良いものだった。

 マイラが自身の手を見下ろし、それから少しだけ嗤う。

 感情を僅かに表へ出すぐらいなら許されてもいいだろうと、マイラはすぐに真顔へと戻り、正面を見つめる。雨が止む様子は無く、空気が重い。胴体に空洞が空いて既に死体となった男には悪いことをしたが、もう一人は助かる可能性がありそうだ。

「フィデスさん!」

「……はい!」

 名前を呼ぶまで何があっても出てくるな、と命令に等しい口調で物陰に潜ませていたフィデスを呼ぶ。もしかしたら彼女の力なら兵士が回復するかもしれない、そんな淡い期待がマイラの胸にあった。

(助かる? 助かって欲しいの? 本当に?)

 ――いや、そんな感情などとうにないだろう。

 ただこの場においてグランヴィル家の娘が取る行動というものを行っただけに過ぎない。だからフィデスが倒れている兵士に駆けよったところを見計らい、次に発する台詞もすでに決まっていた。

「フィデスさん、今こそあなたの力を見せる時です」

「けど、私はまだそんな大層な魔術が……」

「いいえ、きっとあなたの力は魔術なんかには収まりません。信じなさい、自分の力を」

「……はい、やってみます!」

 恐らくだが、とマイラはフィデスの力についてある程度検討をつけていた・

 彼女の力は厄災を払うものだと言われているが、それは彼女の持つ力の一側面に過ぎないのではないか。そもそも魔術における魔力もそうなのだが、この手の力には決まった方向性というものがない。使い方によってはどのような形でも出力が可能であり、魔力というのは大きければ大きいほど途方もないことが可能なのだ。

(つまりフィデスさんは私達の体内魔力保有量と比べて、恐らく桁違いの魔力を持っている。この魔術がある世界でも奇跡と呼べるほどの、魔力)

 彼女が魔術を苦手とするならば、そのとてつもない膨大な魔力量を扱う術を知らないからだ。そしてその魔力量を解放する時こそ、おおよその歴史の中において厄災が起きる時なのだろう。

(どんな魔術師でも自然には勝てない。それをたった一人でどうにかしてしまう魔術……頭がおかしくなりそう)

 そこを見極める為にも、この兵士の治療はちょうどいい。下手に攻撃や訓練で見計らおうとしても、今まで生きてきた彼女の経験が思い切り魔術を使うことを拒否してしまうだろう。しかしこのフィデス・サンクは基本的に善人だ。こうして死にかけている人間を前にしてその力を振るわない理由が無い。

(というより、力を使うよう一ヶ月かけて説得した、というのが正しいのだけど)

 フィデスが魔術を使うところは観ておきたい。というのも、彼女の力はかつての前世ではあくまでもゲーム画面越しで曖昧な表現として描かれていたため、この世界で直に観ておくことで正しく把握すべきだとマイラは考えていたからだ。厄災はマイラにとっても実に厄介で、場合によってはマイラ・グランヴィルの身を危険に晒すことになるかもしれない。それを回避するにはどうしてもフィデスの力が必要になる。

 フィデスの体内にある魔力が活性化しているのが視覚情報として伝わってきて、マイラはさすがにぎょっとする。魔術というのは主に波紋として形を残すと言われている。魔力による波紋は指紋と同じく個人差があり、またそれによって市民の情報を集め登録している制度ができているぐらいだ。つまり波紋は感じるものであり、目で見るものではない。もちろん魔術を発動する際に組み立てられる構成も目で見るというよりも波紋を感じ取り、それを観ていると錯覚しているだけに過ぎない。だが、フィデスは違った。はっきりと彼女の魔力が見えている。薄らと輝く彼女の身体がその証拠だ。

(まだ魔術を発動させていないというのに……!)

 死にかけている同僚へ必死に声を掛けていた兵士もまた言葉を失ってフィデスに目を向けている。

 フィデスはそっと手を伸ばし、今にも事切れる寸前だろう兵士の傷口に手を当てた。べっとりと赤い血が指を、その掌を染め、代わりに彼女が全身に帯びていた魔力が赤い血を伝わり兵士の体内へと潜り込むようにして消えていく。

(魔術……魔術じゃない! 今のは何ッ?)

 恐るべきことにフィデスは呪文を一切唱えなかった。魔術というのは言葉を介して具現化した現象のことを指すのならば、彼女の使ったそれは一体何だ。

(魔力の新しい使い方? アズヴァルドですら知らない……? そんなことがある? 人類の歴史を踏みにじるような才能じゃないの、そんなのは!)

 単純に魔力だけを流し込んだだけに過ぎない――少なくともマイラの目にはそう写った。

 それだけだというのに、死にかけていた兵士の顔色がみるみると血色を増していき、流れていた血が止まり、その呼吸も平時と変わらぬ穏やかなものへと変化していく。

(死にかけていた兵士が治った……? いえ、そんな生易しいものかしら、これは……? ち、アズヴァルドがいればこの力についてある程度解明できたかもしれないわね。早まったか)

「マイラ様、なんとかなったと思います……!」

「……ええ、よくやりましたね、フィデスさん」

 努めて表面上は穏やかに笑いながら、フィデスを褒める。

 彼女に手を貸して立ち上がる手伝いをしながら、ある結論に辿り着いた。

(これは『魔術』なんかじゃない……!)

 では、何なのか。

 マイラはすぐに思い浮かばなかった。魔術の勉強はしっかりとしてきたが、彼女の力の正体に至るほど専門的な勉強などしてこなかったからだと、この時はそう勘違いをしていたのだった。

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