第六十七話 『幸せのカタチ』
投稿が執筆に追いついて来れてない……
本日、もう一話投稿する予定です。
フィルスを抱えてアーゼルシア家の屋敷を抜け出した俺は、魔導具に注ぐ魔素を敵の死角に入るたびに減らして、効果範囲を狭めていく。
そのままでは、目立ってしょうがないからな。
そばにいる分には暗闇で何も見えないからいいが、遠くからならただの黒い大きな塊だし。
そんなことをしながら、走り続けること約10分。
パパッと敵を撒いた俺は、フィルスに魔素で創った外套を被せ、ジウスティア家の屋敷へと歩いて向かう。
外套は俺から離れると維持できないから、フィルスは俺の腕を抱く形になっており、その……とても、柔らかいです。
日が落ちてくれていたお陰で、思ったより早く逃げ切れたのが不幸中の幸いだった。
そういえば、後で服と装備を回収しにいかないとなぁ……
隠してはあるけど、見つかるとヤバいし、そもそも明日の大会で使うし。
なにより、持ち込めなかった残り七個の魔導具も、一緒に置いてきてしまっている。
「あの……レイジ様」
俺が屋敷に帰った後の予定を考えていると、先ほどまで黙りこくっていたフィルスが、ふと声をかけてくる。
俺はその声に、フィルスの方へと視線を向けるが――――すぐに前へと向き直ってしまった。
ズルい! 切なそうな目で上目遣いとかズルい! そんなの――――可愛すぎる!!
ただでさえこっちは、フィルスへの気持ちを認めたばかりだというのに……
「? レイジ様?」
フィルスは俺の行動の意味が解らないのか、小首をかしげているが、正直その仕草もとても可愛らしく、ノックアウトされそうだ。
フィルスは元々可愛いが、俺との身長差がまた絶妙なのだ。
腕にしがみついているせいで、少し身体が斜めったその姿勢で見上げてくると、ちょうど俺の肩のあたりに顔があって……ん~たまらん!!
っと、今はフィルスの話を聞いてあげなくてはな。
「すまん、気にしないでくれ。それで、なんだ?」
「あ、はい。あの……今日は、ありがとうございました。私、敵に負けて、捕まって……すごく、怖かったです。このままひどい目に遭って、最後には死ぬんじゃないかって思うと、とても怖かったです。最初は、死んでもいいかなって、諦められたんです。私は、あの森で死ぬはずだった。それが少しの間だけでも、幸せでいられたのだから、それでいいって。でも、レイジ様の、わがままを言っていいという言葉を思い出した途端、諦めきれなくなってしまって……もっとレイジ様と一緒にいたい。一緒に笑って、一緒に泣いて、そうやって幸せな日々を、もっとずっとって……そう、願ってしまったんです。そしたら急に怖くなって、助けて欲しくて……気がついたら、涙を流してレイジ様の名前を呼んでいました」
「そっか。何度言っても一向に我儘を言う気配が無いから、てっきりもう無意味ないんじゃないかと思って、半分諦めていたのだが……きちんとフィルスの心に届いていたようで、少し安心した」
「あはは……すみません。どうしても、遠慮してしまって……」
「いやいいよ。それに、その気持ちはよくわかる。俺も結構遠慮しいなところがあるからな。今は立場とか状況とかが色々変わったせいで、あまりそうは見えないかもしれないが」
「いえ、それはレイジ様の普段の行動を見ていればわかります。もっと偉そうにしても良いというのに、きちんと相手に配慮して、皆が笑顔でいられるようにと気を遣って下さるその優しさ。きっとそれが、レイジ様の言うところの"遠慮"なのだと思います」
「はははっ! そっか。それならフィルスのそれも、優しさから来るものなのかな? ふふふ……」
「ふぇ!? あ、いえ、私のはその……そういうのではなくてですね…………私はただ、自分に自信が持てないだけなんですよ。臆病なんです。レイジ様がどれだけ優しく言葉をかけて下さっても、心のどこかで、捨てられてまた一人になることを怖がってしまって……結局何も言えなくて、言われたことに「はい」と答えるばかり。レイジ様がそれをお望みでないことは、幾度となくかけて下さった言葉で、わかってはいるのですが……」
やっぱり、そういう事だったか。
でも、それをフィルスの口から直接聞けたのは、一歩前進かな? それに――――
「フィルス。自分に自信が無いのなんてさ、俺も同じなんだ。まあ、フィルスの境遇を考えれば、俺のこの不安なんて、ちっぽけなものなのかもしれないが……それでも、俺も――――いや、皆きっと同じなんだ。皆、心のどこかに不安を抱えて生きている。それはさ、別に悪いことじゃない。それは確かに必要なもので、不安をなくした人間なんて、ただ我儘で迷惑なだけだ。でもさ、その不安に縛られて、動けないままでいると、きっといろんなモンを取りこぼしちまう」
かつて俺が、師匠と出会う前の俺がそうだった。
言いたいことが言えなくて、間違いが怖くて……でも、いつも後に残るのは後悔ばかり。
「行動の結果が、全部良い方向に行くなんて言えないけどさ……成功も失敗も沢山して、いちいちそれに一喜一憂してさ、笑って泣いて……それが、生きるってことなんだと思う。何もしないで、ただ縮こまっているなんてのはさ、物と同じじゃないか。そんなの、つまらないだろ?」
かつての俺が、師匠から教わったこと。
言葉で言われたわけじゃないけど、共に過ごす時間の中で、確かに感じたこと。
「だからさ、せめて俺にだけでいいから、一歩踏み出してみてくれないか? 俺はそれを許すから。お前が何をしても、全部許すから。まあ、間違ってると思ったら、叱ったりはするかもしれないが……それでも、お前の手は離さない。ずっと、そばにいるから」
だからフィルス、お前にも知ってほしいんだ。
俺がかつて教えてもらった、幸せのカタチを――――
「レイジ様……私は……私は、レイジ様のお側にいたいです」
「ああ」
「もっと甘えたり、出かけたり……したいこと、ホントはいっぱいあるんです!」
「ああ!」
「したいけど言えなかったこと、沢山あるんです!!」
「ああ!!」
「わがまま、ホントに言ってもいいのでしょうか!!」
「当たり前だ!! ずっと前から、何度も言ってるじゃないか」
「……はい。そうでしたね。えへへ……」
フィルスの浮かべた笑顔は、かつて見たあの晴れやかな笑顔かそれ以上のもので、実に幸せそうに輝いていた。
「あの……では早速一つ、わがままを言っても良いでしょうか」
照れ臭そうな、それでいてどこか嬉しそうな顔でそうお願いしてくるフィルス。
そんな顔をされたら、こんな話の後でなくとも断れる訳がない。
「ああ、何でも言ってごらん」
「今夜は、一緒の布団で寝たいです。ずっと、ぎゅってしてて欲しいです」
ぐはっ! ここで言うわがままがそれとか……か、可愛すぎる!!
流石フィルス。マジ天使。
「それくらいは、お安い御用だ」
寝不足にはなるだろうがな。
「さて、それじゃあそろそろ帰ろうか。レティアも心配している」
それに、つい忘れてしまっていたが、今は逃走中だしな。
大きな声も出してしまっていたし、見つかると面倒だ。
「あ、はい。そうですね。立ち止まらせてしまって、申し訳ございません」
「いいさ。フィルスの本音も聞けたしな」
「うぅ……今更ながら恥ずかしくなってきました……」
「ははは……言うな。俺もだ」
「くすっ……ふふふっ」
「フッ……クックック」
そうして俺たちは、笑い合いながら屋敷へと帰って行くのであった――――




