第六十六話 『非常時でも、可愛いものは可愛い』
「レイジ様……ぐすっ……たすけて……」
ギィイ――――
私の心が希望と恐怖でごちゃ混ぜになり、頬を涙がつたい落ちたちょうどその時、遠くで扉の開く音がする。
そして、そのままこちらへと向かって歩いてくる足音。
きっと、私を捕らえた人達が、私を傷つけに来たんだ…………怖い……怖いよ……
「いやぁ……助けて……レイジさま……」
「ああ、待たせて悪かったな。迎えに来たぞ、フィルス」
しかし、私の抱いていた恐怖と絶望とは裏腹に、聞こえてきたのは希望に満ちた、愛しき声。
そして、ガチャガチャという金属の後、開いた扉の向こうから現れたのは――――優しく微笑むレイジ様でした。
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扉を抜け、牢……というより、独房に近い雰囲気のある扉の並ぶ区画を、奥へと進んで行くと、一つだけ扉の閉まった部屋が目に入る。
俺ははやる気持ちを抑えながら、足音をなるべく立てないように、先ほどまでよりも気持ち早めで歩く。
すると、牢の中から何やら声が聞こえてきた。
「いやぁ……助けて……レイジさま……」
それは、確かにフィルスの声ではあったが……涙声で俺に助けを求める、弱々しいものであった。
きっと、怖い思いをしたのだろう。
俺は、敵への怒りを燃やしながらも、フィルスを安心させようと、なるべく優しい声で助けに来たことを伝え、扉を開けた。
「レイ、ジ……さま……」
そうして開けた扉の向こうには、鉄の拘束具で手足を固定され、壁に貼り付けられたフィルスがいた。
その頬は涙に濡れており、その痛々しい姿と相まって、見ているだけで心が痛む。
なぜ俺は、もっと早く助けに来てやれなかったのか。なぜ観客席にいないとわかった時点で、深刻に考えられなかったのか、と、過去の自分を殴りたくなる。
「すまないフィルス。遅くなった。奴らに何かされたりしたか?」
俺は、フィルスの拘束具を、手に持つ鍵束から見つけ出した鍵で解除しながら質問をする。
嫌なことを思い出すかもしれないから、本当は聞きたくないのだが、これはできれば確認しておきたい。
それ次第では、俺から奴らへ与える罰を、さらに重くしなければならないからな。
「いえ……目が覚めたら真っ暗闇で、動くこともできず……それに、目を覚ましてから大して経たないうちに、レイジ様が迎えに来て下さいましたか、ら…………うっ、ぐっ!」
俺の質問に、こちらを安心させるためか、微笑みを浮かべ答えてくれたフィルスだが、喋り切ったあたりで、急に眼をきつくつむり、苦しみだした。
「ど、どうしたんだフィルス! まさか毒でも盛られ――――」
「い、いえ……あの、今はすぐにでも逃げた方が良いことは、重々承知しているのですが……できれば、少しでいいので血をいただけないでしょうか。血の解放を限界まで使ってしまったせいで、レイジ様を前に、渇きがもう限界で……申し訳ございません」
ああなんだ、そんなことか。びっくりした。
あーよかった。
「そんなことなら、全然かまわないよ。むしろ変に我慢せずに言ってくれて助かった。正直、脱出はノープランだからな。下手しなくても戦闘になるだろうし、その時フィルスが動ける状態か否かというのは、割と大事だ。というか、急に苦しみだしたから焦ったぞ……別に俺のことなんて気にしないで、そのまま首にかぶり付いてくれてもよかったのに」
「ひえ、ほんなころ、れきうはうがあいあひぇん」
俺の血を吸いながらしゃべってるせいで、何を言ってるのかわからん。
いや、今のはなんとなくわかったが……
「いいから、飲み終わってから喋りなさい」
俺は、フィルスの頭をポムポムしながらそう注意する。
なんだか、小さい子に注意をするお父さんみたいな気分になってくるな……
「ふぁい。ひゅいあへん」
そうして俺は、尚も謝罪のために喋ろうとするフィルスに苦笑しながらも、飲み終わるまでの間、フィルスの頭を撫で続けるのであった――――
血を飲み終えたフィルスは、俺の首筋から口を離し、そのまま離れようとするが、俺はそれを抱き止める。
「へ? あ、あの……レイジ様?」
「すまない。少しだけ……少しだけでいいから、このままでいさせてくれないか? フィルスの存在を、温もりを、確かに感じていたいんだ」
「……はい。ご心配をお掛けしました。私は大丈夫です。私は、レイジ様のお側にいます。レイジ様がそれを望まれる限り。この命の灯が消える、その時まで」
「ああ……そうだったな。ならば俺は、全力でお前を守ろう。二度もお前を危険な目に遭わせてしまったからな。もうこんな思いをするのは懲り懲りだ」
「それでは私は、腕を磨くとしましょうか。レイジ様のお手を煩わせずとも、この身を守れるように」
「はははっ! そいつは頼もしいな。うかうかしてたら、俺も追い抜かれてしまいそうだ」
「いえ、それは流石に無いかと。レイジ様はご自身の実力というものを、もう少し自覚なさるべきです」
「あはは……そいつは何とも、耳の痛い話だ…………さて、あまりのんびりもしてられないよな。そろそろ行くか」
そう言って俺は、フィルスの後ろに回していた腕を解き、体を離す。
そのときフィルスが「あっ……」と切なそうな声を発したが、無視だ。
というか、無視しないとエンドレスに続いてしまいそうだ。
心を鋼とするのだ、レイジ!!
「さて、それじゃあ気を取り直して……どうやって脱出するかだが、何か良い案はないか?」
「そう、ですね……レイジ様にお手間をお掛けしてしまう事にはなりますが、例の、視界を奪う魔法と、音を消す魔法を使いながら、気配と魔素で周囲を探りながら逃げる、というのはどうでしょうか」
「あーやっぱそれっきゃないよなぁ。正直、外に出るまで悟られないのがベストなんだが……ま、無理なもんは仕方ないか」
その方法は俺も考えたし、現状思いつく中ではベストな方法ではあったのだが……結界張りながら屋敷の中走り回るとか、普通に存在アピールしまくりだからな。
できればほかにもっといい方法があれば良かったのだが、フィルスもそれが一番だと思うなら、もうそれしかないのだろう。
出会った人間、皆を殺しながら出て行くわけにもいかないしな。
罪の確定していない伯爵家の屋敷でそんなことをやらかせば、今度はこっちがお尋ね者だ。
あーでも、オリジナル魔法使っちゃったら結局同じなんじゃね? 正体バレバレなんじゃね?
マジかーそうだよ、そうだよなぁ……どうしよ。
いや待てよ? 音を消す騒滅は大会で使ったからアウトだが、葬天は使ってないからセーフか?
この後大会で使える手札が一つ減るが、仕方が無いか。
「あーなんだ。騒滅は正体バレるから、葬天だけにするな。それじゃ早速――――我、纏うは冥き常夜。欲するは果て無き常闇。紡ぎ、絡み、食みて広がれ。汝に黒の祝福を――――"葬天"」
俺が呪文を詠唱し終えると、周囲が闇に包まれる。
注ぐ魔素の量を増やして効果範囲を広くしたから、既に相手には気付かれているはず。急がなくてはな。
「それじゃフィルス、ちょいと失礼」
俺は暗闇の中では満足に移動できないであろうということで、フィルスをお姫様抱っこする。
抱えた瞬間の、「ひゃあ!」とかいう可愛らしい声がちょっと良いなとか思ったのはナイショだ。
そうして俺は、屋敷にいる者たちの騒ぐ声を尻目に、外へと一気に駆け抜けて行くのであった。
フィルス救出ミッション――――成功だぜ!!
割とあっさり救出しちゃうマン。
フィルスが苦しんでいることに、一番耐えられなかったのは作者でしたごめんなさい。
でも後悔はしていない。
この作品、基本身内は終始笑顔を目指してますから(適当)




