第6話 ”clap(クラップ)”&”approach(アプローチ)”
マサ(父) 34歳
カズ(息子) 3歳9か月
「いや、100切りの後、なかなか90切りまでいかないんですよ」
今日もTセントラル練習場でいつものようにカミシロインストラクターに悩みを相談しながら練習をしている。
「そうですね。90切るってことになると、大事になってくるのはアプローチですよ」
ガーッ カン!
ガーッ カン!!
ガーッ カン!!!
今日もカズは、横でポンポンポンポン、出てきた球を間髪入れずにどんどん打っている。基本的にドライバーばっかりで、多いときには200球くらい打つこともある。本当にわんこそばを食べているように、ボールが出てきたらすぐさま打つのだ。カズの方は、ボール代が大変なので、時間で打ち放題にしている。カズは、スコアのためにボールを打つのではなく、ただ打つのが面白いから打っているだけだ。その日打つのが面白くなくなったら、そこで打つのは終わる。実にシンプルだ。
「アプローチは左足体重にして、あまり大きく振り上げるのではなく、フォローで打って、フォローで距離を調整するといいですよ。振り上げが大きいとミスの原因になりますから」
「なるほど……」
同じことを何度も教わっているような気がするけど、なかなか身体が思った通りに動かない。確かに、手でボールを投げるのだって、短い距離であれば、大きく振りかぶって投げる必要はない。下手投げで軽く放り投げるイメーに近いだろうか。
「ああ、そうです。そうです」
「こんな感じですよね」
そう。ショットと同じで、練習場では何となくできるのだ。コースでは上手くいかない…多くのアマチュアゴルファーが一度は陥るであろう練習場での万能感。これがあるからアマチュアゴルファーは再びコースに向かうのだろう。
ドンッ!
おや?隣のカズが打つボールの音が変わった。どうやらドライバーではなくアイアンに持ち替えたらしい。ちょっとダフリながらなんとかボールに当てている。
「アイアンはまだちょっと重そうですね」
子ども用のクラブも、どうやら下の番手になるほど重たいらしく、ドライバーに比してアイアンは持ち上げるのが大変そうだ。しかし「予備知識なく重たい物を振ってみる」という動作をすると、勝手に身体の動きが最適化されるのか、誰も教えていないのに、アイアンはグリップの一番ヘッド側に近い先の方を握って短く持っている。右手と左手の間は空いていて、いわゆる「スプリットハンド」だ。手では上げられないから、身体を捻じってクラブを持ち上げている。
「でもよく振れて、よく当たりますよ。信じられません」
カミシロインストラクターは、自身が「天才」と称するカズのスイングを見て、ひとしきり感心している。確かに、カズの体重が15キログラムくらいだとすると、300グラムくらいのゴルフクラブは、60キログラムの大人からすると、1.2キログラムの重さということになる。そんなもの振って小さいボールに当てるなんて、だいぶ難しいに違いない。
カズの思いがけない才能と、90切りに向けて、アプローチが大事ということがわかったところで、今日の練習は終了となった。
家に帰り、夕食を済ませると、自宅での自主練を始めることにした。自主練と言っても、家でできることなんて限られているので、最近買ったプラスチックのカラーボールをマットの上から打って1~2メートル先のかごに入れるというシンプルかつ経済的な練習だ。
カコンッ
カコンッ!
カコンッ!!
距離が短いとはいえ、そう簡単には入らない。一応先ほど教わった左足体重とフォローで打つ意識でやっているのだが……どちらかというと、どうしても打ちすぎてかごを通り過ぎてしまう。やはり、振り上げが大きすぎるのだろうか。
そんなことをして練習していると、カズがこちらを見ている。自分でもやってみたいのだろうか。
「カズ、やってみる?」
「うん」
カズのクラブはドライバー、アイアン、パターしかない。ウェッジがないのだ。とりあえずアイアンでやらせてみることにした。アイアンはまだ持ち上げるのに苦労しているのだが、アプローチなら、逆にそんなに持ち上げなくてもできるから、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
カコンッ
カコンッ!
カコンッ!!
「なかなか入らないねぇ」
ウェッジじゃなくてアイアンなので、どうしてもロフトが立ってしまっている。そうするとボールが上がらないので、なかなかかごに入る軌道にならない。かごの側面にぶつけるくらいのことしかできない。でも、何となくできそうな気配はある。
カズは飽きてしまったのか、すぐに辞めそうになった。しかし、親として、何となく一度始めたことを簡単に途中で放り投げるのは、教育上良くないような気がした。諦め癖がついたらよくないと思い、もうちょっとやってみようと促す。
「いや、できるからもうちょっとやってみよう」
「……」
正直そんなに乗り気ではなさそうだったけれど、カズは一言こんなことを言った。
「クラップしよって」
「へ???」
「こうやってクラップしよって!」
「ああ、拍手しておいてってことね」
妻の英才英語教育のお陰で、カズはたまに英語を話す。英才教育と言っても、ただ単に英語のDVDや音楽を垂れ流して聞かせたり見せたりするだけなのだが……
クラップというのは”clap(拍手)”のことだ。他にも“apple”とか”milk”とか、妙にネイティブな発音で英語を発することがある。これも誰かから教わったわけではなく「聴いたまま発している」だけで、感じたまま勝手に最適化される例のひとつかもしれない。
「ママもクラップするよ」
英語が出てくると妻もなぜか乗り気になる。夫婦ふたりで”clap(拍手)”しながらのアプローチかご入れが始まった。
カコンッ
カコンッ!
カコンッ!!
やっぱりなかなか入らない。かごの側面にボールが当たってばっかりだ。ボールが上がらない。でも”clap”しているとなぜか辞めようとはしない。
「こうだとどう?」
どう見てもアイアンを使っている分、ロフトが立っているので、ボールの高さが出ない。ロフトを寝かせてハンドレイト気味に入るよう、ちょっとだけアイアンの角度を変えてみるよう構えの部分を調整してみた。そうして打ってみると…
カコンッ
カラカラカラッ!
「入ったぁ!!」
「おお、すげぇ!」
ちょっとだけボールに高さが出て、見事にボールはかごの中へ。拍手喝采に包まれると、カズは照れ臭そうに笑った。そして、照れくさそうににやにや笑いながらテーブルの周りをくるくると回って歩いていた。どうやらこの上なく嬉しかったらしい。
「応援されて、挑戦して、初めて成功した」という体験ができた瞬間であり、それはまた、父が伝えた「ゴルフ」と母が教えた「英語」が見事に融合した瞬間でもあった。




