第3話 折れないクラブ。折れない心
マサ(父) 33歳
カズ(息子) 2歳11か月
「先月のラウンドが101,ちょうど100…で、今月のラウンド、102、101ときて、先週はまたちょうど100!もうちょいで100切れるのに!」
「ああ、惜しい惜しい。てかそんなコース行ってんだ。すげえな。おれより行く回数多くね?」
「いや、だってもうすぐクラブ買ってから1年じゃん。目標の『1年で100切り』まで時間がないからさ」
今日も同僚のクマダと一緒に練習に来ている。「100切り」を目指してその気になってから、もうすぐで1年となる。「100切り宣言」を知っているクマダにあと1打から数打足りないスコアと悔しさの近況報告をする。
「で、目標達成のため、今週末もまたラウンド入れてるんだけど、一緒にどうよ?」
「あ、いいよ。1年以内ってところだと今週末がラストチャンス?」
「そういうこと!マジで気合入るわ」
スポーツでこんなに燃えたのは、学生時代のサッカー以来だろうか。
「で、どこ回るのよ」
「Oカンツリー倶楽部ね」
「ああ、あそこね。あそこは比較的100切りやすいからいいんじゃない」
そう。この1年熱心に練習するとともに、色々なゴルフ場に行ってわかったのだが、コースにも難しいところと簡単なところがある。130とか140とか叩いていた時はそんなに気づかなかったが、100切り目前くらいになると、100台が出るところと110台になってしまうところで明確な違いが出る。
それに、一緒にラウンドするメンバーも大事だ。年上やレベルがあまりにも高い人、あるいは若干仕事が絡む接待的な要素がある人と一緒だと気が引けて上手くプレーできない。気の置けない仲間と一緒に気楽な気持ちで比較的簡単なコースを回るというのが100切り達成ラストチャンスに向けた盤外マネジメントのひとつだ。クマダと一緒なら、まあそんなに気を遣うこともないから安心だ。
「他のメンバーはどうするよ? 」
「他のメンバーは、とりあえずシロタが入っているよ」
シロタも同い年で、実力的には私よりもちょっと下手くそ、くらいの人物だ。
「ああ、じゃあ気楽だからいいんじゃない」
クマダもそのあたりの100切りに向けた戦略はよくわかっているようだ。
練習を終えて、帰路に着く。
「じゃあ、週末よろしく」
「オッケー」
練習を終えて帰ると、カズが庭でプラスチックのゴルフクラブで遊んでいた。もうすぐ誕生日を迎え、3歳になる。何だかんだでちょっとずつプラスチックのボールを飛ばすようになっていて、庭から飛び出してしまいそうな時もあり、ちょっと危ない。
「そろそろ、一緒に打ちっぱなし練習でも連れていくかなぁ」
そんなことを考えていると……
カンッ!
ポキッ!
「あ……」
カズが自慢のクラブで庭に転がっていたちょっと大きめの石ころを打ってしまい、プラスチックのクラブがへし折れている。数秒何が起きたのか呑み込めない「間」があって…
「うわぁあああああん(涙)」
「ああ、よしよし、仕方ないよな。石は重いから」
走馬灯のように、昔のことが思い出される。そういえば自分も、自慢のプラスチックのマイクラブが、初めて行った打ちっぱなし練習場のボールを打ってへし折れてしまったんだった。あの時の残念なような悲しいような手の感触、なぜだか今も覚えている。
「うん。このクラブはもう卒業だ。折れないちゃんとしたクラブを買おうな」
何とかなだめて落ち着かせる。ちょうど庭で遊ぶのはもうそろそろ危ないと思っていたところだったし、いいころ合いだったのかもしれない。
インターネットで探して、一番小さいゴルフセットを探す。イグニオの1万3000円くらいのキャディバック付のセットが見つかった。ドライバー、アイアン、パターが1本ずつ入っている。
「よし!これにしよう。これなら折れないぞ」
「うん」
もう随分昔のこと。私の自慢のマイクラブは、へし折れて、自分のゴルフ人生は一度そこで途切れてしまった。あの時、折れないクラブがあれば、もしかしたら自分はゴルフを続けていたのかもしれない。折れないクラブがあれば、キミの道はさらにその先に続くかもしれない。そんなことを想って、3歳になる子どものおもちゃには少しだけ高いプレゼントの購入ボタンを押した。
週末になり、Oカンツリー倶楽部にやってきた。いよいよ「1年で100切り」に向けたラストチャレンジだ。
「今日こそ100切れるといいですな」
「ああ、いけそうな気がする」
そう言って始まった気楽な中にもプレッシャーのかかるラウンド。前半終わって47!
「おお、マジでいけそうじゃない?」
クマダは前半を44で回っている。シロタは54だ。
「いや、先週もこんなだったんよ。ここからよ」
後半が始まり、いきなりダボスタート!
それでも何とか16番まで終わって+15!あと2ホールでボギー、ボギーで+17…つまり99だ!
「よし、もうボギー2つでオッケーだから、何となく見えてきた!」
「おお、マジでいけそうじゃない?」
自分でもいけそう感を感じながら、臨んだ17番ホール!池を2つ超えるちょっと複雑だけど約270ヤードと短いパー4だ。
「ここ池だけはダメ、とりあえず残ればいい」
そう思って打った一打は…無常にも池の中へ…OBだ。
「あちゃー……こりゃ終わったか……」
プレイング4から打った4打目もグリーンには乗らず、結局17番をトリプルボギーとしてしまう。
「最後バーディなら99。まだわからんよ」
そう言いつつも、半ば気持ちは折れかけていた。プロは1ラウンドでいくつも取っているバーディだけど、100切り未達成のゴルファーがバーディを取れる確率なんて…1%もないんじゃないか。
最終18番は池越えのパー3。何とか池を超えたものの、グリーンには乗らず、手前のラフから第2打。
「チップインで99。いける!」
そう言いつつも、さっきまであったいけそう感はどこへやら。いや、でも、まだ可能性がある!折れかけた心を奮い立たせ、半ばやけくそで56度ウェッジで放った一打は…
カシュッ!
あ、なんか当たりはいい感じ……?
コロン!
「うお!入った!マジか」
「キタアァ!!!」
劇的な100切り達成!自分でも驚いた。
「うわ!何か達成感あるぅ!」
久々に感じた充実感だった。
「こりゃお祝いだな。お祝い」
今日も卒なく90でラウンドしているクマダと、今日も100切りには届かず114でラウンドしたシロタが後日お祝いをしてくれることとなった。100切り達成の余韻に浸りつつ、その日は解散となった。
家に帰ると、ちょうどカズのために注文していたイグニオのゴルフセットが届いていた。
「おお、すごい本格的だね」
「こんなの振れるの?」
妻は、今これが必要かどうか、ちょっと懐疑的なようだ。
「いいんだよ。もうプラスチックのあれは卒業なんだから。ちょっと振ってご覧」
「うん」
真新しい、しっかりと重みのあるドライバー。やはりプラスチックと違って重いからであろう。右手と左手の間が随分空いた握り方をしている。振ってみると…「振る」というより、上げて落としているだけだったけれど…
「おお!ちゃんと振れたね。今度ボールを打ちに行ってみようか」
「うん!」
「あ、そういえば、今日ね。パパ100切り達成したんだよ。やっぱり諦めない、折れない心は大事だね」
「あら、おめでとう。お金と時間をかけた甲斐があったわね!」
「???」
家族にとっては全くと言っていい程どうでもいい劇的な「100切り達成」の自慢話をしつつ、今夜のビールはちょっとだけ美味しく感じられるのだった。




