第15話 飛べ!いざフェニックストーナメントへ!②
マサ(父) 35歳
カズ(息子) 4歳7か月
「ほらほら、バスが来たよ」
「おおお!バス!!」
いよいよ初めてのゴルフ観戦のため、宮崎へ向かう。ダンロップフェニックストーナメントに凱旋する松山英樹選手のプレーを観に行くのだ。
「バスすげぇ!」
カズは人生初のバス旅行で、バスに乗ることそのものがとても楽しいようだ。妙に興奮している……のもつかの間、いつの間にか寝てしまった。いくつかのサービスエリアに停まりながら、4時間以上の長旅を経て、宮崎に到着した。
その日は早めに就寝し、翌日に備える。
翌朝になり、朝食を済ませ、ホテルのロビーにいると、明らかにどこかで顔を見たことのある人がいる。
「あれ、あの人どこかで見たことあるような…」
「え、そう?」
見覚えのある顔の人がいたので妻に話してみるが、思い当たるところがない。どこかで知り合った人だったかな……不明人物の脳内検索をしていると、見るからに身体の大きな人たちがたくさん……ソフトバンクホークスの選手たちだ。
「あ、そっか。宮崎ってこの時期、キャンプの時期か」
プロ野球は、日本シリーズも終わってシーズンオフだ。そういえばプロ野球のキャンプ地も、多くのチームが宮崎だ。「キャンプ地の宮崎で……」なんて、テレビのスポーツニュースでよく耳にしていた。情報として耳にしていたことが、初めて実感としてともなった。先ほど見たことがあるような顔の人は、ソフトバンクホークスの2軍のコーチのひとりで、現役時代はヤクルトスワローズの1番打者として活躍していた人だ。会うのはもちろん初めてだが、テレビで見ていたのでどうやら知り合いだと勘違いしていたようだ。たまたまキャンプ中のソフトバンクホークスの2軍の選手たちと同じホテルだったらしい。
「ほら。カズ、野球選手だよ。大きいね」
「???」
そういえば、カズはテレビでも野球を観たことがない。そもそも野球というスポーツをおそらく知らないだろう。
「ゴルフ場に向かおうか!」
思いがけない出逢いでちょっとだけ気分が高揚したところで、早速タクシーに乗って、ダンロップフェニックストーナメントの会場となるフェニックスカントリークラブへと向かった。
「おおお!」
「もう結構観客いるね」
松の木が生い茂るゴルフ場。朝の少しひんやりした空気と相まって、何となく神聖で神秘的な雰囲気が感じられる。その松林を抜けた先に、練習用パッティンググリーンが見えた。
「お、石川遼選手がいるよ」
パッティンググリーンを訪れると、早くもスーパースターたちが熱心にボールを転がしている。
「あ、すごい選手もいるよ!」
「おお!」
歴代優勝者のひとり、ブルックス・ケプカ選手だ。言わずと知れた、世界の名プレイヤー。ひときわ大きな身体だ。先ほど偶然遭遇したソフトバンクホークスの選手たちにも引けを取らない、いや、それよりもさらに大きな身体。しかし、その体躯に比して、パッティングのタッチは繊細だ。
「あ、松山英樹選手だ」
「おおお!」
お目当ての松山英樹選手も何やら器具を使ってボールを転がしている。今日は世界水準のゴルフを体感するため、この人に付いていくことを決めていた。
初めてのプロの試合観戦。会場の雰囲気に浸っていると、早くも松山英樹選手のスタート時間となった。今日はINコース10番からのスタートだ。世界で活躍する日本のスーパースターの凱旋試合。予想はしていたが、ものすごい人だかりができている。
「すごい人……」
間近とまではいかなかったけれど、それなりの近さにいる。でも、人が多くてよく見えない。何とか人のすき間を見つけて、1打目を注視する。バックスイング始動。トップでまるで時が止まったかのような美しい「間」があって、勢いよく振り下ろす!
カンッ!
「おお!」
歓声が上がる。どうやらドライバーで放ったと思われるボールは、やや右に打ち出された。少しラフにかかるかどうか、くらいだろうか。
「どうだった、カズ?」
「すごかった」
世界のプレーに触れて、何か感じるところがあるのだろうか。大勢のギャラリーがこの組の移動に追随する。予想はしていたが……まるで民族大移動だ。
松山選手は、2打目で見事グリーンをキャッチし、松山選手は無難にパーでスタートしていた。
11番ホールはパー3だ。世界でも屈指と言われるアイアンショット。またしても独特のトップで間を置いた鋭いスイング!
カシュ!
「おお!」「カッコいい」
再び歓声が上がる。グリーンオンからバーディパットははずれたけれど、難なくパー。
続いて13番ホール。ここもドライバーだ。
カンッ!
「おお!」
歓声があがる。
「ナイスショットだね」
そう言って付いて行こうとしたところ…
「お腹すいた」
「え……」
まだ始まったばかりだというのに……
「仕方ないよ。何か食べに行こう」
妻は冷静に飲食ゾーンに行こうと提案する。
「いや、せっかくここまで来たんだから、付いて行こうよ」
「……」
「1回食べに行って、それからまた戻ればいいんじゃない?」
そ、そんなバカな……宮崎まで来て?
そう思っていたのはたぶん自分だけで、当の4歳児からすると世界水準のスイングより、お腹がすいたのを何とかすることの方が、優先順位が高いようだ。妻からしても、せっかくなので何か美味しい物を食べる方が優先であることに変わりはない。
「食べ終わったらまたすぐ追いかけようね」
名残惜しいが、しばし世界を追いかける集団とは別行動を取ることにした。
イートスペースに行くと、宮崎名物の店が立ち並んでいた。肉巻きおにぎりや、うどんなどの麺類、マンゴーを使ったスイーツなどがおいしそうな香りと共に食欲をそそる。腹ごしらえをするため席を確保すると、大きなテレビ画面で試合の中継が映し出されている。当然、松山英樹選手が中心だ。
「ここで観るなら家のテレビ観戦と大して変わらないじゃん……」
そう愚痴りながらも、とりあえず早めの昼食をとることとした。さっさと食べ終わって、世界の松山を追いかけなくては!
「よし、食べ終わったね。松山選手のところに行こうか。今いる場所は、あの画面見ればだいたいわかりそう」
「あれ、やる」
「ん???」
「あれやりたい!」
イートスペースの近くに、スナッグゴルフができるコーナーが設けられている。スナッグゴルフというのは、ゴルフボールより大きなボールをゴルフクラブよりヘッドの大きなクラブで打つという遊びだ。いわば初心者用の比較的簡単なゴルフと言えばわかりやすいだろうか。
「これは帰ってからもできるから、今は松山追いかけない?」
「やる!」
「いいんじゃない?やらせてあげれば?」
なるほど、4歳児にとっては、例え世界水準だろうと何だろうと、誰かがやっているのを観るより、自分でやる方が面白い!ということか……
「うん。じゃあ、ちょっとやったら松山追いかけようね」
「わかった」
そう言うと、カズはスナッグゴルフスペースに向かっていった。
スナッグゴルフスペースでは、すでに3人くらいの子たちが遊んでいた。小学校低学年くらいだろうか。明らかにカズよりは年上の子たちが、順番に並んでボールを打っている。どうやらボールをセットして、10メートルくらい先の的を目掛けて順番に打っているようだ。何となく「誰が最初に当てるのか」を競う空気感になっている。 立てかけられているクラブを1本持ち、列に並ぶカズ。
「そんなに顔近づけなくてもいいでしょうに……」
カズは年上のお兄ちゃんの背中にビタッと鼻をくっ付けるように並んでいる。まるで「早くおれに打たせろ」と言わんばかりだ。妙なヤツに背中に張り付かれたお兄ちゃんは、少々困惑している……
バンッ!
放たれたボールは残念ながら的には当たらなかった。すぐさま列の後ろに並び直すカズ。やはり前のお兄ちゃんの背中にビタッとくっついて並んでいる。 何週かローテーションしたが、まだ誰も的に当てられていない。
「そろそろ行こうか、カズ」
「まだやる」
「じゃあ、あとちょっとね」
頑なにその場を離れようとせず、年上のお兄ちゃんたちに闘いを挑む。もう松山選手はハーフターンを終えたころだろうか……
その後も何度も何度も並び直すカズ。お兄ちゃんたちは、その後一人去り、また別のお兄ちゃんが入りと入れ替わったが、まるでそこの主になったかのように、カズは延々と並び直しては打ち続けていた。結局誰も的には当てていない。
「こりゃ、もう今日はこれで終わりだな」
「何しに来たのやら、だね。でも、面白いね」
「うん。あいつ、サイヤ人だな……おれはあんな年上が遊んでるところに突っ込んでいけなかったよ。小さいころ」
「そうだよね。普通」
そんなことを妻と話していると…
バンッ!!
ついに、カズの放ったボールが的を捉えた。
「おお!」
ものすごい勝ち誇ったかのようなドヤ顔をしながら、カズは戻ってきた。夫婦そろって、拍手で迎える。
「当たったね。すごかったね」
「……」
「やってやったぜ」と言わんばかりの顔の4歳児。どうやらこの日の「プレー」に、本人なりに満足しているらしい。
その後は、お目当ての松山選手を追いかけるでもなく、不慣れなゴルフ観戦であっちへいってこっちへ行ってとあたふたしている内に終わってしまった。当初目的だった松山選手を追いかけることができたのは、最初の2ホールだけだ。最後の最後パッティング練習に訪れた松山英樹選手の練習を見て、ほんの少しだけ「世界」のゴルフを感じ、ゴルフ場を後にすることとなった。
ゴルフ場を出た後は「動物園行きたい」というカズのため、フェニックス動物園にも立ち寄り、フラミンゴなどの動物たちを見て回った。動物園には日本にいない動物もいる。これはこれで、ある意味「世界」に触れる機会になっただろうか。 相変わらずカズは、帰りのバスに乗れることに興奮していたが、疲れていたのであろう。すぐに眠ってしまった。眠りにつくカズを見ながら、父にはある考えが浮かんでくるのだった…
「あれだけ年上にも臆することなく向かっていけるなら、もしかすると…」




