第13話 ある日のスーパーショットからの気づき
マサ(父) 34歳
カズ(息子) 4歳5か月
「ちょっとアプローチも上手になってきましたかね」
「うん。いい感じで、左足体重で振れていると思いますよ」
今日もTセントラル練習場で、カミシロコーチのレッスンを受けている。いつもの打席でのレッスンではなく、アプローチ練習場でのアプローチレッスンだ。昨年の年末に調達した52°と56°のウェッジも結構慣れてきて、我ながらそこそこ上手に使えるようになってきていると自負している。
「基本はやっぱり52°を使った方がいいと思います。転がしの方が事故も少ないですからね」
「はい。確かに52°の方が使いやすいし、ミスも少ない気がします」
アプローチは大きく分けると「転がす」か「上げる」か2種類の選択肢がある。「上げる」の方は距離感が難しく、ミスのリスクも大きい。基本はやはり「転がす」の方らしい。転がす方法を基本とするならば、左足体重の方がロフトを立てて構えられるとのことで、その方法と理屈が何となく頭と身体で理解できて来たような気がする。
「お、カズも上手に打てているね」
レッスン生のみんなが20~30ヤードのアプローチ練習をしているところにカズも混ざって練習している。カズにとって、この距離はウェッジをほぼフルスイングするくらいの距離だ。芝生の上から気持ちよく打って練習…というより遊んでいる。たまにトップしたりしているが、それでも大人に混ざってそれなりに練習できているので、我が子ながら大したものだと思う。
「はい。今日のアプローチレッスンはここまでです。お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
ほんの30分程度のアプローチレッスンだが、やっぱり芝生の上で打つ方が練習になる。最近はフルショットの練習より、むしろアプローチの方に楽しさを感じてきている。
「さて、もう少し練習するかな」
アプローチレッスン後も、練習場は空いているようだったので少し残って練習することにした。もう少しアプローチの「型」を身体にしみ込ませておきたかった。レッスンと同じ距離をまたひたすら続けてみる。こういうのは、反復継続していくしか上達のコツはないはずだ。
さて、カズはというと、一応私と一緒にアプローチ練習場にいる。でも、一緒に練習しているかと思えば、そうでもなく、いつの間にかチョウチョやバッタを追いかけている。そうかと思えば、バンカーに入って、そこらで拾った竹の棒で穴を掘ったりして遊んでいる。
最近はこんな調子で、アプローチ練習場が遊び場になっている。もちろん誰か人が来たら辞めさせるのだが、誰もいない時は自由にさせて、その間に少しだけ自分が練習するのだ。カズはウェッジでボールよりも小さい石ころを打ったり、バンカーで山を作り、その山の上にボールを置いて打ってみたりと、自由奔放に遊んでいる。
でも、上達することを考えたら、カズにも反復継続で「型」の練習をさせた方がいいではないだろうか。小さいころから「型」ができていれば、上達も早くなるに違いない。こういうのは、地道にたくさんやる以外に上達の方法はないはずなんだ。
「ほら、カズもこうやって構えてからやってごらんよ」
「うん」
「上手になるには、結構『打ち方』って大事なんだぜ。パパの真似してごらんよ」
「うん」
ちょっとだけ一緒にやってみるカズ。何球かは一緒に付き合ってくれたが、すぐに飽きてしまった。
「うーん。まだ早いのかな?」
しばらく自分の練習をすることにして、カズに「型」を身に付けさせることは諦めた。もう少し集中力がついてきたら、「型」の大事さをもう一度教えてみればいいだろう。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
「今度の日曜日はまた河川敷に行こうか。またカートに乗れるよ」
「うん!」
その日も充実した「練習」を負えて帰路につき、週末は河川敷のコースに行くことにした。
後日、いつもの河川敷のコースを訪れた。河川敷コースデビュー以来、カズは河川敷に行くのがお気に入りだ。何せ大好きな「カート」に乗れるからだ。カートに乗って風を感じながら進むのが楽しいらしい。そういえば、私の父、カズのおじいちゃんも大の車好きだった……実家には、F1を始め、何だかよくわからないスポーツカーの模型が所せましとケースに飾られていた。趣味や趣向というのは、遺伝するのだろうか?
「うんてんする!」
「運転は免許取ってからだね」
自分で運転したいとせがむカズといつものやり取りをして、約300ヤードの1番ホールからスタートする。考えてみれば、カズが免許を取るころには、車はどうなっているのだろうか。自動運転化も進んでいるだろうから、もしかしたら免許なんてなくても車に乗れる時代になっているかもしれない。あるいは、車も空を飛ぶ時代になっているのだろうか。
この日も、自分がティーショットを打って、2打目地点からカズも打ち始める。このルールで進めば、そんなに時間をかけることなくラウンドできる。1番ホールの2打目、グリーンをはずしてしまったが、アプローチで寄せてパーを取ることができた。身体に形を覚え込ませてきた左足体重の「転がしアプローチ」がうまくいった。カズも2打目でグリーンをとらえて、3パットのボギー。ま、カズは打数なんて数えてないし、本人も全く気にしていないのだけれど……
数ホール進んだとあるホールで、面白い出来事が起きた。ふたりともグリーンまであと少し、というところにボールが止まっている。よく見ると、カートがグリーンに侵入しないように設置されているロープのすぐ近くだった。ロープの内側(グリーン側)にボールがあって、バックスイングをしようとするとロープにクラブが引っ掛かってしまう。この場合、ロープは人工物だから、ルール上、ボールは無罰で打てる位置に動かして、救済できるはずだ。
「あ、これは動かしていいやつだから、パパはボール動かして打つね。カズもボール動かしていいんだよ」
こういう時のルールは一応ちゃんと教えておこうと思って、適切な処置をしてみようと試みる。ボールのある地点にマークしてからボールを拾い上げて…なんてことを考えていると…
「え、うてるよ?」
「え、無理でしょ?」
「だいじょうぶだよ」
そう言うやいなや、カズは本当にボールを打って見せた。バックスイングを普通にしようとするとクラブがロープに当たってしまう。カズは、バックスイングでクラブを水平に動かすのではなく、右肩上に担ぎ上げるようにクラブを振り上げて、そのまま上から下に落とすように
ドンッ!
とクラブを地面にたたきつけた。ちょうど、餅つきの杵をちょっと斜めに振り下ろすような感じ、刀でいうと「袈裟斬り」のような恰好だ。ボールはコロコロと転がって、グリーンオン!
「ほら」
「ナ、ナイスオン……すごいね」
カズはさもできて当然のような顔をしている。むしろ「無理」と言った私に対して「なんで?」とすら言いたげだ。あのアプローチ練習場で遊ばせている内に、いつの間にか自分で見つけて身に付けた打ち方だったのだろうか。
そこでふと、親なりに思うところがあった。もし仮に、父である私があのボールを「大人の常識」で「正しく処置」していたら…?もちろん、ゴルフの正しいルールの知識をひとつ身に付けることはできたかもしれない。それはそれでひとつ「成長」にはつながったはずだ。でも、そうしていたら、このスーパーショットは生まれていない。型を作ることや何かを教えることももちろん大事だけれど、時として、型にとらわれず、自由な発想を持つことも大事だ。子どもの内からあれやこれやと「大人のツマラナイ常識」を押し付けてしまったら、色々な可能性の芽を潰してしまうのかもしれない。そんな常識を教えるのは後からいくらでもできるはずだ。今は、本人の感性を大事にした方が面白いのではないだろうか。
その日は、カズが放った何気ないスーパーショットがハイライトとなり、ほんの少しの気づきを得られたような気がした。ゴルファーとしてではなく、親として。
後日、再びTセントラル練習場のアプローチ練習場を訪れた。
「パパはいつも通り練習するね。カズは、自由にしていていいよ」
「うん」
ちょっとだけボールを打ったカズは、いつも通り「遊び」に向かった。今日は、ウェッジを振って、短い竹の棒や雑草を伐採することに夢中になっている。それが何になるのかはわからないけれど、父は静かに「何も言わないこと」を心に決めたのだった。




