第12話 テニスのぼうや様 ~ナイスショットの余韻~
マサ(父) 34歳
カズ(息子) 4歳3か月
「せっかくだから、何か違うスポーツもやらせてみない?」
「うーん。そうだね。それもいいかもね」
妻と一緒にカズの習い事会議をしている。誕生日プレゼントのストライダーを「『補助輪期間』なしでいきなり自転車に乗れちゃった」の一件があり、どうやら運動神経はかなりいい方ではないかと夫婦の意見は一致している。そうであれば、幼稚園にも入園したことだし、私のついでの教わっている…というかその横で遊びながらやっているゴルフだけでなく、他の競技も真剣にやらせてみてはどうだろうか、というのが会議の主題だ。
「やっぱりテニススクールがいいんじゃないかな」
「そうだね。あそこならTセントラル練習場のすぐ横だし、実績もあるテニススクールだからね」
実は、普段お世話になっているTセントラル練習場のすぐ横に、テニススクールがある。ジュニア教育では結構実績があるらしく、全国区の選手もチラホラいるらしい。もしそこでテニスを習うようになれば、テニスをしている間、自分は打ちっ放しでゴルフの練習をするというプランも成立する。自分でも大学生のころ、少しだけテニスサークルに所属して遊んでいたことがある。文字通り「お遊び」で、その気になって試合に出て本格的にやるというレベルではなかったけれど、テニスも楽しいスポーツであることは間違いない。そういえば、学生時代には、左利きの天才テニス中学生が主人公の漫画が流行っていたっけ。
「とりあえず、まずは体験で行ってみようか」
夫婦の意見は一致した。
「こんにちは。はじめまして。カズくんですね」
「はい」
「今日はよろしくお願いします」
「はい」
初めて訪れる場で、少々緊張気味のカズ。我が子ながら少々ビビりなところもあり、「初体験」のことにはちょっと慣れるまで時間がかかる。幼稚園に通う時も、春先からしばらく送ってからお別れするまでが大変だった。
「今日は3人でやるので、先生のいうことをよくきいてがんばりましょう」
「はーい」
幼稚園クラスは、1回40分程度で、3人一緒だった。一緒の子は年長さんと年中さんのようだが、背丈はあまり変わらない。カズは、同学年の中で、結構大きい方だ。
「よーし、じゃあ、最初は軽くランニングね」
テニスコートの半分を何週か軽く走る。走ったあとは後ろ向きで走ったり軽く横向きに走ったり…「テニスをやる」というより、最初は「身体を動かして運動する」という感じのメニューだった。
そういった基礎的なメニューの後、スポンジのような軽いボールを使う段階になった。それでも、まだラケットを持つではなく、ボールを放り投げたり、キャッチしたりと、まだテニスらしさはない。
時間が半分くらい過ぎて、ようやくラケットで打つ段階になった。コーチが投げる、というか、落としたボールをラケットで打つ、ということのようだ。カズは初めてなのでラケットの持ち方から教えてもらっている。この日は借り物のラケットを持たせている。
「ホラ、ボール落とすよ」
バシッ
バシッ
飛ぶ方向はさておき、空振りせず一応ボールに当てている。普段もっと小さいゴルフボールを打っているからか、やはり「当てカン」はいいようだ。ただ、ゴルフをしているせいか「コートに落とす」ことより「遠くへ飛ばす」ことを考えているように見える。
「おお!そうそう!すごいね!」
褒めてもらって、まんざらでもない様子だ。
だんだんテニスっぽい練習になってくる。今度は正面からコーチが投げたボールを打ち返す練習だ。
バシッ
バシッ
相変わらず「コートに落とす」という意識はないようだが、空振りはほとんどしていない。コーチからアドバイスが入る。
「そうそう。もっと低く、あの辺に落としてごらん」
バシッ
「お!いいねぇ!ナイスショット」
どうやら何となくただ飛ばせばいいというものでないことは理解し始めてきたように見える。
「何か、結構楽しそうにやってるね」
「そうだね。テニスもありかもね」
続いて、コーチが投げたボールを連続で打ち返す練習になった。
「ホラ、いくぞ!カズ!」
バシッ
ボールはちょっと低く出て、コート内に収まった。
「ナイスショット!おいおい、次いくぞ」
「???」
「ドヤ顔してるね」
「ああ、ゴルフやっているからかな…」
そう。カズは、「ナイスショット」が出ると、「いいショット出たぜ」と言わんばかりのドヤ顔をして動きが止まってしまう。ゴルフだったらそれでいいのだが、テニスは打って打ち返されての連続スポーツだ。ナイスショットの後、いちいち止まってしまっていては、勝負にならない。「打ったら構えて次の準備」という連続した動きが大事なのだが、どうもその感覚がない。
「ほら、次いくよ!」
と、コーチが声をかけているときにはすでに自分のナイスショットの余韻に浸ってボールやコーチではなく、明後日の方向を向いて「よっしゃ」と言わんばかりのドヤ顔をしている。
「『よっしゃ』じゃないんだよな」
親としては、そう思いながらも、結局その日はずっと「次の準備」という感覚が身に着くことはなく、ナイスショットを打ってはドヤ顔を繰り返していた。
「お疲れ様でした。運動神経も良さそうでしたし、練習すれば上手になりそうですね」
「はい。ありがとうございます」
「いきなりちゃんと当たっていたので、すごいですよ」
「そうですね。ゴルフやっているからでしょうかね」
「あ、ゴルフもしているんですか」
「はい。隣の練習場で私の横でやってます。幼稚園は何人いるんですか?」
「今、幼稚園クラスは全部で5人です。全員そろうことは多くないので、今日くらいの人数のことが多いですね」
「なるほど。カズ、テニスどうだった?」
「たのしかった」
「へえ。じゃあ、テニスやってみる?」
「うん!」
初体験のテニス。それなりに楽しかったようだ。
その後、週に1回程度、テニススクールを訪れた。回数を重ねるごとに、少しずつ上手になっているように見えた。しかし、「打った後のドヤ顔」は相変わらずで、「打ったら構えて次の準備」という感覚はなかなか身についていない。
「なかなか打った後が続かないね」
「ナイスショット1発打ったら満足しちゃうみたいだね」
「そのうちわかるようになるかな」
「いや、どうだろうね…」
最初は「やる」と言っていたテニスだったが、だんだん足が遠のいていった。
「今日テニスだけど、どうする?」「いかん」
「だんだん上手になってきてるじゃん」
「いかん」
「ボール打った時、気持ちよくない?」
「いかん」
「うーん、じゃあ、いかんでいいか」
「うん」
「じゃあ、ゴルフいく?」
「いく」
いつも通り、Tセントラル練習場に来て、自慢のドライバーを振るカズ。飛距離は70ヤードくらいになってきている。飛ばした後のボールを満足そうに見送るカズ。人それぞれ、何に関心を持って、何に爽快さを感じるかは色々だ。ナイスショットの後の「余韻」は、カズにとってはとても大事で、必須のものだったのかもしれない。




