第8話 名前
白い外套。
白い槍。
白い髪。
茨の冠。
王は歩いていた。
還れなかった者達に囲まれながら。
誰かが言う。
「王。」
神代は振り返らない。
「導いてくれ。」
王は歩き続ける。
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そして。
景色が変わる。
見知らぬ街。
見知らぬ空。
見知らぬ人々。
青年が立っていた。
「……ここは?」
覚えている。
名前。悠真。
年齢。それだけだった。
それ以外は、何も思い出せない。
家族。友人。住んでいた場所。
何をしていたのか。何が好きだったのか。
何も分からない。
「俺は……。」
言葉が続かない。
知らない街を歩く。
人の声。車の音。夕焼け。
初めて見るはずなのに、何故か懐かしい。
その時だった。
歌が聞こえた。
悠真が足を止める。
広場。
一人の少女が歌っていた。
綺麗な声だった。
悲しい歌だった。
なのに、不思議と暖かかった。
悠真は立ち尽くす。
知っている気がした。聞いたことがある気がした。大切だった気がした。
しかし思い出せない。
少女は歌い続ける。
悠真はただ、その姿を見つめていた。
少女がふと顔を上げる。
目が合う。ほんの一瞬。
少女は少しだけ微笑んだ。
人混みが横切る。
次の瞬間、そこにはもう、誰もいなかった。
「……誰だったんだ。」
夕焼けの空。
知らない街。知らない世界。
それでも。
物語は始まる。
自分が何者なのか。それを探す旅が、静かに始まった。
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朝。
冷たいベンチ。
悠真が目を覚ます。
知らない公園。
知らない空。
知らない街。
覚えているのは、名前だけ。
悠真。
それ以外は何も分からない。
家族。友人。住んでいた場所。
何をしていたのか。好きだったもの。嫌いだったもの。
何も思い出せない。
「俺って、本当にいたのかな。」
誰に言うでもなく呟く。
腹が鳴る。
財布はない。スマホもない。身分証もない。
帰る場所もない。
歩く。
行く場所もないまま。
昼。
公園の隅。
一人の男が座っていた。
毛布。段ボール。
男が悠真を見る。
「兄ちゃん、初日か?」
悠真は首を傾げる。
「初日?」
男は笑う。
「全部なくした奴の顔だ。」
悠真は少し黙る。
「名前しか覚えてないんです。それ以外は何も。」
男は驚かない。
「そうか。そういう日もある。」
悠真。
「警察って行った方がいいですよね。」
男。
「まぁ普通はな。でも兄ちゃん。記憶がないって証明できるか?」
悠真は黙る。
身分証もない。財布もない。スマホもない。
男。
「腹減ってる時に人生考えても碌な答えは出ねぇ。今日は休め。」
男は自分の食事を少し分ける。
悠真。
「ありがとうございます。」
男。
「礼なら腹いっぱい食えるようになってからでいい。」
夕方。
子供が転ぶ。
悠真は反射的に動く。
だが、母親が先に駆け寄る。
悠真は立ち止まる。
男が笑う。
「助けようとしたろ。」
悠真。
「分かるんですか?なんか身体が勝手に。」
男。
「記憶はなくても性格は残る。多分お前は昔からそういう奴だ。」
悠真。
「そうなんですかね。」
男。
「少なくとも悪人には見えん。悪人はまず自分の飯を探す。他人のことはその後だ。」
夜。
高架下。
悠真が空を見上げる。
「俺は何者なんだろうな。」
男。
「名前はあるんだろ?なら大丈夫だ。人間は名前が残ってりゃ何とかなる。」
悠真は小さく呟く。
「悠真。」
それだけが、今の自分の全てだった。
遠くで電車の音が聞こえる。
街は今日も動いている。
悠真だけを置いて。
それでも、夜は静かに更けていった。
深夜。
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高架下。
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男は眠っている。
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悠真は眠れなかった。
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知らない街。
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知らない明日。
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空を見上げる。
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その時だった。
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何かいる…。
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電柱の上。
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黒い影。
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人の形。
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でも人じゃない。
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動かない。
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ただ、
こちらを見ている。
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悠真は目を擦る。
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消えない。
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男が目を開ける。
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「どうした。」
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悠真。
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「あそこに誰か。」
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男は電柱を見る。
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「誰もいねぇぞ。」
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悠真がもう一度見る。
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そこには何もなかった。
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気のせい。
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そう思うことにした。
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それは突然だった。
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激しい物音。
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缶が転がる。
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段ボールが崩れる。
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男が飛び上がる。
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「誰だ?」
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悠真も起き上がる。
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いた。
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黒い影。
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今度は近い。
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男のすぐ後ろ。
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悠真。
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「危ない!」
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男を突き飛ばす。
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次の瞬間。
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コンクリートに大きな音。
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何かが叩きつけられた。
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だが、
男には何も見えない。
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悠真だけが見る。
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黒い影。
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怪異。
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怪異が振り返る。
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赤く染まった目の様なもの
口は縦に大きく裂けている
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それが大きく奇声をあげる。
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怪異が襲いかかる。
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悠真は吹き飛ばされる。
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頬が切れる。
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腕を擦る。
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痛い。
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怖い。
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それでも立つ。
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男が叫ぶ。
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「兄ちゃん!」
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「何やってる!」
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悠真。
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「逃げて!」
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「見えないのか!?」
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男。
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「何がだ!」
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悠真は振り向く。
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誰もいない。
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いや。
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いる。
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自分には見えている。
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怪異が再び飛びかかる。
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悠真は無我夢中で拳を振るう。
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黒い影は、
霧のように消えた。
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静寂。
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荒い息。
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男は悠真を見る。
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悠真も男を見る。
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頬の傷。
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血。
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男。
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「兄ちゃん。」
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「さっき怪我してなかったか?」
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悠真は頬を触る。
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傷がない。
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血だけが残っている。
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悠真。
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「......。」
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男。
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「俺には分からん。」
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「何が起きたのかも。」
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「お前が何者なのかも。」
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長い沈黙。
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男。
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「でも正直、お前が恐ろしいよ。」
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悠真。
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「......俺も怖いです。」
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悠真は頭を下げる。
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「怖い思いをさせてすいませんでした。」
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「俺にも訳が分からなくて・・・。」
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沈黙。
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悠真。
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「また同じ事が起こるかもしれない。」
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「だから違う場所に行きます。」
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「助けてくれてありがとうございました。」
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男はしばらく黙っていた。
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「......そうか。」
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それだけだった。
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悠真は歩き出す。
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振り返らない。
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夜の街。
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一人。
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悠真。
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「俺は......。」
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「何なんだ。」
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遠く。
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電柱の上。
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また黒い影。
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今度は笑っていた。
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悠真だけを見ながら。




