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GATEKeePer−世界にその価値はあるのか−  作者: 大福


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第5話 手を離さないでね


英雄本部。

部屋の空気は重かった。

誰も口を開かない。

机の上には地図。

赤い印が増え続けていた。


「東部結界消失。」

「西部結界機能停止。」

「北部大規模亀裂発生。」

「南部避難区域壊滅。」


沈黙。

短髪で、眼鏡を掛けた男の淡々とした報告だけが、部屋の冷気として残る。


「神代隊を前線へ送るべきだ。」

「神代なら止められる。」

「時間を稼げる。」


誰かが言う。

天照は首を振った。


「止められない。」


会議室が静まる。

「何だと?」

「神代でも無理だと言うのか。」


天照は答えない。

その時、神代が天照の前に立った。


「天照。」

「知ってるんだろ。」

「何が起きてる。」


天照は沈黙する。

その視線は、世界の中心にある残酷なシステムだけを見つめていた。


「世界が壊れかけてる。」

「それでも話さないのか。」


長い沈黙。

やがて天照は静かに口を開く。


「神代。」

「もし世界を救うために。」

「誰か一人を犠牲にしなければならないとしたら。」


神代は即答する。

「そんなもの救済じゃない。」


天照は目を閉じる。

「だが世界は待ってくれない。」

「時に世界は選ばなければならない。」

「一か。」

「全てか。」


神代は立ち上がる。

大剣の柄に置かれた拳が、静かに震えていた。


「俺は認めない。」

「誰か一人を見捨てて守る世界なんてな。」


天照は何も言わない。

ただ、神代の背に向けて呟いた。


「リディアには、この戦いを終わらせるだけの力がある。」


神代が足を止める。

振り返る。


「……何だと?」


天照の目は、どうしようもなく悲しかった。


「だが、選ぶのは彼女だ。」


---


帰り道。

「珍しく怒ってる。」

リディアだった。


「当然だ。」

「そんな選択間違ってる。」

「誰か一人を犠牲にするくらいなら。」

「俺は世界ごと敵に回す。」


リディアは少し驚く。

「神代らしい。」

「笑うな。」

「褒めてるんだよ。」


風が吹く。

──それはいつか、天秤を叩き割る魔王の残痕へと繋がる風。


「神代ならどうする?」

「何がだ。」

「もし本当にその時が来たら。」


神代は少し考える。

「分からない。」

「でも。」

「俺はお前にそんな選択はさせない。」


リディアは目を丸くする。

そして少し笑った。

「私もだよ。」

「神代にはさせない。」


---


その瞬間、空が割れた。


誰もが空を見上げた。

それは亀裂ではなかった。穴だった。

境界が砕けていた。


裂けた空の向こうから、無数の影──還れなかった者たちが濁流のように落ちてくる。

世界中が悲鳴に染まった。


神代は駆けた。

大剣を狂ったように振るう。

一閃。

十体が消える。

また一閃。

百体が砕ける。


だが、どれだけ大剣を振るおうとも、空から降り注ぐ絶望の質量が圧倒的に勝っていた。

「神代!」

隊員の声に振り返る。

仲間が、影の波に生きたまま肉体を貪られ、存在ごと飲み込まれていく。

「下がれ!」

神代は叫び、血塗れの手を伸ばす。

指先すら届かない。


「結界維持部隊全滅!」

「第五軍応答ありません!」

「第三軍、全滅!」


悲報が容赦なく重なる。

倒しても、倒しても、戦場はただの屠殺場へと変わっていく。

神代の足元が仲間の血で赤く染まる。

疲労。負傷。骨が軋み、肉体が引き裂かれそうなほどの激痛。

守れない。

救えない。

目の前で、共に戦ってきた最後の仲間が、声も残せず形を失って消えた。


神代は初めて、底なしの絶望を理解する。

負ける。

世界が、完全に終わる。


世界が軋む。

空に開いた穴が広がり、最果ての深淵がすべてを飲み込もうと顎を開いた。

天照が叫ぶ。

「まずい!」


リディアが前へ出る。

その華奢な身体から、眩いほどの白い光が溢れ出していた。


神代が腕を掴む。

「何をする気だ。」


リディアは笑う。

「全部救いたいって言ったでしょ?」

「神代。」

「お願いがあるの。」


神代は首を振る。

「やめろ。」

「行くな。」


リディアは神代の手を握る。

温かかった。

「手を離さないでね?」


神代は即答する。

「あたりまえだ。」

「離すわけないだろ。」


リディアは嬉しそうに笑う。

「うん。」

「約束だよ。」


世界が揺れる。

光。衝撃。崩壊。

神代の身体が吹き飛ばされる。

それでも手を離さない。離したくない。


だが。

指先が滑る。

離れる。

──世界のシステムという絶対的な理が、二人の絆を容易く引き裂いていく。


「リディア!!」


届かない。

光の中、リディアは笑っていた。

悲しそうに。優しく。


「神代。」

「全部お願い。」


白い光が世界を覆う。

静寂。


神代が目を開ける。

世界は止まっていた。

還れなかった者たちは消え、空の穴も閉じている。


神代は立ち上がる。

探す。リディアを。

見つからない。


代わりに、そこにあった。

白い光を纏う槍。

──それは、世界を繋ぎ止めるための『人柱』が姿を変えた、残酷な救済の証。


神代は触れる。

温かかった。

まるで、誰かの手を握っているように。


優しく、壊れ物に触れるように。


神代は理解する。

守れなかった。

約束を。手を。

離してしまった。


空を見上げる。

涙は出なかった。


だが。

世界は、救われていた。

何事もなかったかのように、ただ静かに。

その残酷なまでの平穏が、神代の心を永遠に破壊した。


神代の中で何かが終わり、何かが始まった。


作品を読んでくださる皆様 本当にありがとうございます。

閲覧数が増える度に嬉しくて身体が震えます。

GATEKeePerは全部で四部作になっております。

まだまだ本編前ですが今後ともよろしくお願い致します。

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