第4話 崩壊
夜だった。
珍しく静かな夜だった。
戦場に静寂はない。
それでも今日は違った。
静か過ぎた。
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神代隊詰所。
誰も話さない。
誰も笑わない。
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「帰りたい、か。」
隊員の一人が呟く。
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「あれは敵だ。」
「同情するな。」
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「分かってる。」
神代は短く答える。
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だが、
頭から離れない。
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帰りたい。
娘が待っている。
約束した。
誕生日には帰ると。
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それは敵の言葉だった。
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神代は窓の外を見る。
赤い空。
燃える大地。
遠くで響く悲鳴。
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「神代。」
振り返る。
リディアだった。
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「眠れない?」
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「あぁ。」
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「珍しいね。」
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「考え事だ。」
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「難しい顔してる。」
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神代は少し黙る。
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「敵とは何だと思う?」
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リディアは目を瞬く。
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「急だね。」
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「今日の奴だ。」
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「帰りたいって言ってた。」
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「娘が待ってるって。」
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「俺達と何が違う。」
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沈黙。
風が吹く。
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「神代。」
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「私達も帰りたいんだよ。」
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「家に。」
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「待ってる人の所に。」
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「だから戦ってる。」
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「向こうも同じ。」
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「それだけ。」
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神代は目を閉じる。
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「なら。」
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「俺達は何を斬ってる。」
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答えはない。
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遠くで鐘が鳴る。
警報。
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「北部戦線!」
「怪異侵略!」
「神代隊出撃!」
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神代は立ち上がる。
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「行くぞ。」
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隊員達が武器を取る。
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「神代。」
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振り返る。
リディアが立っていた。
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「帰ってきてね。」
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「当たり前だ。」
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「約束だから。」
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神代は少しだけ笑う。
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「あぁ。」
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「約束だ。」
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「私も後から支援に行くから」
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戦場だった。
いつも通りの戦場。
炎。
悲鳴。
剣戟。
血。
神代達は進む。
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その時だった。
瓦礫の奥。
小さな泣き声。
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「子供だ。」
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まだ幼い。
戦争の意味すら分からない年齢。
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「放っておけ!」
隊員が叫ぶ。
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「助ける余裕はない!」
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「神代隊は前へ出る!」
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誰も間違っていない。
誰も悪くない。
それが戦場だった。
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その時。
リディアが駆け出す。
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「リディア!」
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爆発。
崩れる建物。
土煙。
神代が大剣を抜く。
隊員達が援護する。
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やがて煙の中から現れた。
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リディアだった。
子供を抱きかかえていた。
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「大丈夫。」
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「もう大丈夫だから。」
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子供は泣いていた。
震えていた。
それでもリディアの服を掴いていた。
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隊員が怒鳴る。
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「死ぬ気か!」
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「戦争中だぞ!」
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リディアは困ったように笑う。
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「知ってる。」
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「でも。」
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「この子には関係ないよ。」
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「帰りたいだけ。」
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「お母さんの所へ。」
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神代は黙る。
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帰りたい。
娘が待っている。
約束した。
誕生日には帰ると。
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あの日の言葉が蘇る。
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リディアが神代を見る。
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「神代。」
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「私はね。」
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「全部救いたい。」
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神代は首を振る。
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「無理だ。」
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「そんなこと出来る奴はいない。」
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リディアは笑う。
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「うん。」
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「知ってる。」
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「それでも。」
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「救いたい。」
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風が吹く。
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神代は何も言わない。
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ただ。
その言葉だけが残った。
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全部救いたい。
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そんな馬鹿みたいな願い。
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だけど。
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もし誰かが出来るなら。
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それはきっと。
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リディアみたいな人間なんだろう。
神代はリディアに狂気じみた物を感じていた。
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戦況は悪化していた。
神代隊が向かう先々で戦線は崩壊していた。
倒しても終わらない。
守っても守りきれない。
還れなかった者たちは増え続けていた。
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「多すぎる。」
隊員の一人が呟く。
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「昨日の三倍だ。」
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「何が起きてる。」
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神代は空を見る。
何かがおかしい。
戦争が激しくなっているのではない。
世界そのものが悲鳴を上げている。
そんな感覚だった。
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帰還後。
神代隊へ待機命令が下る。
珍しいことだった。
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英雄本部。
そこには天照の姿があった。
地図の上には無数の印。
全て境界異常発生地点。
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「東部結界消失。」
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「西部結界機能低下。」
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「北部にて大規模亀裂発生。」
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会議室に沈黙が落ちる。
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「原因は何だ。」
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「敵の総攻撃か?」
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「境界の向こう側か?」
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誰も答えられない。
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天照だけが黙っていた。
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神代が口を開く。
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「天照。」
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「知ってるんだろ。」
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天照は答えない。
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長い沈黙。
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そして静かに言う。
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「まだだ。」
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「まだ話す時ではない。」
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神代は眉を寄せる。
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「世界が壊れかけてる。」
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「それでもか。」
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天照は窓の外を見る。
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「だからこそだ。」
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その表情を神代は初めて見る。
英雄の長ではない。
何かを恐れている男の顔だった。
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夜。
神代とリディア。
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「神代。」
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「ん?」
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「嫌な予感がする。」
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神代は笑う。
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「俺もだ。」
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リディアは空を見上げる。
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星が見えない。
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代わりに、
空には細い亀裂が走っていた。
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まるで。
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世界そのものが割れ始めているように。




