表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GATEKeePer−世界にその価値はあるのか−  作者: 大福


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/29

第26話 死を超えて


 エレナの腕の中で。


 悠真は静かに横たわっていた。


 胸には上位種の腕が貫いた大きな穴。


 服は裂け、溢れ出した血が大地を赤く染めている。


「悠真……。」


 エレナは震える手で悠真の頬へ触れた。


 温もりが消えていく。


 呼吸はない。


 鼓動も感じられない。


「嘘……。」


 視界が滲む。


「起きてよ。」


 返事はない。


「お願いだから……。」


 昼間まで笑っていた。


 自分を励ましてくれた。


 怪異の群れの中でも、何度も名前を呼んでくれた。


 その悠真が。


 今は動かない。


「私のせいだ……。」


 涙が頬を伝う。


「私が言うことを聞かなかったから。」


「私が前へ出たから。」


「私が……。」


 言葉にならない。


 ただ悠真を抱き締めることしかできなかった。


 その間にも怪異達は唸り声を上げながら迫ってくる。


 上位種を失ってもなお、本能だけで三人を喰らおうとしていた。


 ヒュプノスは二人の前へ立つ。


 両手の銃を静かに構えた。


「エレナ。」


「悠真さんを頼みます。」


 その声に感情はない。


 いや。


 感情を押し殺していた。


 一体目が飛び掛かる。


 銃声。


 怪異の額が砕ける。


 続けて二体。


 三体。


 銃声が森へ響くたび、怪異が倒れていく。


 しかし数が多い。


 左右。


 後方。


 木の上。


 四方八方から押し寄せてくる。


 ヒュプノスは一歩も退かなかった。


 怪異の腕を最小限の動きで躱し。


 銃口を顎へ押し当てる。


 引き金を引く。


 血飛沫。


 振り返ることなく別の怪異へ照準を移す。


 撃つ。


 躱す。


 撃つ。


 その動きには一切の無駄がなかった。


 怪異達は近付くことすら許されない。


 それでも。


 ヒュプノスの意識は半分以上、悠真へ向けられていた。


(頼みます……。)


(目を覚ましてください。)


 その時だった。


 エレナが息を呑む。


「……え?」


 悠真の胸。


 裂けた肉が。


 僅かに動いた。


 最初は見間違いだと思った。


 だが違う。


 肉が蠢き。


 砕けた骨が元の位置へ戻っていく。


 裂けた血管が繋がり。


 失われた心臓が、ゆっくりと形を取り戻していく。


 傷口が見る見る塞がっていく。


「悠真……?」


 エレナは涙も忘れて見つめた。


 やがて。


 完全に閉じた胸が。


 大きく上下した。


「――っ!」


 悠真が勢いよく息を吸う。


 閉じていた瞼がゆっくりと開く。


「……エレナ?」


 掠れた声だった。


 エレナは言葉にならない。


 次の瞬間。


 悠真へ抱き付いた。


「よかった……。」


「本当によかった……。」


 悠真は何が起きたのか理解できないまま、ゆっくり身体を起こす。


 胸へ手を当てた。


「……あれ?」


 服は裂けている。


 血も大量に付いている。


 だが。


 身体には傷一つ残っていない。


「完全に……治ってる。」


 悠真は立ち上がり、肩を回す。


 胸を叩く。


 痛みはない。


 息苦しさもない。


 むしろ。


 戦う前より身体が軽く感じた。


「俺も。」


 苦笑する。


「化け物じみてきたな。」


 バシッ。


 エレナが胸を叩いた。


「痛っ。」


「笑わないで!」


 もう一度叩く。


「死んだと思ったんだから!」


「心臓を貫かれて!」


「息もしなくて!」


「それなのに!」


 声が震える。


 拳から力が抜ける。


「本当に……。」


「死んだと思った……。」


 悠真は何も言えなかった。


 ただ。


 泣き続けるエレナの頭へ、そっと手を置く。


「ごめん。」


「でも。」


「エレナが無事でよかった。」


 エレナは首を横へ振る。


「よくない。」


「悠真が死んだら。」


「何もよくない。」


 悠真は小さく笑う。


「でも、生き返った。」


「結果論!」


 エレナは睨む。


「もう二度とあんなことしないで。」


 その時。


 最後の銃声が森へ響いた。


 残っていた怪異がゆっくり倒れる。


 静寂。


 ヒュプノスが二人の前まで歩いてきた。


 悠真を見る。


 胸を見る。


 裂けた服を静かに開いた。


 傷跡はない。


 皮膚は元通り。


 鼓動も正常。


 ヒュプノスは胸へ耳を当てる。


 規則正しい鼓動。


 生命力に満ちた音だった。


「……驚きました。」


 ヒュプノスは静かに息を吐く。


「完全再生。」


「いえ。」


「それ以上です。」


「心臓を失った状態から生命活動そのものを再開した。」


「英雄の血は。」


「完全に覚醒しました。」


 悠真は胸を見る。


「これが……。」


「俺の力。」


「はい。」


 ヒュプノスは頷く。


「もう疑いようはありません。」


「ですが。」


 その表情が一変する。


「二人とも。」


「そこへ並びなさい。」


 悠真とエレナは顔を見合わせる。


「……はい。」


 素直に並ぶ。


 ヒュプノスはまずエレナを見る。


「何度、戻りなさいと言いましたか。」


 エレナは俯く。


「……三回。」


「その通りです。」


「貴方は先読みが通用する相手だけを見ていました。」


「能力が優れていることと。」


「無敵であることは違います。」


「……はい。」


「結果。」


「悠真さんは命を落としました。」


 エレナは唇を噛む。


「本当に、ごめん。」


 ヒュプノスは静かに頷く。


「謝罪だけで済む問題ではありません。」


「ですが。」


「今回の失敗を忘れなければ。」


「次は同じ過ちは繰り返さないでしょう。」


 今度は悠真を見る。


「そして。」


「悠真さん。」


「貴方もです。」


 悠真は苦笑する。


「やっぱり怒られますよね。」


 ヒュプノスは真っ直ぐ悠真を見つめた。


「当然です。」


「貴方は最初から。」


「御自身が攻撃を受けることを選びました。」


「大蛇さんが。」


「別れ際に何と言ったか覚えていますか。」


 悠真は目を伏せる。


 ――ご自身の命も、守るべき命の一つだということを忘れないでください。


 その言葉が胸に蘇った。


 悠真は静かに目を伏せた。


「……覚えてます。」


 ヒュプノスは小さく頷く。


「貴方は優しい。」


「ですが、その優しさは時として、御自身の命を軽く扱わせます。」


「今回、生きていたのは結果論です。」


「次も同じとは限りません。」


 悠真は黙って聞いていた。


「貴方が命を落とせば。」


「残された者は、その死を一生背負うことになります。」


 ヒュプノスはエレナへ視線を向ける。


 エレナは、まだ目を赤く腫らしたまま俯いていた。


「御自身の命を軽んじるということは。」


「大切な者へ、その重荷を背負わせるということです。」


 悠真はゆっくりとエレナを見る。


 血塗れになりながら、自分を抱き締めて泣いていた姿が蘇る。


「……はい。」


 悠真は深く頷いた。


「もう、自分の命を簡単には捨てません。」


「助ける方法を、最後まで探します。」


 ヒュプノスは僅かに表情を和らげた。


「その言葉を忘れないでください。」


 短い沈黙が流れる。


 やがてヒュプノスは、小さく息を吐いた。


「ですが。」


「お二人とも、生きていて本当によかった。」


 その一言に。


 エレナは堪えていた涙を、もう一度流した。


 悠真は照れくさそうに頭を掻く。


「ありがとうございます。」


 ヒュプノスは周囲を見渡した。


「今日はここまでにしましょう。」


「これ以上進むのは危険です。」


 三人は近くの高台へ移動し、野営の準備を始めた。


 夕焼けはいつの間にか消え、森は夜に包まれていた。


 焚き火の炎だけが、静かに揺れている。


 簡単な食事を済ませると、三人はそれぞれ腰を下ろした。


 戦いの疲れもあり、誰も多くを語らない。


 静かな夜だった。


 しばらくして。


 エレナが立ち上がる。


「少し歩いてくる。」


 ヒュプノスは薪を火へくべながら答えた。


「遠くへ行ってはいけませんよ。」


 エレナは悠真を見る。


「……一緒に来て。」


「うん。」


 二人は焚き火を離れた。


 夜風が、心地よく頬を撫でる。


 昼間の戦いが嘘のように、森は静まり返っていた。


 しばらく並んで歩く。


 どちらも何も話さない。


 やがて、エレナが足を止めた。


「悠真。」


「ん?」


「胸、見せて。」


 悠真は少し戸惑いながら、裂けた服を開く。


 昼間、心臓を貫かれた場所。


 そこには、傷一つ残っていなかった。


 エレナはそっと指先を当てる。


 温かい。


 掌に鼓動が伝わってくる。


「ちゃんと、生きてる。」


 悠真は小さく笑った。


「うん。」


「生きてる。」


 エレナは胸へ手を当てたまま俯く。


「未来が視えるようになって。」


「嬉しかった。」


「やっと悠真を守れるって思った。」


「でも。」


「結局、また守られた。」


「それどころか。」


「悠真を死なせた。」


 悠真は首を横へ振る。


「死んでない。」


「そういう問題じゃない。」


 エレナの声が震えた。


「怖かった。」


「自分が死ぬ未来より。」


「悠真が動かなくなったことの方が、ずっと怖かった。」


 悠真は返す言葉を探す。


 だが、見つからない。


「もう。」


「私のために死なないで。」


 悠真は静かに息を吐いた。


「約束はできない。」


 エレナが顔を上げる。


「でも。」


「今日みたいに、自分が死ねばいいと最初から決めるようなことはしない。」


「一緒に助かる方法を探す。」


「最後まで。」


「絶対に。」


 エレナは小さく笑った。


「ヒュプノスさんに怒られたから?」


 悠真も笑う。


「それもある。」


「でも。」


「エレナがあんなに泣くとは思わなかった。」


 エレナは少し頬を膨らませる。


「当たり前でしょ。」


「好きな人が、目の前で死んだんだから。」


 悠真の表情が止まった。


「え……?」


 エレナは自分が口にした言葉に気付き、慌てて視線を逸らす。


「……今の、忘れて。」


「いや。」


「忘れられない。」


 沈黙。


 二人とも、次の言葉を見つけられない。


 夜風が、二人の間を静かに通り抜けた。


 やがて。


 エレナは意を決したように、一歩近付く。


「少しだけ。」


「動かないで。」


 悠真は黙って頷いた。


 エレナは背伸びをする。


 そっと。


 二人の唇が重なった。


 ほんの一瞬。


 触れるだけの口付け。


 離れると、エレナは真っ赤な顔で俯いた。


「……生きててくれた、お礼。」


 悠真は唇へ手を当てたまま動けない。


「お礼って……。」


「それ以上は。」


「今は聞かないで。」


 そう言って、エレナは先に歩き出した。


 悠真は慌てて後を追う。


 二人は僅かな距離を空けながら、並んで野営地へ戻っていった。


 少し離れた場所で周囲を警戒していたヒュプノスは、戻ってくる二人へ目を向ける。


 二人の表情を見て。


 何も聞かず、小さく微笑んだ。


「若いというのは。」


「眩しいものですね。」


 誰にも届かない、小さな独り言だった。


 深夜。


 悠真とエレナが眠りについた後。


 ヒュプノスは焚き火の前で、小型通信器を取り出した。


 小さな雑音が鳴る。


 やがて、通信の向こうから声が返った。


『こちら、天照隊。』


「ヒュプノスです。」


「悠真さんについて報告します。」


『状況は。』


「上位種の攻撃により、一度心臓を完全に貫かれました。」


 通信の向こうが静まり返る。


「しかし。」


「損傷した肉体は完全に再生。」


「停止していた生命活動も正常に回復しました。」


「私が直接確認しています。」


『……覚醒か。』


「はい。」


 ヒュプノスは眠る悠真を見る。


「英雄の血は完全に目覚めました。」


「悠真さんの覚醒は、本物です。」


 短い沈黙。


『了解した。』


『天照様へ報告する。』


 通信が切れる。


 ヒュプノスはゆっくりと通信器をしまった。


 焚き火の向こうでは。


 悠真とエレナが穏やかな寝息を立てている。


 その寝顔を見つめながら、ヒュプノスは小さく呟いた。


「どうか。」


「もう少しだけ。」


「平穏な時間がありますように。」


 その頃――。


 遥か最前線。


 無数の怪異が、大地を埋め尽くしていた。


 地平の果てまで続く、異形の群れ。


 唸り声が重なり。


 大地が低く震えている。


 その中心で。


 一人の女が静かに立っていた。


 白い髪が、妖力の風に揺れる。


 大蛇が一歩、前へ出た。


 その背後で。


 八つの巨大な影が、ゆっくりと鎌首をもたげる。


 空気が軋む。


 莫大な妖力が解き放たれ、大地に亀裂が走った。


 押し寄せていた怪異達が。


 初めて、足を止める。


 大蛇は静かに微笑んだ。


「さて。」


「ここから先は。」


「一体たりとも、通しません。」


 八つの頭が、一斉に咆哮を上げる。


 夜空が震えた。


 そして。


 大蛇は、怪異の大群へ向かって歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ