表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GATEKeePer−世界にその価値はあるのか−  作者: 大福


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/31

第24話 託す


 神代と還れなかった者達が消えた後。


 村には、しばらく重い沈黙が残っていた。


 復興部隊の者達も、すぐには作業へ戻れなかった。


 先ほどまで確かにそこにいた黒い影達。


 何千年もの時を背負い、白い槍を携えて現れた男。


 そして。


 神代が残した問い。


 ――世界か。


 ――個か。


 誰も、その意味を完全には理解できていない。


 それでも。


 悠真の胸には、言葉だけが深く沈んでいた。


「世界の行く末。」


「きっかけとなる者……。」


 悠真は小さく呟く。


 神代は確かに、自分を見てそう言った。


 何故、自分なのか。


 何のきっかけになるというのか。


 分からない。


 だが、ヒュプノスも大蛇も否定しなかった。


 それが何よりも不安だった。


 隣では、エレナも黙ったまま立っている。


 神代は彼女を見て言った。


 クロノス。


 エレナが隠していた、本当の名。


 何故、初めて会った神代が知っていたのか。


 エレナ自身にも分かっていないようだった。


「悠真さん。」


 大蛇の声に、悠真は顔を上げた。


 大蛇はいつもの穏やかな表情を浮かべていた。


 だが、その微笑みはどこか寂しげだった。


「そろそろ、私達も出発しましょう。」


 ヒュプノスが周囲を見渡す。


「神代さんの出現によって時間を取られました。」


「怪異の動きも気になります。」


「早めに村を離れた方がよいでしょう。」


 復興部隊の者達も、ようやく動き始める。


 倒れた道具を拾い。


 乱れた荷を整え。


 止まっていた作業を再開していく。


 しかし。


 先ほどまであった穏やかな空気は、もう消えていた。


 大蛇は村の外へ続く道を見つめた。


 道は途中で二つに分かれている。


 一方は最前線へ。


 もう一方は最後の門へ。


 進む先は、最初から決まっていた。


 大蛇は最前線へ。


 ヒュプノスは悠真とエレナを連れ、最後の門へ。


 昨日までなら。


 ただ、それぞれの役目へ向かうだけだった。


 だが。


 神代の言葉を聞いた後では。


 その別れが、別の意味を持っているように感じられた。


「大蛇さんは、本当に一人で大丈夫なんですか?」


 悠真が尋ねる。


 大蛇は小さく笑った。


「一人ではありません。」


「最前線には、多くの戦士達がいます。」


「それに。」


 大蛇は自分の胸元へ手を添える。


「私は八岐の大蛇ですよ。」


「少しくらいは、頼りにしていただかないと困ります。」


 冗談めいた口調だった。


 だが、悠真は笑えなかった。


 昨日。


 大蛇が解き放った妖力。


 その力が上位種を引き寄せる。


 だからこそ、大蛇は最前線へ向かわなければならない。


 悠真達から怪異を遠ざけるために。


 自らが囮になるようなものだった。


「でも……。」


 悠真が言葉を続けようとする。


 大蛇は静かに首を横へ振った。


「これは私の役目です。」


「悠真さんには、悠真さんの役目があります。」


 その言葉に、悠真の胸が僅かに痛んだ。


 役目。


 神代も似たような目で自分を見ていた。


 世界の行く末を決める者。


 きっかけとなる者。


 皆が、自分の知らない何かを知っている。


「役目って……何なんですか?」


 思わず口から出ていた。


 大蛇の表情が止まる。


 ヒュプノスも何も言わない。


「神代さんは、俺を見ていました。」


「大蛇さんも、ヒュプノスさんも。」


「俺に何かをさせようとしている。」


「違いますか?」


 大蛇は答えなかった。


 その沈黙が、悠真の問いを肯定しているように思えた。


 エレナが悠真の袖を掴む。


「悠真。」


「今は……。」


「でも。」


 悠真は拳を握る。


「俺だけ何も知らないままなのは、怖いです。」


「皆が俺を守ろうとしているのか。」


「それとも。」


「何かのために連れていこうとしているのか。」


「それさえ分からない。」


 責めるつもりはなかった。


 それでも。


 声には僅かに感情が滲んだ。


 大蛇はしばらく悠真を見つめていた。


 やがて。


 静かに目を伏せる。


「申し訳ありません。」


 悠真は息を呑む。


「大蛇さん……。」


「ですが。」


「今の私には、全てをお話しすることができません。」


「話せば。」


「悠真さんは、自分の意思ではなく。」


「私達の期待する答えを選んでしまうかもしれない。」


 大蛇は顔を上げる。


「それだけは。」


「避けなければなりません。」


 神代の問いが、再び悠真の胸へ蘇る。


 世界か。


 個か。


「選ぶのは……俺なんですか?」


 大蛇は答えない。


 ただ。


 その瞳に、深い悲しみが宿った。


「大蛇さん。」


 ヒュプノスが静かに声を掛ける。


「そろそろ。」


「ええ。」


 大蛇は小さく頷いた。


 そして。


 悠真の前へ歩み寄る。


 両手を伸ばし。


 悠真の肩へ触れた。


「悠真さん。」


「貴方は、とても優しい方です。」


「誰かが傷つけば。」


「自分の痛みよりも先に、その人のことを考える。」


「ですが。」


 大蛇の指先に、僅かに力が入る。


「優しさは。」


「時に、ご自身の命を軽く扱わせます。」


 悠真は何も言えなかった。


「どうか。」


「ご自身の命も。」


「守るべき命の一つだということを忘れないでください。」


 その言葉は。


 忠告というより。


 願いに聞こえた。


 大蛇は悠真から手を離す。


 次にエレナへ向き直る。


「エレナさん。」


「はい。」


「修行でお伝えしたことを覚えていますか?」


「恐怖を消そうとしない。」


「恐怖を受け入れたまま、一歩前へ進む。」


 エレナは迷わず答えた。


 大蛇は微笑む。


「その通りです。」


「貴方の力は、これから更に強くなるでしょう。」


「ですが。」


「視えることと。」


「変えられることは、同じではありません。」


 エレナの表情が僅かに曇る。


「視えても……変えられないことがある?」


「ええ。」


「未来は。」


「視えたからといって、必ず避けられるものではありません。」


「それでも。」


「選ぶことはできます。」


 大蛇はエレナの手を取る。


「どうか。」


「目に映ったものだけを信じないでください。」


「貴方の隣にいる者達を。」


「信じてください。」


 エレナは大蛇の言葉の意味を完全には理解できなかった。


 それでも。


 静かに頷く。


「はい。」


 大蛇は二人を交互に見つめた。


 何かを言おうとして。


 言葉を止める。


 ほんの僅かに。


 唇が震えた。


 悠真は初めて。


 大蛇が別れを惜しんでいるのだと気付いた。


「また……会えますよね?」


 悠真が尋ねる。


 大蛇の瞳が僅かに揺れる。


「もちろんです。」


 すぐに答えた。


 だが。


 その笑顔は、どこか無理をしているように見えた。


「全てが終わりましたら。」


「また皆で、ゆっくりお話をしましょう。」


「約束ですよ。」


「はい。」


 悠真は頷く。


 エレナも笑顔を作った。


「大蛇さんも、無茶しないでくださいね。」


「それは。」


「お互い様ですね。」


 大蛇は微笑む。


 そして。


 ヒュプノスへ視線を向けた。


「二人を。」


「お願いいたします。」


 ヒュプノスの表情から笑みが消える。


 静かに。


 深く頷いた。


「必ず。」


 短い言葉だった。


 だが。


 そこには、長い年月を共に生きてきた者にしか分からない重さがあった。


 大蛇は最後にもう一度。


 悠真とエレナを見つめた。


 その視線は。


 二人の姿を記憶へ刻みつけるようだった。


「それでは。」


「行ってまいります。」


 大蛇は背を向ける。


 最前線へ続く道へ向かって歩き始めた。


 悠真は、その背中を見つめる。


 呼び止めたい。


 もう少しだけ一緒にいてほしい。


 そんな気持ちが胸に湧く。


 だが。


 口には出せなかった。


「大蛇さん!」


 代わりに。


 エレナが声を上げた。


 大蛇の足が止まる。


「絶対に。」


「また会いましょう!」


 大蛇は振り返らない。


 ただ。


 右手を静かに上げた。


 そして。


 再び歩き出す。


 その背中が。


 森の向こうへ消えるまで。


 悠真も。


 エレナも。


 動くことができなかった。


 やがて。


 ヒュプノスが静かに口を開く。


「参りましょう。」


「私達にも。」


「果たさなければならない役目があります。」


 三人は、最後の門へ続く道を進み始めた。


 村を離れるにつれ。


 周囲の景色は少しずつ変わっていく。


 修復された家々。


 炊き出しの煙。


 人々の声。


 それらが遠ざかる。


 代わりに。


 深い森と。


 荒れた大地と。


 遠くから響く咆哮が、三人を包み始める。


 ヒュプノスは先頭を歩きながら、周囲へ視線を走らせる。


「大蛇ほどの妖力が最前線へ向かえば。」


「上位種の多くは、そちらへ引き寄せられるはずです。」


「ですが。」


「全てではありません。」


 悠真が剣の柄へ手を掛ける。


「この先にもいるんですね。」


「ええ。」


「しかも。」


「ここから先は、怪異の勢力圏です。」


「村の周辺とは違います。」


 エレナは大蛇から貰った言葉を思い返す。


 視えることと。


 変えられることは、同じではない。


「大丈夫です。」


 エレナは小さく呟く。


「今度は。」


「ちゃんと、周りも見ます。」


 ヒュプノスは振り返り、穏やかに笑った。


「ええ。」


「期待しています。」


 三人は更に森の奥へ進む。


 どれほど歩いただろう。


 空を覆う木々が途切れ。


 視界が開けた。


 そこは。


 戦場の跡だった。


 折れた武器。


 抉れた大地。


 黒く焼けた木々。


 だが。


 人の姿はない。


 怪異の死骸すらなかった。


 悠真は周囲を見渡す。


「静かですね。」


 ヒュプノスの足が止まる。


「いいえ。」


 腰の銃へ手を掛ける。


「これは。」


「静かなのではありません。」


 次の瞬間。


 地面が震えた。


 森の奥。


 岩陰。


 崩れた大地の裂け目。


 至る所から。


 無数の影が姿を現す。


 一体。


 二体。


 十体。


 百体。


 数える意味などなかった。


 怪異の大群が。


 三人を取り囲んでいた。


 エレナは静かに剣を抜く。


 胸の奥で。


 大蛇の言葉を繰り返す。


 恐怖を消さない。


 恐怖を受け入れたまま。


 一歩前へ。


 怪異達が一斉に咆哮する。


 その声が。


 森全体を震わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ