第14話 覚醒
山を越えた先。
そこに、探していた封印はあった。
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巨大な岩壁。
その中央にびっしりと刻まれた、無数の神聖な紋様。
空間そのものを力尽くで縫い止めているような、巨大な結界だった。
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悠真
「これが・・・封印。」
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エレナ
「凄い・・・。」
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しかし。
並んで見上げる大蛇の表情が、にわかに曇った。
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大蛇
「・・・おかしい。」
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悠真
「どうしたんだ?」
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大蛇は吸い寄せられるように歩み寄り、封印の表面へとそっと手を触れる。
そして、その瞳を驚愕に見開いた。
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大蛇
「ひび・・・?」
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頑強なはずの封印の表面に、無数の亀裂が走っていた。
まるで、限界を迎えたガラスの器のように。
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エレナ
「これって・・・。」
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大蛇
「ありえません。封印は自然に壊れるものじゃない。外から、壊されるものです。」
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大気が一瞬で張り詰める。
大蛇は鋭い目で周囲の鬱蒼とした森を見回した。
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大蛇
「原因を探ります。二人はここで、封印の維持を。」
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悠真
「俺達だけで出来るのか?」
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大蛇
「触れているだけで構いません。封印は、人の想いへ反応します。お願いします。」
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そう言い残し、大蛇は音もなく森の暗がりへと消えた。
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耳が痛くなるほどの静寂。
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エレナ
「・・・緊張するね。」
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悠真
「俺は何も分かってないんだけどね。」
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パーカーのフードの奥で、エレナが少しだけ、緊張をほぐすように笑う。
「私も。」
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二人は、恐る恐る冷たい封印の岩壁へと手を触れた。
暖かい。
伝わってくるのは、まるで誰かの確かな鼓動のようだった。
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その瞬間。
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空間が不自然に歪む。
大気がぴたりと止まり、世界の音がすべて消え去った。
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悠真
「・・・なんだ?」
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目の前の空間が、生き物のように歪み、裂けた。
そこから、這い出てくる。
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上位種。
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三メートルを超える異形の巨体。
生命の通わない灰色の皮膚。全体の輪郭は、不気味なほどに人の形を模している。
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だが、人ではない。
顔の中央で不規則に明滅する、冷酷な瞳。
それを見ただけで、魂が理解した。
死ぬ、と。
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悠真は、自らの呼吸を忘れて立ち尽くす。
身体が指先一つ動かない。
隣のエレナも全く同じだった。
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浴びせかけられるのは、濃密な殺意の津波。
存在そのものが、逃れられぬ恐怖の塊だった。
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上位種の明滅する視線が、ゆっくりと動く。
そして、止まった。
エレナのところで。
衣服が擦れる音すらなく、上位種の長い腕が静かに振り上げられる。
エレナは、恐怖のあまり完全に金縛りになっていた。
逃げろ、と。
脳髄が必死に叫ぶ。だが、肉体が言うことを聞かない。
次の瞬間。
誰よりも、エレナの思考よりも速く、悠真が地面を蹴って飛び出していた。
不器用なほど真っ直ぐに、エレナの身体の前へと滑り込む。
そして。
黒い硬質な爪が、容赦なく振り下ろされた。
鮮烈な血飛沫。
エレナの白い頬へ、赤い雫が激しく飛び散る。
悠真の右腕が、凄惨な軌跡を描いて宙を舞った。
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エレナ
「・・・え?」
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悠真が、声もなく地面へと崩れ落ちる。
上位種が、獲物を仕留めるために再びその巨体を動かそうとした。
その瞬間。
衝撃的な轟音。
空間そのものを叩き潰すような、圧倒的な圧力が山を鳴らした。
世界が、激しく軋む。
大蛇だった。
最古の母は、森の境界に立ち、冷徹な目で上位種を見た。
血を流して倒れた悠真を見る。
草むらに転がった、失われた彼の右腕を見る。
大蛇の顔から、すべての表情が完全に消え失せた。
「・・・。」
上位種が、その圧倒的な重圧に抗うようにして身構える。
大蛇は武器すら抜かない。ただ、静かに一歩。
それだけだった。
次の瞬間、目に見えぬ暴力的な質量が上空から叩きつけられ、上位種の巨体が地面へとしがみつくように叩きつけられた。
凄惨なまでに骨が砕ける音。
彼らの足元の頑強な地面が、蜘蛛の巣のように爆ぜて割れる。
大蛇の漆黒の瞳が、神聖なまでの怒りで赤く染まった。
「あなたは・・・私の子供に、何をしたんですか?」
空間が、引き裂かれるような悲鳴を上げる。
数秒の蹂調の後、そこには塵一つ、何も残っていなかった。
都市を滅ぼす怪異が、存在ごと消滅していた。
大蛇は、倒れた悠真のもとへ駆け寄り、その身体を優しく抱き上げる。
その横で、エレナは自分の無力さに涙を流していた。
「ごめん・・・。ごめんなさい・・・。私のせいで、悠真が・・・。」
大蛇は何も答えない。
ただ、その時だった。
どく、と悠真の断面の肉が、生き物のように不気味に蠢いた。
骨が音を立てて伸び、神経が瞬時に繋がり直していく。
失われたはずの右腕が、眩いほどの速度で再生していく。
文字通り、一瞬で元通りに繋がる。戻る。
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エレナ
「・・・え?」
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悠真
「・・・は?」
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悠真自身が、自分の右腕を握りしめて唖然としていた。
だが、隣にいる大蛇だけが、その奇跡の光を前にして、言葉を失っていた。
嬉しくない訳じゃない。
我が子の無事に、安心していない訳じゃない。
だが。
それ以上に、最古の母は知っていた。
この異常な力が、この世界において何を意味するのかを。
大蛇は静かに、悲痛な面持ちで目を伏せる。
「・・・始まってしまいましたね。」
冷たい風が、二人の頭上を吹き抜けていく。
遠く、空の向こう。
割れた雲の隙間から、誰かがこの地獄の始まりを、冷徹に見つめているような気配だけがあった。
手違いで更新が明け方になってしまいました。
お待ちしていた皆様には大変失礼しました。
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