第11話 肉体の記憶
封印を後にした三人。
木々のざわめきだけが低く響く、静かな山道を歩いていた。
悠真
「そういえば、英雄って、みんな武器を使うのか?」
エレナ
「大体は。能力だけで戦う人もいるけど。」
悠真
「エレナは短剣だよな。」
エレナ
「取り回しがいいから。」
黒いパーカーの袖を少し引き上げ、少女は歩調を緩めずに答える。
悠真
「俺も何か使えたりするのかな。」
大蛇
「私はそうは思いませんが。」
悠真
「え?」
大蛇
「いえ。独り言です。」
黒髪を夜風が静かに揺らす。
大蛇は穏やかに微笑んだ。
その笑みの奥にあるものは、まだ誰にも見えない。
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ガサッ。
森の奥。
密度の狂った影が音を立てた。
鳥の羽音が消える。
空気が凍りつく。
茂みから現れたのは、人の形をした怪異だった。
異様に長い腕。
不自然に折れ曲がった関節。
顔の輪郭だけがある。
だが、
目も鼻も口もない。
何もない暗闇だけが、確かにこちらを見ていた。
悠真
「っ……!」
思わず足が止まる。
エレナは静かに短剣へ手を伸ばす。
しかし、
大蛇がその肩へそっと手を置いた。
大蛇
「少し待ってください。」
エレナ
「……何ですか?」
大蛇は悠真を見る。
大蛇
「悠真さん。
戦ってみませんか?」
悠真
「は?
無理ですよ。
俺、戦い方なんて知りません。」
大蛇
「本当に?」
悠真
「本当にです。」
エレナは腰の予備の短剣を抜き、悠真へ差し出す。
エレナ
「使って。」
悠真
「だから無理だって。」
エレナ
「危なくなったら助ける。」
悠真
「全然安心できないんだけど。」
その瞬間。
怪異が地面を蹴った。
音すら置き去りにする速度。
死が一直線に迫る。
悠真
「っ!!」
振り下ろされる異形の腕。
その瞬間だった。
身体が動いた。
考えるより速く。
半歩。
勝手に足が前へ出る。
「え?」
怪異の懐へ、自分から飛び込んでいた。
振り抜かれた腕が背後を空しく通り過ぎる。
左肩が怪異の体幹へ激突する。
衝撃。
体勢が崩れる。
「ちょっ……!」
右手が勝手に短剣を逆手へ持ち替える。
一歩。
二歩。
身体が勝手に動く。
気付けば怪異の背後に立っていた。
右腕が振り抜かれる。
夕闇を裂く一閃。
怪異の動きが止まる。
数秒後。
首が静かに落ちた。
怪異の身体は黒い霧となり、風の中へ溶けていく。
静寂。
悠真は短剣を見つめる。
悠真
「……なんだ、今の。」
「俺が……やったのか?」
呼吸は乱れている。
心臓は激しく鳴っている。
怖かった。
そのはずだった。
なのに。
手だけは震えていない。
悠真
「……。」
エレナも、その手を見ていた。
エレナ
「違う。」
悠真
「え?」
エレナ
「今のは偶然じゃない。」
「訓練された動き。」
「何度も身体に刻み込まれた人の動き。」
悠真
「でも覚えてない。」
エレナ
「頭は忘れても。」
悠真の手を見る。
「身体は忘れてない。」
大蛇が静かに頷く。
大蛇
「記憶と経験は別です。」
「身体だけが覚えていることもあります。」
悠真
「そんなことあるんですか。」
エレナ
「それに。」
「短剣使いじゃない。」
悠真
「え?」
エレナ
「短剣なら距離を取る。」
「でも悠真は、自分から懐へ入った。」
大蛇
「日本刀ですね。」
悠真
「日本刀?」
大蛇
「刀を扱う者は、避けるより前へ出ます。」
「先ほどの足運びは、その剣士のものでした。」
悠真
「そんなことまで分かるんですか?」
大蛇は静かに笑う。
「長く生きていますから。」
エレナ
「便利な言葉。」
大蛇
「気に入っているんですよ。」
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三人は再び歩き始める。
木々の隙間から赤い夕日が差し込んでいた。
悠真は短剣を見つめる。
悠真
「これ、返すよ。」
エレナ
「持ってて。」
悠真
「借り物だし。」
エレナ
「今のあなたは丸腰。」
「生き残る確率が下がる。」
悠真
「……。」
エレナ
「予備だから。」
少しだけ間が空く。
「……似合ってた。」
悠真
「え?」
エレナ
「なんでもない。」
悠真は柄を握る。
初めて触れたはずなのに。
まるで昔から握っていたように手へ馴染む。
悠真
「変だな。」
「初めて持った気がしない。」
エレナ
「私には初めてには見えなかった。」
風が吹く。
三人の影が静かに伸びる。
エレナ
「私は次の封印へ行く。」
「補強が仕事だから。」
大蛇
「私も次の封印へ向かいます。」
「少し嫌な予感がありますので。」
悠真
「嫌な予感?」
大蛇
「理由は分かりません。」
「ですが、胸騒ぎがするんです。」
悠真
「当たるんですか?」
大蛇は微笑む。
「長く生きていますから。」
エレナ
「またそれ。」
大蛇
「便利でしょう?」
悠真
「便利すぎるな。」
三人の間に、小さな笑いが生まれる。
大蛇
「悠真さんはどうしますか?」
悠真
「俺ですか。」
「正直、分かりません。」
「帰る場所も。」
「自分が何者なのかも。」
夕日が少年の横顔を赤く染める。
少しの沈黙。
エレナ
「だったら来ればいい。」
「一人でいるより危なくない。」
悠真
「……。」
大蛇
「私も賛成です。」
悠真
「勝手に決まってません?」
エレナ
「気のせい。」
悠真
「否定できないな。」
三人は再び歩き出す。
長く伸びる影が、一つの道へ重なっていく。
まだ誰も知らない。
この旅が、
過去を失った一人の少年だけではなく、
世界そのものの運命を変える旅になることを。




