第一章 一緒に生きてるって感じ
「で、なんでお前がいるんだ。」
「えへ。」
「えへじゃないが。」
僕が目を覚ますと僕の一人暮らしの部屋のベッドの脇に沖野が体育座りをしてこっちを見ていた。ここに何時間いたんだろう。沖野の目は嬉しそうにキラキラと輝いていた。
「友達の能力者に鍵を開けてもらったの。」
「なるべく早く捕まることを祈るよ。」
「ひどーい。」
僕はため息をついた。沖野とは距離を置くと心に決めたのに。
「なんでメッセージ無視したの。」
「たまたま見てなかっただけ。」
僕は嘘をついた。それは沖野にもバレているようだった。沖野は明らかに疑うような顔をして、だけど飲み込んだようだった。僕が布団から出て上体を起こすと、沖野も立ち上がってキッチンの方を見た。
「さ、朝ごはん食べよ。」
「僕の家だよ。」
僕もベッドから降りて立ち上がり、キッチンの方へ歩いた。僕らは朝ごはんを食べることにした。
「で、どうして僕の家にいるの。」
「追い出された。」
「そっか。」
僕はそれ以上聞かなかった。聞いてしまうと助けたくなってしまいそうだったから。僕は棚からパンを取り出して目を瞑った。僕は沖野と距離を取るべきだ。そう決めたはずだった。沖野にパンを渡すと、嬉しそうにカーペットまで歩いて座って食べ始めた。僕も自分の分を取って残りのパンを棚にしまい、ベッドに座って食べた。
「今日のお昼さ、どっか食べに行こうよ。」
「うーん。」
僕は唸った。
「行きたいとこあるの?」
「うん。」
「じゃあ行こっか。」
僕は目先の苦しみから逃げた。沖野を追い出すことは、できなかった。
「十二時に駅に集合で。」
「同じくらいに家を出ることになるね。」
「一緒に駅まで歩こっか。」
「直接お店に行ったほうが早いよ。」
「いいのいいの。」
結局僕らは同じ家にいるのに駅で待ち合わせをすることにした。僕はそれまでの時間をベッドに横になって読書に没頭して時間を潰すことにした。沖野はその間カーペットに座ってスマホをいじっていた。少しするとどこからか持ってきていたポーチを持って洗面台を占拠してしまった。僕は気にせず本を読んだ。
僕は駅まで向かうのに、少し早めに家を出た。沖野と同じタイミングで家を出ると変な感じになる気がしたからだ。鍵はまだ洗面所を占拠していた沖野に任せた。僕は駅までの道をゆっくりと歩いた。沖野は、なんで家を追い出されたんだろう。沖野の親の話はあんまり聞いたことがないけど、言葉を選ばずに言えば碌でもない親なんだろうと思う。子どもに熱湯をかける親なんて聞いたことがない。沖野が早くヒーローになって独り立ちできることを僕は願った。沖野は強い。その強さの源は幼少期からの孤独感だったのかもしれない。一人で生きていけるように、死にたくても死ねない体と向き合って生きてきたんだろうと思った。もし沖野が高校でも一人ぼっちだったらと思うと僕は寒気がした。せめて僕だけでも、沖野の隣にいよう。どんなことがあっても、僕は沖野の隣にいたい。そう思った。
「やあ。」
後ろから声がした。沖野の声だった。
「やあ。」
僕は振り返った。そこにはメイクをバッチリ決めた沖野がいた。メイクを決めた沖野は可愛かった。朝の沖野も可愛かったけど、今の沖野は少し大人っぽく見えた。でも中身は変わらないことを、僕は知っている。
「結局一緒に行くんじゃん。」
「こうなる気がしてた。」
僕らは一緒に歩いた。
「駅に行かずに直接店に行った方が早くない?」
「こういうのは駅で待ち合わせするもんなの。」
沖野はやっぱり変なことを言う。
「じゃあ今の状態はおかしいだろ。」
「一緒に歩くの嫌?」
「そうは言ってない。」
「じゃ、一緒に行こ。」
僕は沖野の歩幅に合わせて歩いた。沖野は今から行くお店の説明をしてくれた。
「どんなお店かは、まあ行ってからのお楽しみなんだけど、とにかくね、すっごく美味しいの。」
説明には、なっていなかった。まあいい。沖野が好きなら僕も好きだ。きっと。
駅に着くと、沖野が少し小走りで走り出した。また何か企んでるなと思って、僕はそのままの歩くスピードで追いかけた。
「やあ。」
沖野は少し先の待ち合わせスポットとして有名な像の前で立ち止まり、振り返って僕を見て言った。待ち合わせの感じを出そうとしているんだなと気づいて、僕はそれに乗ってみることにした。
「お待たせ。」
「今来たとこ。」
「知ってる。」
「じゃ、行こっか。」
僕らはまた少し一緒に歩いた。
「一緒に歩くのっていいね。」
「そうかな。」
「うん。一緒に生きてるって感じがする。」
「そっか。うん、そうだね。」
少しして、僕らはお目当ての店に辿り着いた。
沖野が選んだ店は洋食屋だった。人気があって少し並ぶくらいの老舗に連れてきた彼女は、席に着くと嬉しそうにプレートの料理を注文した。エビフライが好きでどうしても食べたかったらしい。僕はオムライスを頼んだ。落ち着いた雰囲気でいいお店だなと思った。
「いいとこでしょ。」
彼女は嬉しそうに言った。
「うん。いいところだね。」
彼女は得意げな顔をした。可愛い。僕たちは自分が頼んだものを食べた。途中、沖野に一口オムライスをあげた。「次来た時はこれ頼まなきゃ」と沖野が目を輝かせていたから、僕はいいことをした気分になった。
「沖野ってさ、孤独だなって感じることある?」
オムライスを食べながら、僕は聞いてみた。
「んー?」
沖野は嬉しそうな顔のまま考えていた。
「あんまりないかも。」
「そっか、そうだよね。」
「あ、でも。」
「なに。」
「家族から家を追い出された時は、寂しかった。」
「うん。」
「でも君がいてくれたから、孤独ではなかったよ。」
「そっか。」
僕はなんだか嬉しかった。沖野を追い出さなくて良かったと、心から思った。
「ご馳走様。」
「ご馳走様でした。」
僕たちはご飯を食べ終わって店を出た。少し散歩しようという話になった。
「あのね、予言のヒーローが言ってた『大変なこと』ってなんだと思う?」
沖野は街を歩きながらなんでもない話題のように尋ねた。
「うーん、僕も考えたことあるけどよくわかんなかったんだよな。」
「私の能力が関係するのは確かでしょ?」
「『無敵のヒーローが必要だ』って言ったんだもんな。」
「そう。ということは、能力がらみの事件じゃないかと思うのよ。」
「能力がらみ、能力者のテロとかってことか。」
「その通り。」
確かに能力者が世界中で発見されるようになってから数十年、まだ能力者の組織的な事件は起きていない。能力者が事件を起こすこともあるけどそれは個人的なものがほとんどで、多少規模が大きくても他の良心ある能力者の助けを借りてすぐに鎮圧される。もしそれが大規模かつ組織的に起きるようなら、確実に『大変なこと』と言えるだろう。
「でも、なんで沖野が必要なんだろう。」
「さあ。」
「人間が相手じゃないといいな。」
沖野はさっぱりとした口調で言った。僕もそう思った。沖野が誰かを殺さなければいけないのは嫌だ。沖野にはもっと綺麗な人生を送って欲しいと思う。今まで苦しんだ分、素敵な人生を送って欲しかった。
「まあ、何があっても私は無敵だけどね。」
「そうだね。」
僕たちは一緒に買い物をした。買い物が終わると、沖野がガチャガチャの前で立ち止まった。
「これ欲しい。」
それはお菓子のキャラクターがキーホルダーになっているものだった。
「そんな趣味あったの。」
「んー、いや、なんとなく欲しくなった。」
「回しなよ。」
「君も回して。」
「なんで。」
「いいから。」
沖野がこういうことを言い出したらもう僕が折れるしかない。これまでの経験でそう悟っていた僕は、すぐ折れることにした。
「わかったよ。」
「これが欲しいんだけど、まあ他のでも良しとする。」
沖野はそう言うと小銭を入れて回した。すると青色のキャラクターが出てきた。それは沖野が狙っていたキャラクターではなかったけど、沖野は嬉しそうに笑った。
「次は君の番だよ。どれ狙い?」
「沖野が狙ってたのを狙うよ。」
「お、仇をとってくれ。」
僕も小銭を入れて回した。沖野が狙っていたピンク色のキャラクターが出てきた。
「おー、仇をとってくれた!」
「交換する?」
沖野はしばらく悩んでいた。けど、結局交換はしないことになった。
「いや、この子が私を選んでくれたんだから交換はしない。」
「そっか。」
「大事にしてね。」
「うん。大事にする。」
僕らは一緒の家に帰った。まるで新婚みたいだなと思った。食材を買って帰って、僕たちは夜ご飯も一緒に食べることになった。調理担当が僕、味見担当が沖野だ。沖野はどこまで行っても、無敵なだけの普通の女の子なのだ。僕はいつもより腕を振るって得意料理のカレーを作った。男の作るカレーでも美味しそうに味見してくれる沖野はいつも通り、可愛かった。カレーを食器によそって僕らはカーペットに座った。一人用の小さな机に皿を並べて食べることにした。
「いっただっきまーす。」
沖野は嬉しそうに言った。
「いただきます。」
僕も手を合わせた。
「んー、やっぱ美味しいー。」
沖野はいつも褒めてくれる。
「良かった。」
「私手作りのカレーとか初めて食べるかも。」
「そーなんだ。」
僕はそう言いながら沖野の家の食卓をイメージした。
「いっつも惣菜とか冷食ばっかりだから、カレーはレトルトしか食べたことないや。」
なんだか寂しい食卓が浮かんだ。
「沖野ってさ、どんな子どもだったの。」
「んー?子どもの頃かあ。あんまり記憶ないんだよね。」
「そっか。」
「でも真面目で優しい子どもだったと思うよ、自分で言うのも変だけど。」
「想像つくよ。」
子どもにとっては、家族は全てを意味する。あんな両親からよくもこんなまっすぐな子どもが育ったもんだと、僕は感心した。
「君はどうなの。」
「ん?」
「君の子ども時代はどんな感じだったの。」
「僕はお兄ちゃんっ子だったな。」
「へえ。」
「何をするにも兄貴について回ってた。」
「可愛い。」
「一緒にキャッチボールしたりしたな。兄貴の球はいつも速かった。」
「そっか、能力者だったんだもんね。」
「うん。仲は良かったよ。」
「いいね。」
「でも、兄貴に能力があるとわかってからは、色々変わっちゃったけど。」
「そうなんだ。私一人っ子だから想像つかないかも。」
「兄貴はすごいヒーローなんだ。この前の地震の時も、災害現場に出張してた。」
「うんうん。」
「でも、寂しかったって気持ちはよく覚えてる。」
「なんで?」
「両親は兄貴の方が大事なんだろうなって思って育ったから。」
「なんでそんなことを思ったの。」
「僕のものは大抵兄貴のお下がりだったし、家族の予定も兄貴が中心だった。」
「そっか。」
「僕にも能力が目覚めれば、僕のことを見てくれるのかなって思ったんだ。」
「んー。」
僕にも能力さえあれば。この気持ちを初めて自覚したのは、僕が十歳の頃だった。兄貴の発達に伴う能力検査のために両親がついていき、僕の晩御飯がお母さんの作った弁当になった時だった。冷たい弁当を一人で食べながら、僕はふと気づいたんだ。僕にだって能力があれば、お父さんもお母さんももっと僕のことを見てくれるかもしれないって。今になって考えてみれば、弁当を作ってくれただけでも僕のことを大事にしてくれていたんだけど、当時の僕は本気でそう思った。兄貴には怪力の能力だった。僕には何の能力が目覚めるんだろう。僕はいろんな夢を見た。
「でも、能力は目覚めなかった。両親も僕が遠くに行ってくれてホッとしてると思うよ。」
「そっか。でも大丈夫。私よりは大事にされてるから。」
沖野はそう言って笑った。僕は、笑っていいのか分からなかった。
「ご馳走様。」
「お粗末様でした。」
ご飯を食べた後、食器を運びながら、なんでもなさそうに沖野は言った。
「能力がないって、自由だと思うけどな。」
能力がないことが、自由?考えたこともなかった。能力がある方が自由に決まってる。能力を活かしてなんだってできる。僕が憧れてやまないヒーローにだって、なれることが確定してるんだ。
「能力がある方が自由だよ。」
「そんなことないよ。現に私は不自由してる。」
食器を流しに置きながら沖野は言った。
「第一に、死にたいと思った時に死ねない!」
それが第一なのか。僕は沖野のことを思って寂しい気持ちになった。
「次に、みんな能力のことしか見てない!」
自分のことを見てもらえない寂しさは、僕にもわかるつもりだ。
「最後に、願ってもないのに社会のデカめの歯車にされる!」
沖野はビシッとどこか上の方を指さして言った。
ポーズを決めている沖野を尻目に、僕は自分の食器を流しに置き、食器用洗剤をスポンジにつけて食器を洗い始めた。
「どう?能力者も案外大変でしょ。」
「そうだね。なんかわかる気がするよ。」
「ありがと。」
沖野はふふっと笑った。
「そういえばさ。」
「なに。」
「君この前、『優しさはアイデンティティにならない』とか言ってたよね。」
「言った気がする。」
「じゃあ聞くけどさ、私のアイデンティティって能力なの?」
「そうじゃない?」
「ふーん。なんだか寂しいね。」
「そうかな。」
能力という絶対的なアイデンティティがあるんだ。自分らしさなんて探さなくてもいい。楽じゃないか。僕はそう思った。
「そもそもさ、アイデンティティってなに?」
沖野は難しい質問をした。
「自分らしさ、みたいなことじゃない?」
「私らしさって、能力なの?」
「うん。」
「この無敵が、私から私らしさを奪ったのね。」
「奪ってないよ。くれたんだよ。」
「んー。」
沖野は少し考えていた。能力者の考えることはわからない。
「あ、あと、『優しさじゃ人は救えない』とも言ってたよね。」
「うん。」
「それは、間違ってます。」
「なんで。」
「現に私が救われてるから。」
沖野は僕の目を見てそう言った。僕は嬉しくなった。沖野を救うこと。それがまるで僕の生きる意味かのように感じた。僕の人生が沖野のためになっているという言葉を沖野本人からもらって、僕は嬉しくなった。




