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2話 ヒロインとオオカミ

 

 イノシシの危機から逃れ、呼吸を整えたところで、オレは自分の姿を見下ろした。

 倒木の隙間に滑り込んだおかげで、全身泥だらけだ。

 服はこれしかないというのに。


「時にホセイちゃん」

「何かな、タカシくん」

「いくらなんでもこんな格好じゃ、バケモノと戦うにしても主人公として振る舞うにしても微妙だと思うんだよね、クールじゃないっていうか」

「まぁ確かにね、現状の君は村人Aよりも地味だね」

「だろ?それにこんな紙装甲じゃ心もとないしさ。だから今から街に行って装備品を整えようと思うんだけど、そういうのできる?」

「もちろん。いいね、主人公っぽくなってきたよ。乗ってきた?」

「乗ってはないけど……せめて形から入ろうかなって」

「ふーん。まぁいい傾向だよ。キャラメイクは冒険の基本だからね。フラグくん、最寄りの町まで案内してあげて」


 ホセイちゃんがそう言うと、どこからともなくフラグくんが現れた。

 そして彼?は矢印の形になり、イノシシが現れたのと反対方向を指した。

 オレはそれについて行く。

 ……そういえば今のオレは無一文だが……多分何とかなるだろう。

 その辺はホセイちゃんが何とかしてくれるはずだ。

 そんな事を考えていると、ホセイちゃんと目が合った。


「ふふふ。ストーリーは用意してあげるけど、何とかするのは君だよ、タカシくん」

「……だから思考を読むなって」

「いいじゃないか、読者的にもそっちの方がスムーズだし」

「……」


 まぁ言い争っても仕方ないか。

 オレもいい大人だし、そういうもんとして受け入れるしかない。

 ティーンの主人公だったら何かしら抵抗したかもしれないが、27歳がそういうのやっても可愛くないしな……。


 しばらく歩くと、森を抜けて広々とした草原に出た。

 緑の風が周囲を吹き抜ける。

 空からは柔らかい日差しが差していた。

 その瞬間、ずっと前方を指していたフラグくんが、不意にビックリマークに変化した。


「え?」

「おやおや、新規イベントかな」

「ホセイちゃん内容知ってんだろ」

「ふふ、どうだろうね?」


 オレは『新規イベント』らしき痕跡を探したが、周囲にはだだっ広い草原が広がるばかりで特に何も見当たらない。

 その瞬間、空の一点が眩く輝き、そこから声がした。

 

「きゃあーーーー!!!!」

「は?え?えぇ!?」


 見上げるとそこには、数メートル先で女の子が悲鳴を上げながら落ちてきていた。

 これ受け止めるべき!?いやそりゃそうだよな!落ちたら痛いもんな!!見知らぬ女の子でも目の前でケガされたら気分悪いわ!!


「そんなベタな登場ある!?もう擦られ過ぎてんだろ、このパターン!」


 オレはそう悪態をつきながら走り出した。

 全速力で風を切り、手を伸ばす。


 地面に落ちる直前で彼女の身体の体に触れた瞬間ーーグローブが光った。

 全身に人一人分の体重と加速度によって増幅した重力が加わり、身体が折れそうな感覚を覚えた。

 地面に落ちる前に、すんでのところで堪える。

 けれども次の瞬間には限界を覚えて、オレは早々に彼女を地面に降ろし、そのまま仰向けに地面に倒れた。

 腕がめちゃくちゃ痛い。


「はぁ……はぁ……あぶねー……大丈夫……?」


 オレは倒れたまま彼女にそう言うと、彼女は起き上がり、まだショックの残る強張った表情でオレを見下ろした。

 金髪のロングウェーブに、サファイアのような瞳。

 何故か元の世界の「あいつ」に、どことなく似ていた。

 何もかもが違うのに。


「あの……助けて頂きありがとう御座いました。あなたがいなかったらわたし、どうなっていたか……」


 彼女はまだ少し青ざめた顔でそう言った。

 そんな表情でありながら彼女の顔は整っていて、あまりの可憐さに一瞬魅入ってしまう。


「……どういたしまして」

「良ければお名前を教えて頂けませんか?」

「……黒野貴志」

「え?」


 目の前の彼女は一瞬、驚いたような表情を浮かべた。

 しかしオレはそれどころじゃなかった。

 彼女を受け止めたときからずっと、強い睡魔が頭を支配していた。


「……大丈夫ですか?」

「わからん……眠い……」

「え?」


 正直、喋るのもしんどい。

 今すぐ眠ってしまいそうだ。

 目の前の見知らぬ金髪女性の姿がぼやける。

 オレはそのまま意識を手放した。


ーーー


 夢を見た。

 そこにはオレの恋人であるミライが、少し怒ったような顔をして佇んでいた。

 そこは彼女のアパートで、もしオレの会社が倒産していなかったら、これから引っ越すはずの場所だった。


『転職なんてゆっくりでいいじゃん。それより早く一緒に住みたいよ』

『そういう訳には行かないだろ。お前のご両親にだって、無職で挨拶行くなんて気まずいし』


 夢の中のミライにオレがそう答えると、彼女は苛立ったように指先で机を叩いた。

 イライラしている時の彼女の癖だ。


『だってタカシくんとはもう3年も付き合ってるんだよ?今更そんな事、お父さんもお母さんも気にしないよ』

『そんな事って何だよ。すげー大事なことじゃん。娘の婚約者が無職とか普通に駄目だろ』

『じゃあその転職活動はいつ終わるの?』

『それは……』


 オレが言い淀んでいると、背後から名も知らぬ金髪美女が抱きついてきた。


『別にいいじゃないですか。あなたは異世界に転生したんです。……私がいますよ』

『だ、誰?』

『ねぇタカシさん。私がいれば冒険なんかしなくていいじゃないですか。あの人のことなんか忘れて、私とずっと一緒にいましょう?』


 彼女は鈴のような声で囁いた。

 そのあまりにも甘い声と香りに惑わされそうになる。


『あ、あの、本当に誰?』

『ふふ、緊張しているんですね。でも……すぐに慣れますよ』

『どういう事!?本当に何!?誰!?』


 オレは混乱したまま、彼女を振り払おうとする。

 正面のミライと目が合う。

 軽蔑したような目をしていた。


『……許さない』

『ちょっと待って、オレは別にそんなつもりは』


 しかし抵抗も虚しく、オレは微睡みのなかに落ちていった。


ーーー


 目が覚めると、オレは見知らぬ金髪女性に膝枕をされていた。

 心配したような表情と綺麗な顔が目の前にあって、思わず一瞬たじろぐ。


「あ……目が覚めましたか?」

「え?あ、はい」

「良かった……」


 彼女はふわりと微笑む。そのあまりの可愛らしさに思わずどくりと心臓がはねた。

 慌てて起き上がり、彼女から距離を取った。

 何となくミライを裏切っているような気がして後ろめたかった。

 ていうか今の夢、何?怖い。


「あー……無事で良かった。じゃあオレは急いでるから、これで」

「ま、待ってください。何かお礼を」

「結構です!!」


 オレは急いでその場から走り出した。

 なんで空から落ちてきたのかとか彼女が何者なのかとか、本当は色々聞きたい事はあったけど……あんな夢を見た後では、とてもそんな気になれなかった。

 隣でふわふわとホセイちゃんが浮かびながらついてきた。

 面白いものを見つけた猫のような顔をしていた。


「いいのかい?多分ヒロインだぞ」

「あいつにこんなとこ見られたら殺される!」

「物騒だな」


 ホセイちゃんは肩をすくめたが、オレにとっては大問題だ。


「なぁタカシくん、ここ異世界だよ。少しくらい羽目を外してもいいと思わないか?」

「うるせぇ!この話には読者がいるんだろ?つまりオレは四六時中監視されている。運が悪ければ読者の中にミライがいるかもしれない。そんな状態で羽目なんか外せるか!」

「変なところでリアリストだな。わたしはいいのかい?」

「ホセイちゃんは体長10センチしかなくていちゃつけないからセーフ」

「おやおや」


 ホセイちゃんは大層楽しそうに笑った。

 しばらく走ったところで背後を振り返る。

 どうやら撒いたらしい。

 見知らぬ金髪美女には悪いが、オレにはオレの事情がある。達者でな。

 ……でもあの子、可愛かったなー。

 変な夢を見るくらいにはぐらついてしまった。

 いや考えるな。モノローグまで全部筒抜けなんだぞ!!


 しばらく歩くと、町らしき建物が見えてきた。

 小規模ながら活気があり、人々が行き交う様子が目に入る。

 道案内をしていたフラグくんが、不意にその中の中年男性を指した。

 彼はどうやら何かを探しているようだった。

 オレは隣にいるホセイちゃんにひそひそと話しかける。


「……ホセイちゃん、これって話しかけろってこと?」

「そうだよ。ベタでいいでしょ」

「ちなみに、これって求人案内?」

「もちろん。君はお金が必要みたいだったからね」

「異世界に行っても労働するのは変わらないのか……」


 世知辛い世の中だ。

 オレは意を決して、その男性に話しかけた。


「何かお探しですか?」

「あぁ。私の土地を荒らすオオカミを退治してほしいんだが……君、腕に自信はあるかい?」

「お、オオカミですか……それはちょっとムリ痛い痛い!!」

「ど、どうしたんだね?」

「い、いえ、何も」

 

 ホセイちゃんに頬をつねられる。

 オレは隣のホセイちゃんを睨みつけると、彼女は口パクで「受けろ」と言った。


「いやいや、イノシシの時に逃げるしかなかったのにオオカミにだって勝てるわけないから。令和の日本人男性のひ弱さ舐めんなよ」

「これを受けないなら、君には日本円にして日給700円相当、こちらの金額にして1日分の食事程度の賃金である草むしりしか紹介できない。それでもいいのかい?」

「に、日給?時給の間違いじゃなくて!?いや時給でも安いけど!」

「小さい子ども向けの労働だからね」


 ホセイちゃんは「ふぅ……」とため息をついた。いやいや、ため息をつきたいのはこっちなんだが。


「心配しなくても、君には主人公補正がついている。ホセイちゃんは君がクリアできるミッションしか与えない。もちろん簡単じゃないけれど……そうしなければストーリーとして面白くないからね」

「え、えぇ……?まじで言ってる……?」

「ほら、ブクマ意識して!人気ほしいでしょう!?」

「オレは人気より家に帰りたいよ」


 オレは半信半疑で正面の中年男性に向き直る。

 どうやってオオカミに勝つのかはわからないが……どうやらやるしかないらしい。

 彼は心なしか訝しげな視線をオレに向けていた。


「なんだ、さっきから独り言ばかり。受けるのか?受けないのか?」

「え、独り言?あの……もしかして、この小さい女の子が見えてないんですか?」

「小さい女の子?何を言っとるんだ君は」


 彼はますます疑いの表情を深めた。

 ホセイちゃんと目が合う。


「ホセイちゃんは君にしか見えないよ。神だからね」


 ……そういう事は先に言っておいて欲しかったな。

 まぁお約束か。

 オレは目の前の中年男性に頷く。

 「できなくてもやれるフリをする」スキルが社会経験において重要なのは、どの世界でも同じらしい。


「大丈夫です。やらせてください」


 オレはなるべく自信満々に見えるように、そう言った。


ーーー


 中年男性ーーダニエルさんについて、彼の家へと向かう。

 彼いわく、家業は酪農らしい。

 ダニエルさんは大柄で恰幅が良い男性だが、腰を痛めて以来オオカミ退治などは外部に委託しているらしい。

 私有地で羊や牛を牧草地で飼育しているが、ここ最近オオカミの出没量が増えたということだった。

 ……本当に大丈夫なのかな、オレ。


 オレはオオカミが出るという牧草地の、監視用の高台でぼーっとしていた。

 風が周囲を吹き抜け、羊たちの生きている匂いが鼻先をかすめる。

 オオカミらしき動物は今のところ見当たらない。


「……この仕事、衣食住の保障もあるし、拘束時間の給料も追加で出るから確かに美味しいな……」


 オオカミ退治さえなければ、だけど。

 それでも、草むしりで時間を浪費するよりはいい。

 ……というか、草むしりってホセイちゃん的には打ち切りコースなんじゃないのか?

 それとも、草むしりコースでもオオカミと戦わされたりするのだろうか。

 嫌だな〜〜。

 ちなみにダニエルさんからは、オオカミと戦うための武器として、短剣と防具用の腕に巻く金属板、革の胸当てを渡されている。

 この世界にはどうやら魔法はあるけれど、銃はないらしい……ということは、何となくダニエルさんの会話から察した。

 しかし魔法使いというのも世界に1割程度のエリートなんだとか。

 ……暇だ。

 働いている間は、こういうぼんやりした時間が恋しかったけれど……無職(日雇い)かつ異世界という場所において、こういう状況は少し心細い。

 

「なぁホセイちゃん。もしかしてフラグくん寝てる?」

「フラグくんは睡眠を取らないよ。大丈夫さ、じきにちゃんとイベントは起こすから心配しなくていい」

「ふーん……」

「それよりもたかしくん。君はまだそのグローブの一番大事な機能に気づいていないのが驚きだよ」

「え?」


 ぽかんとした顔でホセイちゃんを見つめると、彼女は少し不満げな顔をしていた。


「君みたいなモヤシ野郎がイノシシから逃げ切れたり空から落ちてくる女の子を受け止められる訳ないだろ」

「いや知ってるけど……それ主人公補正なんじゃなかったの?」

「もちろんそれもある。だけど、今の君は主人公として未完成だ。だから君はもっと主人公にならないといけない」

「……はぁ。つまり?」

「本当は自力で気づいてほしかったんだけどなー。たかしくん、ちょっとそこの岩を殴ってみて」


 ホセイちゃんはふわふわと漂い、30センチほどの岩石の上に乗った。


「え、これを殴るの?痛くない?」

「いいからやってみて」

「えぇ……」


 オレはホセイちゃんが退くのを待って、目の前の大きめの石をエイヤッと殴った。

 ……普通に痛いし、岩石には傷一つつかなかった


「……痛いんだけど」

「駄目かー」

「なにこれ、なんの時間?」

「もちろん、グローブの説明だよ。でも君はまだこれを使いこなせないみたいだ」

「……」


 今のやりとりから予想するに、このグローブは何かしらの身体強化を伴うようだけど……追い詰められないと使えない、という所だろうか。

 試しにもう一度殴ってみた。

 やっぱり痛い。

 それを見てホセイちゃんはため息をついた。


「やっぱりこういうのは、実戦が一番みたいだね――さぁたかしくん、立ってくれ。戦闘開始だよ」


 ホセイちゃんの声に顔を上げると、数メートル先にフラグくんと、そのさらに数メートル先にオオカミが見えた。


「……マジかよ」


 短剣を握りしめる。

 前回のイノシシの時は地形が複雑だったけど、今回はだだっ広い原っぱだ。

 ……どう考えても、オオカミの方が有利じゃね?

 

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