第6話 透明な魂と灰色の魂 後編
アレクが生まれた南のシオス村から遥か離れた地…東の王国の端の地で、もうひとつの運命が産声を上げていた。
しかし、彼女の誕生は、アレクのそれとはあまりにも対照的だった。
大陸に何百とあった部族の最後の生き残りの部族、それがルベルコルス一族を長とするクレミス村である。
父ヴォルフはクレミス村族長の息子。母ルカはクレセント伯爵令嬢。決して結ばれてはならない身分違いの恋だった。
それでもルカの父である先代クレセント伯爵は二人の愛を認め、国王の許しを得るつもりだった。しかし――東の王国の国王が、それを絶対に認めなかった。
それでも最後の手段として先代クレセント伯爵は娘に貴族の籍を捨てさせてでも結婚をさせるつもりだったのだ。
だが悲劇は加速する。
二人を護る後ろ盾となるはずだった先代伯爵夫妻が、あまりにも不自然な「馬車の事故」によって突如として急逝。ルカは女性ゆえに家督を継ぐことができなかった。
血に飢えたハイエナのようにクレセント伯爵家を乗っ取ったのは、遠縁にあたる卑劣な男だった。
家を奪われたルカは、幽閉同然の身となって衰弱していく。
身籠っていた彼女に対し、新伯爵はまともな医者をかかることも許さず、いっそお腹の子供ごと消えてなくなることを望んだ。産気づいた時でさえ、産婆一人呼ばれなかったのだ。
乳母であるマーサが必死に手を血に染め、介助したからこそ繋がった、あまりにも細い命。
ルカは生まれたばかりの我が子を見つめ、どうかこの子の先にある人生が幸福であるようにと、ただそれだけを狂おしいほどに祈りながら、静かに息を引き取っていった。
愛に包まれて生まれた、透明な魂。
憎悪の中で生まれた、灰色の魂。
母の温もりを失ったことも知らず、その名前の無い赤子は、マーサの震える腕の中で静かに眠っていた。
生まれた瞬間から、伯爵家を我が物とした新伯爵――シニストラにとって、この子は本来なら「消し去るべき不都合な血の証」でしかなかった。もし、生まれたのが男児であれば、彼はその場で赤子の首を絞めていただろう。
本来、シニストラはルカを自国や他国の有力貴族へと嫁がせ、政治的に利用することで、自らの地位をさらに向上させるつもりだったのだ。
ルカの予期せぬ妊娠によってその野心は一度潰えたかに思われたが、シニストラは産着をめくり、その子供が美しい女児であると知ったとき、冷酷な薄笑いを浮かべて考えを改めた。赤ん坊は、ルカの美しい青い瞳と、あの憎き平民の男――ヴォルフの血を証明するような、燃えるような赤い髪を持っていた。
「(ルカが駄目なら、この赤ん坊を『生かさず殺さず』育て上げ、次の婚姻のコマにすればいい)」
腹黒き新伯爵、シニストラ・クレセントはそう計算し直したのである。
―そんなシニストラの黒い思惑とは裏腹に、灰色の魂は、ただ生き延びるための静かな呼吸を始めた。




