第5話 透明な魂と灰色の魂 前編
その昔、ユグドラシア大陸には、数百の部族が乱立していた。
それらの部族を統一し、一大王国を築き上げたのが、英雄シーサー、後のグランデル王である。
グランデル王の死後、王国は彼の七人の子供たちによって分離統治される事になり、子供たちは大陸の東西南北にそれぞれの城を構え、各地の王となった。
それから数千年後。
平和は脆くも崩れ去る。
きっかけは、北の山岳地帯を治めていた長男の家系、バルディス王が提唱した『王権統一』だった。
バルディス王は初代グランデル王の理念に立ち返り、大陸全体を再び一つの旗の下に統合しようと主張した。
しかし、他の王たちはこれに反発。それぞれの王国が独自の文化と力を築き上げており、今さら統一する事をよしとしなかったからだ。
特に肥沃な土地を持つ西のテオドロス王と、巨大な海軍を擁する南のアグナロス王は激しく対立する。
話し合いは決裂し、やがて争いが勃発した。
――あのルベルコルスの魔女の予言通りに。
大国同士の意地とプライドがぶつかり合う大戦は、世界の命運を狂わせるだけでなく、何の関係もない辺境の民の生活をも、容赦なくすり潰していった。
ユグドラシア大陸の南、アークテラス王国の一角にある小さな漁村、シオス村。
この穏やかな最果ての村にまで、ついに王宮からの非情な「動員令」が下った。若く健康な男たちは、有無を言わさず兵士として戦地へ駆り出されることとなったのだ。
ギルバートは、生まれたばかりの我が子を抱きかかえた。
「アレク……お前はまだなにもできない赤ん坊だが、母さんを頼むぞ」
ギルバートは覚悟を決めていた。
貴族でも志願兵となって国のために出征していたものはいたが、彼らはほとんどと言っていいほど、最前線の戦地に配属される事はなかった。
代わりに、徴兵された平民は最前線の国境沿いに肉の壁として送られ、まともな装備も与えられないまま、大国同士の激しい衝突の渦に巻き込まれていく。
そういう話だ。
自分がこれから向かう場所が、どれほど凄惨な地獄であるか、彼には分かっていた。
泣き崩れる妻を安心させるように力強く抱き寄せたあと、彼は笑顔で出ていった。
大国たちの思惑に巻き込まれ、大陸全土を泥沼の惨劇に陥れたその大戦は――皮肉な事にギルバートが出征した、わずか3か月後に終結した。
あと少しギルバードの出征命令が遅ければ、戦争の終結がもっと早ければ…いやそもそも王国自体の争いがなければ、アレクは父を失わないで済んだのかも知れない。
王権統一戦争はその後、人々の間では七年戦争と呼ばれ、あまりにも残酷な現実を人々の心に刻みつけたのである。




