第44話 師弟関係の成立
朝早く漁に出かけ戻って来たら、今度はグレイ伯爵家の厩舎で夕方まで働く。市場のある週末は、ロバのマールの手綱を握り、魚の運搬を引き受ける。アレクは忙しい日々を送っていた。
グレイ伯爵家からわずかではあるが、賃金も出ることになっていた。その金を、ロバと荷馬車を村のために伯爵に借金してまで買った村長に渡そうとしたら、「それはお前が受け取るべき対等な権利だ」と言って、頑として受け取らなかったのだ。
だからアレクはその金を貯金し始めた。彼はいつの日にか勇者になって冒険の旅に出たいと言う夢があったのだ。
そう、あの日シオス村を救った赤髪の双剣使いのように、自分もなるのだと。
グレイ伯爵家の仕事の間の休憩で、厩舎裏で落ちていた小枝をふたつ拾うと、アレクは双剣の型を練習していた。
「おいおい坊主、それは何の真似だ」
という声がした。
その声の主のほうを振り返ると、黒髪の背の高い男が、呆れたような顔で立っていた。
見られていたという事実に、アレクは顔が赤くなるのを感じ、思わず小枝を手から落とした。
その様子をみて黒髪の男は、
「悪かったな坊主。茶化すつもりはないんだ。お前さんがあまりにも真剣にやっているから、声をかけただけだ」
と言って、彼はアレクが落とした小枝を拾い上げた。
「双剣の練習か?珍しいな。剣の扱いなら片手剣かレイピアだが…」
「あの…僕の憧れの人が双剣使いなので」
「ふ~ん、そうか。でもその型は違うと思うぞ」
「え…そうなんですか?」
「俺は双剣使いじゃないが、俺の村では双剣を使っている奴が数は少ないがいた。……お前のその構えじゃ、すぐに隙だらけになるぞ」
「お……お兄さん!!」
アレクに唐突にお兄さんと呼ばれ、不意打ちを食らった黒髪の男は目を丸くした。
「なんだ?」
「僕の剣の師匠になってください!」
「…師匠?いや、言ったと思うが俺は双剣使いじゃない。どっちかと言うと鞭使いのほうだ。剣も使えないわけじゃあないが」
「それでもお願いします!」
アレクの必死なお願いに、とうとう黒髪の男は折れた。
「わかった。お前の休憩時間に教えてやる。昼飯のあとでいいな」
「ありがとう御座います。お兄さん」
「お兄さん呼びじゃなくて、モリス・ルベルコルスだ。今度からは俺の事はモリスと呼べ」
「はい。モリスさん!」
こうしてアレクとモリスの師弟関係が始まり、昼休憩の度に、アレクはモリスから剣の手ほどきを受けるようになった。
モリスはグレイ伯爵家の馬車の御者であり、いわゆる上流使用人だった。別の伯爵家から移ってきたらしい彼は、アレクがこの厩舎で働くようになる数日前から働きだしたばかりだった。
年は10歳も上だし、使用人としての立場も上だが、アレクに「お前と俺は同期だな」と笑って話しかけてくるような、ざっくばらんな男だった。
師弟関係――というより、弟を可愛がる兄のようだったのだ。




