第41話 アレクの覚悟と新しい道
ロバのマールは村長の家の外で、紐で繋がれていた。今までロバを飼った事もない村人たちは、ロバも犬と同じように繋いでおけば良いと本気で思っていたのだ。
餌はとりあえずとばかりにそこらの草を与えたものの、中には「漁村なんだし、魚はあるんだ。餌は魚でいいんじゃないか」と言い出す者まで現れる始末だった。
もちろん、草食動物であるロバが魚を食べるわけもなく、マールは不機嫌そうに鼻を鳴らすだけで、用意された青草にもほとんど口をつけようとしない。
「おい、なんかげっそりしてきてねぇか……?」
「病気か? それとも不良品を掴まされたか……?」
村の男たちが囲んで頭を抱えるが、誰一人として正しい飼育方法なんてわかるわけがなかった。
困り果てた村長は、額に脂汗を浮かべながら重い息を吐き出した。
「こうなったら……、やはり領主に相談するしかないか」
利子つきの借金を背負わされたばかりの相手に、今度は「ロバの飼い方が分かりません」などと泣きつくのは情けないことだったが、このままマールに倒れられては元も子もない。
ーーもっとも、グレイ伯爵家には立派な厩舎があった。馬は伯爵の趣味である。だからこそそこには多額の金がかけられており、厩舎で働く使用人や専門の者も多かった。
シオス村の村長に泣きつかれ、領主の代理として屋敷を取り仕切っている執事が、わずかに呆れたような顔をしながら、厩舎の最年長であるロペス爺さんをシオス村へと派遣したのは、その数日後のことだった。
ロペス爺さんは村長の家の外に繋がれているだけのロバを見て、ほとほと呆れた。
ロバの餌箱と水飲み場すらない。しかも餌は青草だけ。
「お前さん達はロバを殺す気か!」
ロペス爺さんの怒鳴り声に、村の男たちはビクリと肩を震わせた。
「わかった、ロバはワシが預かる。市場に行くのはどうせ週末じゃろう。その時に、厩舎まで来い。ロバの運転は誰がするんじゃあ?」
村人に任せていたのではこのロバの命運が危ないと判断したロペス爺さんは独断でそう決断した。
「僕です」
アレクが前にでた。まだ少年と言う年齢と言うよりは幼い子供。ロペスはアレクを上から下まで見やった。
「ほう…お前さんが手綱を握るのか?」
「マール…このロバは他に懐かないので」
と村長はしどろもどろになりながらも説明した。
「アレク…お前さんはこれから先マールの手綱だけでなく、世話もする事は出来るか?」
そう言われてアレクは一瞬答えに窮した。これから先自分がロバの世話をしなければいけない、と言う覚悟を問われてたからだ。
ただ荷馬車を引いて町へ行くだけではない。毎日餌をやり、小屋を掃除し、機嫌を取り、病気を気にかけてやらなければならない。十歳の子供にとって、それは決して軽い責任ではない。村の男たちも、ロペス爺さんの真剣な眼差しに気圧されて誰も口を挟めなかった。
静寂の中、マールがふっと鼻先を寄せ、アレクの服の裾を優しく引っ張った。
その温もりに触れ、アレクは小さく息を吸い込むと、揺るぎない眼差しでロペス爺さんを見据えた。
「……はい。やります」
その声に迷いはなかった。
ロペス爺さんはじっとアレクの顔を見つめ、やがてふっと満足そうに髭の生えた口元を緩めた。
「……いい目をしとる。その言葉忘れるんじゃないぞ。そうじゃアレク、マールをこれから伯爵家の厩舎に連れて行く。お前さんも来い」
こうしてアレクはグレイ伯爵家の厩舎に連れて行かれる事になった。
シオス村のロバを預かること。そして、その世話をシオス村のアレクに任せること。そのすべてを、ロペス爺さんは伯爵の執事に承諾させた。
アレクはグレイ伯爵家の厩舎へと身を置き、まずはマールの正しい飼育と世話を覚える日々が始まった。
週末の市場へ向け、少年と相棒の新たな仕事が静かに動き出していた。




