第40話新たな運命の時
港町ソルティの土地を手に入れ、灰色の魂であるヴィクトリアの運命が大きく動き出したのと同じように、透明な魂のアレクの運命もまた、次の段階へと回り始めていた。
七年戦争後に生まれた子供達が、シオス村の担い手になり始めた事で、漁獲量も増え始めた。
だが、そこで新たな問題が浮上する。
戦争前には、シオス村に魚を買い付けに来ていた仲買人がいた。その仲買人が来なくなったことで、魚を市場に出す手段を失っていたのだ。
シオス村から一番近い市場までは、荷馬車を飛ばして半日ほどの距離にある。増えた魚をまとめて積み込み、町へと運ぶための「ロバと荷馬車」さえあれば――村人たちは常にその悩みを抱えていた。
そうして、村長が遂に決断を下す。領主であるグレイ伯爵に掛け合って、ロバと荷馬車の手配をしてもらう事にしたのだ。
だが、このシオス村も含めて領地としているグレイ伯爵は、領民にも自分の家族にも関心を持たない人だった。彼は、領民の日々の生活がどうであろうが、たいした問題として取り合おうとはしなかった。
ただ、全額を自前で用意する余裕など村にはない。村長が何度も頭を下げ、ようやく引き出した条件は「ロバと荷馬車を買う金は出してやってもいいが、法外な利子をつけて全額返済すること」という、冷徹なものだった。
タダで恵んでくれるわけではなく、村に新たな借金を背負わせるだけの条件――。
それでも、このまま魚を腐らせて村を細らせるよりはマシだと、村長は苦渋の決断でその条件を呑むしかなかった。
こうして、借金を背負ってどうにか村にやって来たのは、一頭の頑丈そうなロバと木製の荷馬車だった。
だが、肝心の相棒選びで村の男たちは頭を抱えることになる。
購入したロバが、想像以上に手ごわかったのだ。
屈強な漁師たちが代わる代わる手綱を引こうが、大きな声で叱り飛ばそうが、ロバはテコでも動かない。それどころか、不気味にいなないては、荷馬車の車輪を微動だにさせない頑固さを見せつけた。
「なんだこの野郎は……! 馬よりは小さいくせに、これじゃあ使い物にならねぇぞ!」
男たちが頭を抱え、誰もが「とんだ不良品を掴まされたか」と諦めかけたその時だった。
少年がひょいと荷馬車のそばに歩み寄った。
少年は荒っぽく手綱を引っ張ることも、子供扱いして声を荒らげることもしない。ただ静かにロバの首筋に手を伸ばし、低い声で優しく労わるように声をかけながら、その硬い頭をそっと撫でた。
すると、あれほど周囲を威嚇していたロバが、ぴたりと暴れるのをやめたのだ。
村の男たちが目を丸くしてどよめく中、少年は村長に向かって言った。
「村長、このロバの名前は?」
「名前はまだつけておらん」
「じゃあ、僕がつけてもいいよね?」
「お前に懐いたロバだ。アレク、お前がつけるがよい」
村長が頷いたのでアレクはロバの顔を見ていった。
「じゃあお前は今日からマールだ」
アレクにそう呼ばれて、ロバのマールは、穏やかに鼻を鳴らした。




