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第39話 静かなる導火線

マリア・ロゼからの書状で、ヴィクトリアがルベライト商会主のウォレスを伴って、東のローゼリアン王国にやって来たのは、それから数十日後だった。


王宮につくと、すぐに執務室にて公文書のやりとりが行われた。

まずは『歴史的経緯を踏まえた特別返還』という公文書の読み上げを書記官がやり、その後にヴィクトリアがサインして、最後にマリア・ロゼがサインと王印を押した。


「これで、港町ソルティはヴィクトリア、お前の物だ。好きにするがよい」

「そうですね」

淡々とした返事が返ってきた。

もっとヴィクトリアが喜ぶと思っていたマリア・ロゼは腑に落ちなかった。


「なんだ、嬉しくはないのか? 私はもっと喜ぶと思っていたのだが」

「あの土地をどうするか?の当てが外れましたので」

ヴィクトリアは小さく息をつき、冷めた笑みを浮かべた。

「当てが外れた?」

何のことを言ってるのか、わからないマリア・ロゼは、ヴィクトリアの顔を見た。


「正直に言います。土地を返還してもらったら、あのお茶会での提案通り、ルベライト商会を『港町ソルティ』に移転させようと思ってました」

「そうであろう?!だからこそわらわもそう思って…」

「ウォレスのおじさん…いえ商会長から拒絶されました」

「なんじゃあとぉ!!」


東のローゼリアン王国からルベライト商会のあるルルベルの街は馬車で一週間である。おいそれとは行き来出来る距離ではない。

お茶会でその距離の話が出た時に、元々クレセント伯爵領である港町ソルティをヴィクトリアに返還すればよいと言う話の流れになった。その話をウォレスも聞いていたはずだ。その時に異を唱えたりはしなかったのに、ここに来て何故反対するのか、マリア・ロゼには理解できなかった。


「何故じゃあ、何故じゃあ…ジュール!ウォレスは何処じゃあ?すぐにここに連れて参れ」


直ぐ様宰相のジュールは、

「貴賓控室に居られる、ウォレス・ルベライトを呼んで来なさい」

と、執務室のドアを開けて、外の廊下に控えていた近衛兵に命じた。


その頃貴賓控室では、グレンドール商会のガードが部屋を訪ねていた。

「お久しぶりでございますな。ルベライトさん」

と挨拶をすると彼はズカズカと部屋に入り込んだ。

それ程親しい間柄でもない人間が、わざわざ挨拶のためだけに、訪ねてきたとは考えられないので、ウォレスは少し警戒していた。


「貴方とお会いするのは、そうですね。あの七年戦争が始まる前でした」

「おや…もうそんな昔でしたか…七年戦争、あの戦争前にはルベライト商会も王都で華々しく商売をなさっておられたのに…時というものは残酷ですな」

「ルベライト商会は落ちぶれた…貴方の目にはそう映っておられるんですね!?」

「いや、私が言ってるのではないですよ、これはあくまでも世間の…いやしかし なんですな」

と言ってガードは、ねっとりと嫌味な笑みを浮かべた。

「ルベライト商会も、大変な機会を手に入れられた。実にうらやましい限りです。なんでも今日、ここに来たのは、港町ソルティの土地の件だとか」


いったい、どこからその話を嗅ぎつけたのか。ウォレスは内心で眉をひそめた。

グレンドール商会は東のローゼリアン王国の御用達商会ではあるが、あくまで商会の立場にすぎない。今回の港町ソルティの土地返還は、王家の中枢と極一部の者しか関わっていないはずの極秘事項だ。

王宮の書記官や役人の中に内通者がいるのか、あるいはマリア・ロゼの周囲から漏れたのか。いずれにせよ、この老年の商会長は、王都の裏でよほど太いパイプと鋭い嗅覚を持っているらしかった。


しかし、ウォレスは顔色一つ変えず、むしろ冷ややかな笑みを返した。

「ほう……。我が商会の動向に、そこまで目を光らせておられるとは。老舗の御用商人というのは、色々な伝がお有りになるようだ」


痛いところを突かれてガードは咳払いをひとつ落とした。そんな彼を冷ややかに見ながらウォレスは言葉を続ける。

「グレンドールさん、貴方がわざわざここに来たのはルベライト商会が港町ソルティに移転するかも知れないという事実を確かめるためですよね?それならはっきり申し上げます。そんなご心配には及びません」


ウォレスの言葉にガードは目を見開いた。彼にはこんな千載一遇の機会を不意にするとは信じられない事だった。

しばらくガードはなにか考えていたが、なにか思いついたようで、にやついた。


「ほう…それは…それは…なんとも…せっかく舞い込んだ幸運だと言うのに…それでは、その幸運を私が掴んでも恨まないでくださいよ、ルベライトさん」


いったい何を思いついたのか、ウォレスがそれを探ろうとしたその時、ガチャン、と重々しい貴賓控室の扉が開いた。

「ウォレス・ルベライト。マリア・ロゼ様がお呼びだ。ただちに執務室へ同行してもらう」

王宮の近衛兵がウォレスを呼び出しに来たのだ。


ガードは面白そうに口角を吊り上げ、去りゆく商会長の背中を勝ち誇ったような視線で見送る。

一方のウォレスは、微動だにしない冷徹な面持ちのまま、ただ静かに近衛兵に続いて重い扉を背にした。

                第3幕完

これで第3幕は完了です。

次からは4幕に入ります。

今までほとんど出番がなかったアレクが久々に登場予定です。場面はシオス村になります。

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