第35話 偽りの歴史、偽りの英雄(後編)
その昔、ユグドラシル大陸には何百もの部族があり争いも絶えなかった。
後に、大陸の英雄となる、シーサーは部族間の争いで、母と共に故郷を追われた。
やがて大人になった彼は、父と部族の無念を晴らす。
北の一族であるドルイド族の族長の娘、イザベラを娶り、大陸を制覇し王となった。
そしてシーサー亡き後、彼の七人の息子達が大陸を七つに分け、それぞれが七つの国の王になった。
それが長いこと語り継がれてきた『ユグドラシル大陸建国伝』である。
「果たして彼は本当に英雄なのであろうか?」
そうマリア・ロゼが言った瞬間、国王の顔が青ざめた。そんな国王の様子にも意に介さないまま、マリア・ロゼは更に言葉を続けた。
「彼は血塗られた復讐者であり、そして裏切り者だ。王家の権威を高めるために、『ユグドラシル大陸建国伝』が書かれたのだ。まさに偽りの歴史、偽りの英雄である」
「ロゼ……お前はそれをどこで……。あれは数千年前の発禁書だ。摘発されて全て燃やされた。あれを書いた本人も処刑された」
「どこで読んだか? なんて愚問をされるとは。父上と同じ場所ですわよ、多分」
「……地下の書庫か! あれは鍵付きで、王位につく者しかあの棚を開けることができない。それを勝手に開けるとは……お前は!!」
国王の責めるような言葉にも、マリア・ロゼは一切悪びれもせず、ふっと冷ややかな笑みを浮かべて国王を一瞥した。
「お陰で……色々と合点がいきましたわ、お父様。もう一度言いますわ。ヴィクトリアにクレセント伯爵の領地を返してください」
「ならぬ! 何度も言うが、あの娘はクレセントの血を引いていると言っても所詮は婚外子だ。そのような者に何故、領地を返す必要があるのか」
「まだそれを言われるのですね。それを言ったら、王家はどうなるんです? 始祖は英雄ではなかった。いえ、それどころか……」
マリア・ロゼはそこで言葉を一度区切り、冷徹に言い放った。
「我々はそのシーサーの血すら継いでいない。シーサーとの結婚前にイザベラは何度も結婚してすでに5人も子供がいた。その後、二人子供をもうけてますけど、二人ともシーサーの子供だったのかさえ、怪しいと書かれてましたわ。イザベラは賢婦でも国家の母でもない。ただの淫売婦だわ」
「我らの祖の母后を愚弄するな! ロゼ、!!」
激昂し、椅子からよろめき立った国王は、突然その場に両手で胸を押さえた。
血の気を完全に引かせた王が、苦悶の表情を浮かべたままガクンと膝を折る。そのまま重厚な絨毯の上へと、大きな音を立てて倒れ込んだ。
「お父様!!」
これまでの冷徹な仮面をかなぐり捨て、マリア・ロゼは悲鳴を上げてその場に駆け寄る。
「医者を! 誰か早く医者を呼んでちょうだい!!」
「も、申し訳ありません、すぐ手配を……!」
事態の急変に、壁際に張り付いていた宰相ジュールも正気を失ったように青い顔で扉へと駆け出した。
一国の最高権力者の崩落によって、私室は一瞬にして混沌の底へと突き落とされた。




