第34話 偽りの歴史、偽りの英雄(前編)
ヴィクトリアにクレセント伯爵家の領地を返還する。その話を父である国王にどう切り出そうか悩んでいるうちに、マリア・ロゼは国王に呼び出された。
彼女が国王の私室に入るなり、
「ロゼ、お前というやつは、なんと勝手なことを口にしたのだ!!」
と、怒気を孕んだ声が部屋の空気を震わせる。
重厚な机の向こうで待ち構えていた父であり国王である男は、険しい眉間に深いシワを寄せ、我が子を睨みつけている。
お茶会での一言が、すでに最高権力者の耳に届いていたのだ。
マリア・ロゼは動揺の色を微塵も見せず、むしろ挑発するかのように鮮やかな笑みを浮かべ、ゆったりと父の前に歩み出た。
「父上、そんな大声を出さなくても聞こえております」
「クレセントの土地を返す等と馬鹿げた世迷言を言う者に、これくらいの大声を出さなければわかるまい」
「馬鹿げた世迷言? ヴィクトリアはクレセント伯爵の正当な血を引く人間です。その彼女にクレセント伯爵の領地を返す。それだけのことです」
「何を言っておる! あれは女だ。おまけに正式な婚姻で生まれた娘ではない」
「そうですね……誰かさんが最後の最後までお認めにならなかったから……正式な婚姻を結べなかった」
マリア・ロゼの放った皮肉は、鋭い刃物のように国王の急所を的確に突いた。
ルカの父であるバルド・クレセントは、ルカを伯爵家から廃してでもヴォルフと結婚させようとしていた。だが、それにさえ国王は異を唱えたのだ。
「当たり前だ。貴族が平民風情と結婚するなど論外だ。ましてやそのために爵位を捨てるなど笑い者だ。臣下がそれでは国王としての示しがつかん」
と国王が言うと、マリア・ロゼは口角を上げた。その様子が国王の勘に触った。
「なにが可笑しい、ロゼ!?」
「いえ……もっともらしい言い分だと思って。はっきりおっしゃればよろしいのに……平民どうこうの問題ではなく、ルカの相手がルベルコルス一族だったから容認できなかったと」
「な……何を言うか!」
国王の顔に浮かんでいた怒りの色は、わずかに動揺と焦燥の色へと変わっていった。
「父上にお願いしますわ。『港町ソルティ』を……あのクレセント伯爵家の領地をヴィクトリアに返してくださいな」
「出来ぬ相談だ」
「そうですか。ならば仕方ありませんね。では父上、退位してください」
「マリア・ロゼ様、何を仰っておられるのですか?」
これまで事の成り行きを静かに見守っていた宰相のジュールが口を挟んだ。
「ジュール、下が……いや、退室しろ」
国王にそう命じられ、ジュールは一礼すると部屋を出て行こうとした。
「退室する必要はありませんわ。この際ですもの、宰相殿にも聞いていただきますわ。お父様とは長いお付き合いですものね、ジュール」
マリア・ロゼの底冷えのするような声音が、広大な私室に響き渡った。




