第33話 利用する者される者(後編)
王都ヴェリスに商会を構える『グランドール商会』は、長年東のローゼリアン王国の御用達をしている老舗の商会である。
商会主であり、父であるガード・グランドールに呼び出された三男のローマンは執務室の扉を開けた。
すでにガードに呼び出された、上の兄たち二人が雁首を揃えていた。
遅れて入って来たローマンがソファに座ると、ガードは重い口を開いた。
「お前たち、ルルベルの街にあるルベライト商会は知っているか?」
父の問いに長男と次男はお互いの顔を見渡す。
ガード三兄弟。残念ながら商才の欠片もない息子達だった。商人なら情報が何よりも大事であるが、彼等は自分たちの利権に胡坐をかくだけで、外の動きにはとんと疎い。
ガードは大きなため息をついた。
「今、東の社交界ですっかり噂になっているというのに、お前たちときたら……」
「父上、ルルベルというのはあの片田舎の街のことですよね? そこにあるレベライト商会、そんな商会がどうしたのですか?」
ローマンが言った。
「レベライトじゃない、ルベライト商会だ」
呆れたようにガードは言った。名前を言い間違えるとは、自分の話すらまともに聞いていないのは明白だった。
「その片田舎の街のルベライト商会にいる娘が、クレセント伯爵家の令嬢だったルカ嬢の娘だとかで、マリア・ロゼ様だけでなく、あの三夫人の心をつかんだという話だ」
ガード三兄弟は「そうなんだ」という顔で、ガードの話を聞いている。別にそれが何だというのだろうかと、彼等は別段気にもしていなかった。
「マリア・ロゼ様が、クレセント伯爵家の領地をその娘に返すという話をされたそうだ」
益々ガードの話が何なのか、三兄弟は理解に苦しんでいた。
「だから……それが?」
遂に長男であるフェルンが口にした。
「クレセント伯爵の領地は、この王都から一時間の港町ソルティだ」
「あぁ、あの何もない海しかないソルティですね。海が近いせいで作物もまともに育たないと聞き及んでますよ。そのせいでクレセント伯爵家は代々軍人の家系だったとか。そういえば先代の伯爵の娘は王宮騎士団で働いてたとか……女だてらにご令嬢が働くとは貧乏伯爵は大変ですね」
とローマンは得意気にベラベラと喋った。
ガードは眉間を揉んだ。言っていることは正しいところもあるが、大方違っている。
「ローマン……お前はクレセント伯爵家がただの貧乏伯爵だと思っているのか? あれはもっとも古い格式のある名門の伯爵家だ。それも王家の始祖であるシーサー様の代から仕えていたというほどのな。まぁ、そのせいもあって、現国王陛下にとっても目の上のたんこぶだったのかもしれんが……」
目の上のたんこぶだったから、現国王がクレセント伯爵家を取り潰したのだ。ガードはそう言いたげな口ぶりだったが、無論、それはあくまで彼の推測に過ぎない。本当の理由は、それだけではなかった。
「そして、そのソルティだ。お前は『何もない海しかない』と言ったがな……。確かに何もない。だがこの東のローゼリアン王国で唯一海に面した土地だ。もしあそこにまともな港が整備され、商圏が確立されたとしたらどうなる?」
ガードの冷徹な視線が、息子たちの顔を順になぞる。
「我がグレンドール商会が王都で築いてきた利権のすべてが、あの港から入る莫大な富と新しい流通に根こそぎ奪われる可能性すらあるのだ。……お前たちは、その危機感が微塵もわかっておらん」
悠長に構えていた三人の背中に、ようやく冷たいものが走り始めた。
「父上、考えすぎではありませんか? そんな壮大な計画が実行できるとは思えませんが」
次男カッサルが恐る恐る口を開く。
「お前たちはあの娘の噂すら耳に入っていなかったようだから気にもとめていなかっただろうがな。私は気になって、あの娘が王宮に上がった際に、遠目からその様子をこの目で確かめさせてもらった……」
ガードは立ち上がり、重厚な執務室の窓から王都の街並みを見下ろした。その背中には、老舗商会の頂点に君臨する男の底知れない猜疑心と、迫り来る脅威への焦りが渦巻いていた。




