第32話 利用する者される者(中編)
マリア・ロゼの私室でのお茶会にて、王都であるヴェリスと、ルベライト商会のあるルルベルの街までの距離の話になった。
その時、同席していたハワード大公夫人が、
「いっそのこと、王都に商会ごと来られたらどうですの?」
と、ウォレスにルベライト商会の移転を提案したのである。
ウォレスは苦笑いを浮かべながら、
「残念ながら、王都には私どものような商会が入る隙がありませんので」
と言った。
ウォレスは「隙」と表現したが、それは土地の話である。
王都ヴェリスには、王宮に出入りを許されている有力な貴族の屋敷が立ち並び、王宮御用達であるグランドール商会をはじめ、老舗の商会も軒を連ねている。新しい商会が入り込める余地など、ほとんど残されていない。
「王都であるヴェリスが駄目なら、港町ソルティはどうじゃ? ウォレス」
その言葉に、三夫人は一斉に上座に座るマリア・ロゼの方を見た。
『港町ソルティ』それは、かつてクレセント伯爵家の領地だった土地である。
王宮は、あのシニストラとヴォルフの王宮での事件を、表向き「なにもなかった」ことにする配慮をした。だが、空位になったクレセント伯爵の後継を国王は認めなかった。要するに、取り潰したのだ。
「ロゼ様、それは……」
流石のハワード大公夫人も絶句した。
「あの低能で汚い男がクレセント伯爵の後継者などになったのが、そもそもの間違いだ。他の王国では、女性でも1代限りとはいえ爵位と家を継いだ例がある。…本来ならルカが継いでもよかったはずだ。そしてルカの娘であるヴィクトリアが、それを継いでもよいはずだ!」
マリア・ロゼの毅然とした声が、私室の空気をピリリと引き締める。
「マリア・ロゼ様」
と、不意にヴィクトリアが言った。
「なんじゃあ」
「爵位は要らないです。今さら伯爵なんてものを背負わされても困ります。でも、あの土地は返してもらいたいです。だって、あの土地を代々守るのは、クレセントの血筋の者の宿命だから」
一瞬の間のあと、マリア・ロゼは豪快に笑った。
「そうか……爵位はいらぬか。土地を守るのは宿命だと申したな。わかった。その言葉、しかと受け止めたぞ、ヴィクトリア」
それはあくまでも、お茶会でのただの談笑に過ぎない。
三夫人もウォレスも、そう思っていた。
マリア・ロゼは次期女王とはいえ、いまだ一王女という立場に過ぎない。東のローゼリアン王国の政治的な実権を握っているわけではなく、王命を覆すような横やりを、一国の王女が実際に通せるはずがなかったからだ。
だが、お茶会を終えたマリア・ロゼは、本気だった。
なんとしても、ヴィクトリアにクレセント伯爵家の領地を返したい。そのための策を、彼女は考え始めていた。
彼女は、父である国王の弱みを知っている。それを切り札として使うべきなのか。
それとも――。
マリア・ロゼは、一人で思案するのだった。




