第26話 少女の大いなる野望
王宮からその書簡が届いたのは、噂が王都に広まってから一週間後のことだった。
ルベライト商会の執務室に届いた一通の封書。東の王国ローゼリアン、その王室を象徴する重厚な紋章が刻まれた封蝋を解いたウォレスの表情は、瞬く間に険しく曇った。
『ルベライト商会代表ウォレス・ルベライトならびにヴィクトリアは王宮の謁見に参上されたし』
それは、商売の付き合いを打診するような穏やかな招待状ではなかった。単なる夜会への招待でもない。謁見の間へ通せという、事実上の召喚状だ。
「これは面倒な事になった……マリア・ロゼ様がルカ・クレセントに情愛があったという噂は本当だったようだ」
ヴィクトリアを名指してきた以上、ヴィクトリアへの詮議であるのは明白だった。それがわかっているのに、王宮にノコノコと顔を出すわけにはいかなかった。
だが王命である。
どうしたものか考えあぐねた結果、ウォレスはヴォルフとヴィクトリアを執務室に呼んだ。
東の王国ローゼリアンへ呼び出された事をウォレスから聞いたヴォルフは、当然怒り狂った。
「なんだそれは! こんな子供を呼び出して! なにがしたいんだ!! そんなもの却下だ!」
その横でヴィクトリアはというと、しばらく何やら考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「ウォレスのおじちゃん……王宮にはいつ行くことになっているの?」
「いつという期日指定はないな……どうやらこちらの返事待ちのようだ」
「なら……一ヶ月後の9月23日に伺うと返事を書いてくださいな」
「何を言ってるんだヴィクトリア!! 行く必要等ないぞ!!!」
「おっちゃんは少し黙って。行く必要がないかどうかなんて事はおっちゃんが決めることじゃないでしょ? これは王命だよ」
「だったら仮病でもなんでも使って」
「今回はそれで通るかもしれないけど……次がきたときもそれがまかり通るの? そうだよね、ウォレスのおじちゃん」
ウォレスは表情を緩めた。
ヴィクトリアの言うとおりだった。一度背けば「王命を拒絶した」という大義名分を相手に与えることになる。仮病などという子供騙しは、王宮という巨大な権力機構の前では、ただの火に油を注ぐ行為に過ぎなかった。
「ウォレスのおじちゃん。この際だから、王宮の馬車で向かいに来てもらうようにお手紙に書いてくださいな。それでないとヴィクトリアが行かないとごねていると、書き加えてくださいね」
これには流石のウォレスが難色を示した。
「ヴィクトリア、それは……。そんな要求をすれば、こちらが主導権を握っているという姿勢をより強調することになる。向こうがこの要求を飲めば、私たちは『王家がわざわざ迎えをよこした商会』という格を手に入れることになるが、もし不興を買えば……」
「ウォレスのおじちゃん。昨今の治安の悪化を理由にすれば、不興を買うことはないと思う。王家の紋章入りの馬車を襲う馬鹿はこの大陸探してもさすがにいないはずだもん。これが一番安全な移動手段だと書けば、王家だって悪い気はしないはず…だって私達は王家の呼び出しに応じるお客様だよ、それくらいしてもバチは当たらないと思うの」
ヴィクトリアの論理的な畳みかけに、ウォレスは言葉に詰まった。
「……なるほど。治安維持を口実にするか」
ウォレスは肩をすくめながらも、その瞳には感嘆の色が浮かんだ。彼女の言う通り、王家の馬車を襲うような輩はいない。それを「安全確保のため」と主張すれば、王宮側も「民を守る義務」という大義名分を背負うことになる。拒絶すれば王室が民の安全を軽視したことになり、受け入れればルベライト商会を丁重に扱うという確実なサインになる。
「降参だ。君の言う通りにしよう。治安上の懸念……王室の威光を頼る……これなら、宰相たちも断る理由は見当たらないはずだ」
執務室にカリカリとペンが走る音が響く。
数週間後に届いたローゼリアン王国からの返事には、ヴィクトリアの思惑通り、要求通りの丁重な了承と、王家の馬車の手配が記されていた。
9月23日。ルベライトの名を背負い、彼女は因縁の地へと歩を進める。
――王宮という名の、最大の獲物を食らうために。




