第24話 父の立場、子の立場(後編)
翌朝、ヴォルフは二日酔いの頭を抱えながら姿を現した。
酒一杯で酔うのに、昨日の晩に散々酒を浴びたのだ。自分が全く蚊帳の外だった事と、父としての立場がないのが面白くなかったのだ。
そんな様子をみて、ますますアイラは呆れたように言った。
「ヴォルフ…あんた何をやってるんだい…今日は馬車に乗るんだよ、そんな二日酔いの体で帰れるのかい?」
更にヴィクトリアは非情だった。
「アイラ叔母ちゃん、おっちゃんは置いて行きます。レニードさんと私でルベライト商会に帰ります。だからしばらくおっちゃんのお世話をよろしくお願いします」
娘の残酷なまでの宣言に、ヴォルフは目を瞬かせた。
自分一人置いていかれたのではたまったもんではない。彼は藁にもすがる思いで、横に控えていたレニードを振り返った。
「おい、レニード?」
「はい?」
「……お前、なんか言ってやってくれよ。このチビスケに、親に向かって何たる口の利き方だって」
ヴォルフの切実な訴えに、レニードは眉一つ動かさず、淡々と返した。
「……親父様、自業自得では?」
ヴォルフは絶句し、肩を震わせた。
こうしてヴォルフ一人をクレミス村に置き去りにして、二人はルベライト商会に帰っていったのだ。
残されたヴォルフは、二日酔いが抜けるまでの間、アイラの家で三日間を過ごした。誰に慰められるでもなく、ただ天井を見上げては「おっちゃん」だの「自業自得」だのという言葉を思い出し、勝手に落ち込んでいた。
ようやく酒が抜けたヴォルフを送るために、アイラは自ら手綱を握り、荷馬車を出した。
ウォレスが用意してくれた馬車は二台。
葬儀が終わったその日のうちに、マーサ、グレゴリウス14世、ニコラが一台目の馬車で帰り、翌日にはヴィクトリアとレニードが二台目の馬車で帰ってしまった。
クレミス村に人を乗せるための馬車などという上等なものはなく、あるのはただの荷馬車だけだった。
二日酔いで置き去りにされた上に姉に荷馬車で送ってもらうという失態。
更にヴォルフをへこましたのはウォレスの執務室である。
ウォレスの隣に、ちんまりと鎮座してヴィクトリアが座っていたのだ。すでにこの部屋にすっかり馴染んだ様子だった。
彼女は執務室に入って来たヴォルフを見るなり、
「おかえりおっちゃん、二日酔いは直ったの?」
「おっちゃん呼びするな!このチビスケ」
「チビスケとか言うな!おっちゃん」
「2人ともやめなさい!もう」
アイラは頭を抱えた。
ウォレスはそんな2人の会話を口元を緩めながら見ていたが、すぐに真剣な眼差しに戻した。
「さて、ヴォルフ。どうする?私は君の身元保証人だが、君はここで働くのか?」
「当然です。流石にもう傭兵の仕事すらできないと思うので……」
「そうか……じゃあ明日からレニードと一緒に仕事をしてもらう事にする」
「レニードもここで仕事を」
「そうだ、今倉庫の仕事をしている」
「それならワシも明日からと言わず、今日から仕事をする」
クレミス村から帰宅したばかりのヴォルフの勢いに、ウォレスは一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を緩めた。
「……ルースを呼んでくる」
ルースを呼ぼうとしたウォレスを遮るように、ヴィクトリアが口を開いた。
「ウォレスのおじちゃん、ルースさん呼ばなくてもいいよ。私が倉庫まで案内してくる」
彼女は軽やかに椅子から降りると、ヴォルフの前を先に歩いて行った。その後を意気揚々とついていくヴォルフ。
数分後。執務室でアイラと談笑していたウォレスの耳に、けたたましい足音が飛び込んできた。駆け込んできたのは、顔面蒼白のレニードだった。
「親父様が……倉庫の荷を、端から全部ぶちまけました!!」
大慌てで倉庫に向かったウォレスとアイラが見たものは、荷崩れの山に埋もれて四肢をバタつかせるヴォルフと、その前で呆れたような顔で腕組みをしているヴィクトリアの姿だった。
商会で働く者たち総動員で、倉庫の荷崩れの山から助け出されたヴォルフは、執務室のソファでぐったりと横たわっていた。
「ウォレスのおじさん。ここ間違ってると思う」
「どれどれ」
「仕入れの数と合計金額が合ってない」
執務室でヴィクトリアがウォレスの横で遊んでいるものだとばかり思っていたヴォルフは、目を白黒させる。
「姉さん、チビスケは一体何をやってるんだ」
「何って、帳簿のチェックだろ」
「いや、だからなんで子供が仕事?!……それも帳簿のチェックなんて仕事を任されてるんだ!!」
「聞こえてるよ!おっちゃん」
ヴィクトリアは帳簿に視線を落したまま、不機嫌そうに言った。
「だから、前にも言っただろ?ヴォルフ。あの子は神獣オルティス様が名前をつけた、6月の女神様の加護持ちだ。子供だからって侮るんじゃないよって」
「いや…それでもおかしいだろ?……なんでだ!」
ヴォルフが何を言おうが、これが現実だった。荷崩れの山を作った自分よりも、6歳の娘の方が商会の役に立っている。そしてウォレスも、それを当然のように受け入れていた。
ウォレスとの話を終えて、アイラはクレミス村に帰る事になった。もとより長居するつもりはなく、ヴォルフの様子を見届けたら発つつもりだったのだ。思わぬ長居になってしまったが。
「まぁせいぜい頑張りな!じゃないとあんたどんどん父親の立場ってもんがなくなるよ。それどころか商会での立場も危ういけど……」
アイラは、見送りに来たヴォルフにそう言い残して帰っていった。
その言葉は冗談では済まなかった。
ヴォルフが商会主となるのは、まだ随分先の話であるが、ウォレスからルベライト商会を譲り受け、立場上はヴォルフが商会主となる日がやって来る。
だが商会を動かしているのは、誰がどう見てもヴィクトリアなのである。
彼には、商会での立場も父親としての立場も、微妙なままの未来が待っているのだった。




