第15話神は裁かないが悪事には鉄槌がくだる後編
あまりにも冷酷なヴォルフの鉄槌に、傍らにいた従者のガイは茫然自失となり、動くことさえできなかった。ようやく我に返った時には、すでに主は虫の息であった。
「だ……誰か!」
這々の体でシニストラの私室を飛び出したガイは、廊下で立ちはだかる人物と激しく衝突した。それが誰であるのかを確認する余裕すらなかった。
ガイとぶつかった人物は室内へ足を踏み入れると、床に転がっているシニストラを一瞥した。
そして銀の燭台を手にすると、迷うことなくその重厚な塊を、シニストラの頭めがけて振り下ろした。
やがて、ガイの通報を受けた王宮警護隊が駆けつけた先で見たのは、すでに事切れたシニストラと、その傍らに佇む二人の姿だった。
拳から血を滴らせるヴォルフと、返り血で赤く染まったドレスを纏うマリア・ロゼ。
警護隊がヴォルフを連行しようと動いたその時、マリア・ロゼの声が低く響いた。
「お前達に問う。最初に殴った者と最後に殴った者、どちらに罪がある?」
「それは……我々には分かりかねます」
「そうか。ならばわらわも捕縛せよ。わらわがその床に転がる人間もどきに、トドメを刺したのだからな」
その宣告に、部屋の空気が凍りついた。隊長が困惑のあまり言い淀む中、ヴォルフが唸るように声を上げた。
「おい……その男をやったのは俺だ。横にいる女は関係がない。連れて行くなら、さっさと俺を連れて行け」
「いきがるな! この無粋で礼儀知らずの大男が!」
マリア・ロゼは怒気を孕んだ声で切り捨てると、ヴォルフを射抜くような眼差しで見据えた。
「このままお前は、そこの蛆虫のせいで死ぬつもりか……つまらぬのぅ。殺す価値もない下衆のために己の命が消えていく。こんな愚かな自己犠牲がどこにある」
「なにィ」
「勘違いするなよ、ヴォルフ。お前のためにわらわはトドメを差したのではない。どうしてもわらわは許せなかったのだ。我が親友であるルカを、人間扱いせずに家畜か何かのように扱ったその男に……! 神が裁かないなら、わらわが鉄槌を下した。それだけの事だ」
騒ぎを聞きつけ、貴族たちがシニストラの私室の前に群がり始めた。その人波を割って現れたのは、長年宰相として王家を支えているオズワルド・ド・ジュールであった。
彼は警護隊長を呼び寄せると、耳元で短く事情を問う。隊長からかいつまんだ報告を受けると、ジュールは僅かに眉をひそめたが、すぐに完璧な無表情を取り戻して状況を掌握した。
「……王女殿下、それにそちらのお方も。少々、興が過ぎたようですな」
宰相は警護隊たちを軽く手で制し、周囲の貴族たちへ冷たい視線を向けた。
「皆のもの、下がれ。これは王宮内で起きた、さる重要案件である。これ以上この場に留まる者、またはこのことを表立って喋る者はそれ相応の処分を下す。心されるが良い!」
貴族たちが恐れをなして退散するのを見届けると、ジュールは警護隊を促した。
「二人を別の個室へ丁重に移動させよ。血の匂いのする、この場では話にならぬ」
「宰相、わらわを捕縛せよと言ったはずだ」
マリア・ロゼの鋭い抗議に対し、ジュールは二人だけに聞こえる低い声で囁いた。
「殿下、貴方を罪人として捕らえるかどうかは、これから話を聞いてからです。しかし……貴方を罪人として捕らえる者が、この国には存在するでしょうか? それを分かってらしたからこそ……貴方は……」
マリア・ロゼは東の王国ローゼリアンの王女というだけではない。王太女――次代の女王として定められた存在だ。
その彼女を裁ける者がいるとすれば、国王か司祭のみである。
ジュールはため息交じりに続けた。
「お二方とも……貴方がたがあの男に制裁を加えたことで、誰かの心が救われましたかな?」
その言葉に、マリア・ロゼの瞳から激情の炎がスッと引いた。
ヴォルフは黙ったまま、自身の血に汚れた拳を握りしめ、宰相の指示に従い歩き出した。




