表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/21

第11話アレクが憧れた赤髪の双剣使い

七年間に及んだ戦争がようやく終結した後、シオス村に戻ってきたのは「平和」ではなく、深い絶望だった。


かつて村を活気づけていた男たちの多くは戦地から戻らず、帰還した者たちも手足を失うか、あるいは心を壊して廃人となっていた。


アレクの父ギルバートは戦地から戻って来なかった。父の顔も声も知らないまま、アレクは六歳になっていた。


村では毎日のように、マルスの家から怒号と破壊音が響いていた。

マルスの父は生きて帰ってきたが、酒に溺れ、家族に暴力を振るい続けていた。村長が何度も止めに入るが、荒んだ男の心はもう誰にも治せなかった。


「親父なんて、あの戦争で死ねばよかったんだ!」

広場でマルスが吐き捨てたその言葉に、アレクの胸の奥を冷たい風が吹き抜けた。

「……マルス。でも、僕はうらやましいよ」

マルスは驚いて、アレクを睨みつけた。

「何がうらやましいんだよ、アレク」


アレクは答えることができなかった。自分には父はいない。どんなにひどい父親でも、それはそこに「父」として存在する。毎日のように荒れる父親を見てきたマルスに、父のいないアレクのこの心の寂しさは、到底わかるはずもなかった。


マルスが去った後、静まり返った広場で、アレクは仰ぎ見る空へと手を伸ばした。

「お父さん……」

母には聞かせられない。だが心の中で何度も何度もそう呼んでいた言葉を、彼は初めて喉から絞り出した。


狂おしいほどに父というものが恋しかった。


ある夜、強盗たちの影が村を包み込む。

彼らは家々を荒らし、金目の物を物色したが、村は既に極限まで困窮しており、奪えるような富などどこにはなかった。苛立ちを募らせた彼らは、やがてその毒牙を村人たちへと向けた。


「金もねえのか。……なら、見目のいい女と子供をさらうぞ。これなら売れば小銭にはなる」

彼らは食料を奪うだけでなく、若く美しい娘や、アレクの母までも強引に引きずり回し、連れ去ろうとした。


「母さんの手を離せ!」

アレクは母を引きずる男の腕に必死で噛みついた。しかし、幼いアレクの力では敵うはずもなく、無情にも振り払われ、地面に叩きつけられる。男たちは倒れたアレクを容赦なく踏みつけた。


「だ……誰か! 助けて!」

母の悲痛な叫びが夜空に響く。しかし、村の大人たちは皆、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。傷つき、弱り果てた父親たちには、武器を取り、強盗に立ち向かう気力など残されていなかった。誰もがその悲惨な現実を理解しながらも、自分の身を守るだけで精一杯で、ただ唇を噛みしめることしかできなかったのだ。


絶望が村を支配した、その時だった。

「ぐあっ!」

闇を切り裂くような鈍い悲鳴とともに、男の一人が地面に転がった。そこに立っていたのは、月明かりを纏った赤髪の男だった。両手には、二本の剣が握られ、鋭い光を放っている。


「後ろからとは卑怯だぞ!」

「……寄ってたかって子供を踏みつけるようなヤカラに、卑怯者と言われたくはないな」

男は肩をすくめて嗤った。その瞳には、獣のような鋭い光が宿っていた。


男は一歩、踏み込む。

それは戦いというよりも、荒々しくも美しい舞であった。二本の剣は流れるように強盗たちの攻撃をいなし、その隙を縫って急所を叩く。男の剣技の前に、強盗たちは次々と地面を這うことになった。


アレクは母の腕の中で、痛みを超えた意識でその光景を目に焼き付けていた。

「(なんて、強いんだ……)」


「……覚えていろ!」

強盗の一人が呻きながら逃げ去るのを、男は追いかけもしなかった。

「生憎だが、覚えが悪いんでな」


「オヤジ様!」

夜の闇から現れた若い男の声。

彼は周囲を見渡すと、「どうやら私の出番はなかったようですね」

「まだまだワシの腕は鈍っちゃあいねぇぞ、レニード。お前の出番等用意されてない!」

赤髪の男は誇らしげに、しかしどこか虚無的に胸を張った。


赤髪の男は腰をかがめると母の腕の中のアレクを見た。

「無茶をするな、坊主。大丈夫か?」

覗き込んだその瞳には、燃えるような炎を宿していながら、どこか言いようのない悲しみが同居していた。


「おい!あんた一体何者だ」

村の長老の問いかけにも答えず、男は立ち上がり、静かに去ろうとする。


「待ってください! せめてお名前だけでも!」

母の叫びに、男は振り返ることなく言い放った。

「名乗るほどの名前でもない……」


そうして二人は、夜の闇へと消えていった。

アレクは母の腕の中で、遠ざかる赤髪の背中をいつまでも追い続けていた。

その背中が闇に溶けて見えなくなっても、アレクの心の中には、英雄の残像が消えることはなかった。

「(いつか……いつか僕も、あんな風に。あんな風に、誰かを守れる強さが欲しい)」


アレクの小さな胸に、二本の剣を操る赤髪の男への憧れと、何よりも強い決意が宿った。

それは英雄としての憧れだけではない。

アレクは彼の中に父というものを重ねたのだ。


数年後、アレクは憧れ続けたこの英雄と再会する。

だがこの時の彼はまだ知らなかった。


この男が、誰よりも強く、誰よりも不器用な父親であることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ