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世界は最適化される。だから俺は、全員を残す  作者:
最適化世界の観測記録
3/37

選べ


 『選べ』

 消えない。

 瞬きしても、そこにある。

 「……誰を」

 喉が乾く。

 隣に、結衣がいる。

 無事なまま。

 「れん? 顔、白いよ」

 声が近い。

 その“普通”が、逆に怖い。


 ――もう戻らない。

 さっき倒れたクラスメイト。

 顔は思い出せるのに、名前だけが抜け落ちている。

 穴みたいに。

「……選ばない」

 言い切る。

 一拍。

 空気が、わずかに歪む。

 『未選択』

 黒板が応える。

 『調整開始』

 嫌な予感が、遅れて確信になる。

 「やめろ」

 振り向く。

 結衣の輪郭が、薄い。

 光に透けるみたいに。

 「……れん?」

 手を伸ばす。

 触れる。温度はある。

 でも、重さがない。

 『均衡維持』

 『自動補正』

 結衣が、さらに薄くなる。

 声が遠い。

 顔が、思い出せなくなる。


 


 ――だめだ。


 


 これは、


 


 絶対にだめだ。


 


 理解する。

 選ばなければ、結衣が消える。

 いて、あたりまえだと思っていた、結衣が。

 息を吸う。

 浅い。

 逃げ場は、ない。

 「……俺が決める」

 黒板が静かになる。

 待っている。

 選択を。

 視界に、クラスの光景が重なる。

 机。椅子。窓際。廊下側。

 顔が並ぶ。

 名前が、頭に浮かぶ。

 値札みたいに。

 「……ふざけんな」

 誰か一人を選ぶ。

 それは、そいつを世界から外すことだ。

 痕跡ごと。

 「れん」

 後ろから、結衣。

 振り向かない。

 揺らぐから。

 前だけを見る。

 「……ごめん」

 誰に言っているのか分からない。

 チョークを握る。

 指先が冷える。

 重い。

 ただの白い棒が、やけに重い。


 


 ――決めろ。


 


 頭の奥で、声。

 さっき倒れていた、あいつ。

 顔はある。

 名前が、もう出てこない。

 薄れている。

 このままでも、消える。


 


 なら。


 


 「……これでいい」


 


 息を吐く。

 チョークが動く。

 黒板に、線を引く。

 『――』


 


 その瞬間。


 


 音が、切れた。


 


 風が止まる。


 光が止まる。


 


 そして。


 


 “穴”が、埋まる。


 


 ぴたり、と。


 


 最初からそうだったみたいに。


 


 チョークが落ちる。


 乾いた音。


 時間が戻る。


 「れん?」


 結衣の声。


 振り向く。


 いる。


 はっきりと。


 さっきより、くっきりと。


 「大丈夫?」


 何も知らない顔で。


 「……ああ」


 喉がうまく動かない。


 それでも、頷く。


 視界の端で、黒板が更新される。


 『選択確認』

 『最適化完了』

 『――観測継続』


 胸の奥が、鈍く痛む。


 終わっていない。


 続く。


 結衣が首を傾げる。


 「ねえ、れん」


 距離が近い。


 目が、まっすぐこちらを見る。


 


 「どうして、泣いてるの?」


 


 指で触れる。


 頬が濡れている。


 知らなかった。


 理由も、分からない。


 


 ただ。


 


 名前のない“誰か”が、


 


 確かに、そこにいたことだけが残る。


 


 思い出せないまま。


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