選べ
『選べ』
消えない。
瞬きしても、そこにある。
「……誰を」
喉が乾く。
隣に、結衣がいる。
無事なまま。
「れん? 顔、白いよ」
声が近い。
その“普通”が、逆に怖い。
――もう戻らない。
さっき倒れたクラスメイト。
顔は思い出せるのに、名前だけが抜け落ちている。
穴みたいに。
「……選ばない」
言い切る。
一拍。
空気が、わずかに歪む。
『未選択』
黒板が応える。
『調整開始』
嫌な予感が、遅れて確信になる。
「やめろ」
振り向く。
結衣の輪郭が、薄い。
光に透けるみたいに。
「……れん?」
手を伸ばす。
触れる。温度はある。
でも、重さがない。
『均衡維持』
『自動補正』
結衣が、さらに薄くなる。
声が遠い。
顔が、思い出せなくなる。
――だめだ。
これは、
絶対にだめだ。
理解する。
選ばなければ、結衣が消える。
いて、あたりまえだと思っていた、結衣が。
息を吸う。
浅い。
逃げ場は、ない。
「……俺が決める」
黒板が静かになる。
待っている。
選択を。
視界に、クラスの光景が重なる。
机。椅子。窓際。廊下側。
顔が並ぶ。
名前が、頭に浮かぶ。
値札みたいに。
「……ふざけんな」
誰か一人を選ぶ。
それは、そいつを世界から外すことだ。
痕跡ごと。
「れん」
後ろから、結衣。
振り向かない。
揺らぐから。
前だけを見る。
「……ごめん」
誰に言っているのか分からない。
チョークを握る。
指先が冷える。
重い。
ただの白い棒が、やけに重い。
――決めろ。
頭の奥で、声。
さっき倒れていた、あいつ。
顔はある。
名前が、もう出てこない。
薄れている。
このままでも、消える。
なら。
「……これでいい」
息を吐く。
チョークが動く。
黒板に、線を引く。
『――』
その瞬間。
音が、切れた。
風が止まる。
光が止まる。
そして。
“穴”が、埋まる。
ぴたり、と。
最初からそうだったみたいに。
チョークが落ちる。
乾いた音。
時間が戻る。
「れん?」
結衣の声。
振り向く。
いる。
はっきりと。
さっきより、くっきりと。
「大丈夫?」
何も知らない顔で。
「……ああ」
喉がうまく動かない。
それでも、頷く。
視界の端で、黒板が更新される。
『選択確認』
『最適化完了』
『――観測継続』
胸の奥が、鈍く痛む。
終わっていない。
続く。
結衣が首を傾げる。
「ねえ、れん」
距離が近い。
目が、まっすぐこちらを見る。
「どうして、泣いてるの?」
指で触れる。
頬が濡れている。
知らなかった。
理由も、分からない。
ただ。
名前のない“誰か”が、
確かに、そこにいたことだけが残る。
思い出せないまま。




