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ゴミを捨てたならば叱るところだが、なずなの舐めた棒なのだからゴミではない。

更新ペースを著しく落として継続するかもしれません。風向き次第です。

 「ハルちゃんはすごいのよ」

 夏になった。空調の類はないものの、風鈴の音と畳のおかげで、外にいるよりは居心地は良い。

 「昔から、助けられてばかりだわ。頭が上がらないし、足向けて寝られないくらい」

 葵は胸のあたりまで伸ばした髪を、低い位置でふたつに結んで、涼しげに笑う。薄いブラウスと紺色のプリーツスカートが、その白い肌を際立たせる。長い手足は、こうして座卓を囲む折には幾分邪魔くさく見えるほどで、陶器のように滑らかな脚を前方に投げ出していた。

 「何を言っても、水族館は売らんぞ」

 「ひどいわ、ハルちゃん!」

 中国の街を題材にしたディスカッションゲームの一種だが、島ではこの手のゲームは出来なかった。魔法のAIもディスカッションは出来ないし、そうすると遊び相手が葵くらいしかいなかったが、頭を使うゲームでは、葵では遊び相手にならなかったためだ。

 「葵さん、私の点心屋さんをあげますよ。葵さんは土地だけくれればいいです」

 なずなは夏には着物を着ないのだという。暑いからだ。灰色の縦縞のワンピースは新鮮で、街一番のなずなファンを自称してはばからないおれと葵は、夏の到来と共に垂涎を禁じ得なかった。妖精のような愛くるしさと涼しげな出で立ちを両立しながら、それでも長い睫毛には汗の雫が乗る。

 「え、本当! ありがとう、なずな!」

 「バカ、そこ譲るな!」

 「バカとはご挨拶ね、ハルちゃん。賢い女は強かに生きるのよ。土地を売ってお店が手に入るなら安いものだわ」

 「工場合体しました。葵さんがバカで本当によかったです!」

 「あれ……、ご挨拶ね、なずな……」

 アッと短く叫んで、葵はおれの胸ぐらを掴んで揺すった。

 「ハルちゃん、なずなが私の土地を取ったの!」

 取ってませんとなずな。

 「お前が売ったんだろ! バカだから売ったんだろ!」

 そうですよとなずな。

 「取り返して! ハルちゃん取り返してよ!」

 「無理だよ! バカだな!」

 「いやァ! 取り返して! 金でしょ! いくら欲しいの!」

 「お前、ゲームの中でも外でも無一文だろうが!」

 すらりと襖が開いて、姿を現したのは如月である。この世界唯一の本物の占い師は、季節感など皆無のゴシックロリータである。いくらか生地が薄いかもしれない程度の違いしかわからないが、本人にしてみればずいぶん違うそうだ。鈍く陽光を反射する黒いツノの存在感は健在で、紅茶のような髪との取り合わせは、美しくも妖しくもある。大きな赤い瞳に一瞬宿っていたように見えた意志は、おれたちと眼が合った途端に消え失せ、平生の儚さを取り戻す。

 「どうした、如月」

 「如月も一緒にやる? よくわからないけど、商人ごっこみたいで楽しいわよ」

 「いえ……、あの……」

 その目はしばらく右往左往して、やがて伏せられ、目の周囲と耳を真っ赤にした顔の前に、ほっそりとした人差し指が添えられる。

 「シィー……」

 「お客さんですか?」

 なずなの問いに、如月は頷きを返した。

 「……偉い人だから……」

 「なんだと。客が偉くなければこうして隣で騒いでてもいいのか」

 「だめよ、如月。ハルちゃんは言われのない差別が嫌いなの。ユニークだから」

 「それは関係ないだろ!」

 「怒ったの、ハルちゃん。ああ、ユニークは余裕がなくて嫌だわ」

 「生かしておけん」

 泣き出しそうな顔をする如月に気付いたなずなが、葵とおれの頭を一度ずつ小突いて、メッと言う。

 「如月さんを困らせたら、私たちは宿なしですよ。私、現代っ子だから、野宿は嫌です。農家は身体が資本です」

 農家と言われれば、おれも農家だ。そうかとひとつ心に刻む。農家は身体が資本なのだ。

 葵のお下げを放して、おれは如月に向き直る。

 「すまなかったな、如月。お前だって、仕事の時くらい、厳かな感じを出したいよな」

 如月は艶やかな髪を手ぐしで梳いて、いや、だの、その、だの、ごにょごにょ言った。

 占いの内容そのものにどうも締まりがないから、どう足掻いても厳かな感じは出せないのだが、今、それを言うべきでないことはおれにもわかる。如月自身、気にしている様子もあった。

 「……少し、お出かけしててください。迎えに行きますから」

 なずなとおれは、渋々顏の葵を引きずって外に出ることにした。


 「如月さん、最近、少しおしゃべりになりましたね」

 空き地で子供のように土管に腰掛けて、なずなはアイスを舐める。

 「そうかな。おれには相変わらずだけど」

 「ああ、春太さんのことは嫌いみたいですから」

 「えっ!」

 なずなは何でもない顔をして、おれを見る。葵を見てみるが、冷や汗なのか暑いのか、頬に雫を滲ませて、絶対に眼を合わせてくれないつもりらしい。

 「凹むな」

 「でも、困りましたね」

 アイスの尻を吸いながら言う。

 「もう宿を取るお金はありませんし、本当に嫌われたら、どうしようありません」

 宿に払っていた宿泊費は、すでに底をついていた。それでもしばらくは暮らしていたが、すぐに本当の本当に無一文になってしまった。

 最初に頼ったのはシャルロッテだった。教会に住み込みで神官を務めるシャルロッテは、稀代の寂しがり屋である。上手いこと垂らし込めれば、教会に住まわせてくれ、あわよくば食事の面倒も見てくれるだろうと目論んでいたのだが、無論、そう上手くはいかなかった。なんでも小難しい規定があって、教会に一般の人間を寝泊まりさせることは出来ないのだそうだ。それでも、数日は無理を通して泊めてくれたのだから文句は言うまい。ありがとう、シャルロッテ。銀髪の天使。

 日に日に痩せ細るなずなを見かねて、おれと葵は恥を忍んで如月を頼った。最初は遠回しに渋っていた如月も、五時間にも及ぶおれの必死の説得に折れてくれた。

 かくしておれたちは、三食風呂付き一戸建て、ツノの生えた美人まで付いた無料の宿を手にしたのである。

 「宿はともかく、食事はなんとかしないとまずいわよね。これじゃあ、まるっきりヒモだわ、私たち」

 「そうだな、あまり心持ちがよくはないよな」

 「でも、如月さん、嘘みたいにお金持ちですよ」

 なずなは舐め終わったアイスの棒を、土管の中に放り込んだ。ゴミを捨てたならば叱るところだが、なずなの舐めた棒なのだからゴミではない。

 「そうなのよ。ごはんがおいしすぎて、私ちょっと太ったかもしれないわ」

 だから、食事は自分たちで用意しようと言う。

 「おれたちは、ふたりは農家だけど……、心は討伐兵なんだから、魔物を倒して金策するのが王道だよな」

 「でも、死にますもんね」

 重い沈黙。蘇生代は高いのだ。聞けば、蘇生のために使う魔石が高いのだそうで、原価率は100%に近いという。こればかりは負からない。そうでなくとも、死ぬのは嫌だ。痛いし、文字通り肝が冷える。

 「農業はどうなの? ハルちゃんはともかく、なずなは本職じゃない」

 「稼ぎが出るまで時間がかかる仕事ですから、この状況では……。それに、私、虫がダメなんです」

 自然と、視線がおれに集まる。いくらおれを見ても、金の稼ぎ方なんて知らないのだから仕方がない。

 「やっぱり竜王ですよ」

 なずなが強い意志を込めた瞳で言う。

 「リンドブルムの洞窟を観光地にして、入場料を取りましょう。ひとり二千円取っても、良心的だって言われるはずです。子供は千円で」

 「竜王を倒したことは内緒にしなきゃダメって言われたから、無理ね」

 「じゃあ、春太さんと葵さんが騒ぎを起こして、私が解決してお金をもらうとか」

 「それは犯罪だ」

 すでに確定しているらしい配役に、なずなの性根が出ているので笑えない。

 「じゃあ、ネズミ講」

 「どうして放っておくと出来るだけ悪いことをしようとするんだよ……」

 なずなが柔らかそうな頬を膨らませて、それなら何か代案を出せと言う。もっともだが、そう簡単には考えつかないからこんな状況になっているのだ。

 葵は飽きたのか、寄ってきた猫の喉をこしょこしょと撫で、金の話にはすっかり興味をなくしていた。

 葵の親父さんから、例の三人組の討伐兵にバックれられて金がないとの手紙を受け取っているのだから、いちばん早く金を得る必要があるのは、葵のはずなのだが、当人はとにかく猫に夢中でそれどころではない。もっとも、バックれられたのだって、法外な宿賃が原因に違いないのだから、そうそう同情ばかりもしていられないのが実際のところである。

 「結局、しばらくは討伐依頼を受けながら、如月の機嫌を取って生きていくしかないな」

 「そうですね」

 なずなには苦労をかけるが、泣くほど入りたかったパーティなのだから、耐えてもらうほかない。当パーティは自他共に認めるブラック企業なのだ。

 「ハルちゃん」

 葵を見ると、やせ細った三毛猫を、我が物顔で抱き上げていた。

 「飼っちゃだめかしら」

 「話聞けよ。前に怒られただろ」

 「前のは犬よ」

 「如月は犬じゃなくて動物が苦手なんだよ」

 なずなは寄って猫を撫でると、ひとつ頷いた。

 「猫は吠えないから、バレませんよ」

 「そもそも人ん家で飼うな」

 

 討伐依頼。

 討伐軍の管理する掲示板には、やれあの魔物を倒してくれの、やれこの魔物を追い払ってくれのと、ひっきりなしに依頼が貼り付けられる。その依頼を果たして報告すれば、依頼ごとに設定されている報酬が手に入る。討伐した魔物はレベルカードに記録されるので、報告するのに魔物の首を持っていくなんて必要はないそうだ。

 「なるべくヤバい依頼を受けよう。誰にも達成出来なさそうなやつ」

 「また言ってるわ。そう言って何回死んだと思ってるのよ。お金がないのって、ハルちゃんのせいなんだからね」

 「おれしか死んでないんだから、もう許してほしい」

 「許さない。私、餓死なんて嫌だもの」

 「私だって、こないだのクラーケン討伐のときに死にかけてますし」

 「おれのなずなには触手一本触れさせないさ」

 「失礼な。春太さんのじゃありません」

 竜王を倒してからこっち、おれはすっかり戦闘に魅せられてしまった。最小の戦力で強大な敵に華麗に勝利する快感を自覚してしまったのである。そのため、その後は積極的に依頼を受けた。しかし、その悉くに失敗し、そのうち三回は死んだ。その結果、現在、百万近い借金を抱えている。

 「船で倒したレッサークラーケンは楽勝だったのにな」

 「楽勝じゃなかったと思うけど」

 作戦は上手くいかないことが多かった。念入りに習性を調べて、行動の予測を立ててから挑むのだが、魔物はなかなか上手く動かない。例えば最近だと、クラーケンが唐辛子の痛みに怯まなかったり、ゴーレムが熱や光に反応しなくなっていたり。魔物の生態には謎が多い。

 「とにかく、まずは手堅く行きましょう。モノバットの群れなんて二万円ですから、きっと楽勝ですよ」

 モノバットは、単眼のコウモリだ。危険が少なく、ある程度人語を解するので、ミスティックがよく使い魔にして使役する。母ちゃんも使っている、人気の魔物である。

 「私、運動量の多くなりそうな依頼がいいわ」

 「仕事とダイエットは分けて考えろよ!」

 「でも、見て、ハルちゃん! さすがに軽くヤバいの!」

 「街で運動しろよ!」

 二の腕をつまんで見せる葵を無視して、なずなは葵のポケットからレベルカードを取り上げると、依頼の受託手続きを済ませに行った。


 依頼の内容は次の通りであった。

 モノバットの群れが近隣の畑や牧場を荒らしていて、困っている。家畜や果物の被害は、とても看過できるものではないので、討伐を頼みたい……。

 単純明快。モノバットなどというのは、ミスティックが一人いれば、何体で群れても問題なく撃破できる程度の魔物であるから、報酬も二万円の安さを誇る。魔物の討伐とはいえ、ほとんど害獣駆除の依頼だ。

 危険はない。なずなでさえ、石を投げて撃破したことがあるのだから。

 「まずはモノバットの情報を集めよう。弱点が知りたい。さすがに、殺されることはないと思うけど、おれたちにも決定打がないのでは依頼が達成できないから」

 酒場のテーブルには何も載っていない。ジャガイモひとつ頼む金もないのだ。

 「も、モノバット相手にも作戦が必要なんですか」

 「必要だ。おれたちは間違いなく、世界最弱の討伐兵だ。その自覚を持て」

 「農家でしょ」

 葵は無関係な顔で頬杖を突いている。世界最弱のミスティックは、それすら画になる美貌であった。

 「まずは各々、情報を集めて来よう。二十分後、このテーブルに集合」

 誰も納得していない顔で、ノロノロとおれたちは動き出した。

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