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不満なのは呼び捨てられることではありませんと、シャルロッテは言った。

 モノバットを真面目に攻略しているパーティなどどこにもいなかった。結局おれは酒場を出て、書店の魔物事典を立ち読みして、集合場所に帰還する。

 葵となずなの二人も、すでに退屈な顔で戻ってきていた。

 「収穫は?」

 葵に聞かれて、咳払いをひとつ挟む。

 「光が苦手だそうだ。夜行性だからか、動きが鈍るって」

 「じゃあ、私が光源を設置して、動きが鈍ったところを捕獲ですね」

 「その後、手で絞めるのか?」

 「い、嫌です。モノバットって、しゃべるもん……」

 前髪の毛先を指でつまんで、なずなは俯いた。

 「料理魔法でなんとかならない? 私、カボチャくらいまでなら切れるわよ」

 「そうか、それで首を刎ねればいいな」

 葵は顔をしかめて、

 「まあ、そうだけど。言い方よね」

 「よし、作戦は決まりだな。なずなの光源で動きが鈍ったところを、おれが網で捕獲して、あとは葵が一体ずつ殺すとしよう」

 葵が挙手して、網で捕獲するところも自分がやると言い出したが、それではおれの出番がないので却下した。運動したいなら、街でやればいいのだ。

 

 モノバットは、単体で生きられる魔物だが、群れをなすこともある。家畜や果物なんていう、餌の多い場所に自然と集まり、アラ、皆サンもここの牛の血を吸いに、エエ、そうなンです、だったらちょうどイーワ、うるさい農家がいるモンで、満足に食事も出来ないの、協力して追ッ払ッチャいましょーヨ、なんていう調子でコロニーを形成するのだ。

 餌というのもそういうものだから、当然、群れは人里に多く形成される。大牧場、大農園のそばともなると、二十や三十ではきかない数の大軍団が組織されることもあるということだ。

 それでも人を襲うことは滅多にないから、場合によっては放置されることさえある。

 「ひい、ふう、みい」

 葵は飛び回る影を指差して、それを数えようなどと、意味のないことをしようとした。

 モノバットが餌場としていたのは、街の東南に位置するちょっとした家庭菜園のような畑であった。依頼のあった場所はそこに違いないと、誰もが遠目に確信していた。

 「竜巻かと思いましたよ」

 なずなが三角座りになって、傍観を決め込むポーズを見せた。

 「よほど美味しいんでしょうか」

 その小さな畑に群がるモノバットの数は、計測不能である。数百、あるいは数千という数の黒いものが、けたたましく羽音をたてて飛び回る。それはまるで、黒い雲か、あるいはなずなのいうとおり、黒い竜巻のようだった。

 「何がどうなってこうなったんだ」

 「これ全部倒して二万円ですか」

 「冗談じゃない」

 撤収。


 街に帰り着いたとき、葵は口を尖らせていた。

 「あれだけ倒せば、どれくらいカロリーを消費できたと思ってるのよ」

 「あんなのは何かおかしいって言ってるだろ。贅肉どころか、骨までなくなるかもしれないぞ」

 なずなは酒場に行って、モノバットの異常発生を報告してくれるというから、おれたちは、先に如月の屋敷へ帰ることにした。

 「何よ、じゃあハルちゃん、私がこのままクラーケンみたいになってもいいっていうの」

 「モノバットに殺されたミスティックの葬式に出るよりはな」

 「モノバットって、人は襲わないんでしょ。いくらなんでも、大丈夫よ」

 そのとき、なずなが荷物をガチャガチャと揺らして、慌てて駆けてくる。何事かと立ち止まって待つと、追いついたなずなは息を弾ませ、何か話そうとしてもちょっと待てと手のひらを突き出した。

 「も、モノバットに……」

 「おう、どうした、モノバットに?」

 「殺された人が出たって」

 サッと血の気が引く。

 「な、なんだって?」

 「酒場で騒ぎになってて、モノバットにやられた人がいるって、話で、持ちきりで……」

 葵の押しがもう少し強くて、おれがもう少し押しに弱かったら、と思うと、ゾッとした。もしそうだったなら、今頃おれたちは、モノバットに食い殺されていたのだ。

 「な、なずな。その話、本当なの」

 さしもの葵も、喉が震えていた。なずなも同じように震えた声で、はいと返す。

 「……ウッ、クク……」

 それから、二人同時に噴き出した。

 「ププーッ、も、モノバットに殺されるとか、恥ずかしい人ね!」

 「本当ですよ、私でも倒せるのに、殺されたの、名の売れたバイタルらしいですよ!」

 「その人、いよいよもって名前が売れるわね、世界初の偉業じゃないかしら。ある意味、ビックリ人間だわ」

 「や、やめてやれよ……」

 酒場がその話題を笑い草にするのはわかる。バイタルがモノバットに殺されたなどという話だけ聞けば、間抜けもいいところだ。

 しかし、おれたちはあの異常を目の当たりにして、いかにモノバットとはいえ、警戒して撤収した直後なのだ。街に被害が及ぶ前にと、果敢に打破しようとした彼は、英雄として称えられこそすれ、事情を理解するおれたちにまで笑われる筋合いはない。まして、言うに事欠いてビックリ人間だわなどと。

 「やめてやってくれ、本当に……」

 「え、なんでよ」

 「葵、お前は悪い奴じゃないけど、頭が悪すぎる……」

 葵は少し不満げだが、さすがに言われ慣れていて、さして気にする様子もない。

 「なんでですか、春太さん」

 「なずな、お前は頭は悪くないけど、頭がおかしい……」

 「え!」

 こちらは案外、言われ慣れている様子はなく、物言い顔になって震え始めた。

 なずなが大きい石を拾おうとしたとき、

 「あ、マリイ」

 葵が小さな女の子に声をかけた。十歳かそこらだろうか。浅黒い肌に黒髪の少女は、始めから声をかけられるのがわかっていたような様子で、すぐにこちらを振り向いて会釈をする。見れば、黄色いワンピースが泥だらけであった。

 「どうしたの、マリイ。泥だらけね」

 葵が駆け寄って魔法を唱えると、あっという間に新品のように綺麗になった。

 「なんだ、葵。知り合いか」

 「ええ、前の宿の裏に住んでて、よく窓越しにじゃんけんをしてたの」

 挨拶仲という言葉は知っているが、なるほどじゃんけん仲というわけだ。

 「葵ちゃん、魔法ありがとう」

 マリイは服を綺麗にしてもらって、それでもちっとも元気になる様子がない。女だてらに興が乗って泥遊びしてしまい、服を汚したことをパパやママに叱られるのが恐ろしくて、トボトボと落ち込んでいたわけではないのだ。

 「いいのよ。でも、マリイ、どうしたの。元気がないわね」

 「……うん」

 マリイはおれとなずなの方をちらと伺って、実は、と言いにくそうにもじもじとする。

 「あ、そうか。わかったぞ、マリイ」

 「え、ハルちゃん、わかったの。さすがね」

 「ああ。いいか、マリイ。お股から血が出るのは、病気なんかじゃないんだ」

 葵がハッとした顔になる。

 「女の子なら普通のことなんだぞ」

 「え……..、血……?」

 「うん」

 「血が出るの……?」

 「出ないのか?」

 「出ない……」

 これは様子がおかしいと思い、おれは葵に向き直った。

 「出ないのか?」

 「セクハラだわ、ハルちゃん」

 どうやら血は関係ないようだ。

 「なずなはどうだ、出ないのか?」

 なずなが石を拾うよりも早く、おれは地に頭を擦り付けた。「すみません、ほんの出来心で」

 マリイはモジモジとして、葵を手招きした。葵が腰を落として耳を寄せると、話を聞き、すぐに表情が強張る。葵はマリイの手を取って、空いた手で少女の小さな背中を叩きながら話を聞いていたが、やがて立ち上がる。

 「ハルちゃん、殺しましょう」

 「順を追って話せ。話はそれからだ」


 マリイはアメリカ人と日本人の間に生まれた少女である。

 ニューゲーム以降、エンジンに関する技術は大幅に衰退したため、外国から渡来する人も減った。そんな現代のことだから、ハーフの子供というのはかなり珍しく、そしてマリイの黒い肌は、色白の女性を好む日本の子供たちと折り合いが悪かった。

 教養などとは程遠い時代の、なおかつ子供たちの事である。自分の好みでないものをどう扱うかは、想像に難くない。

 「マリイ、いじめられているのか」

 おれも葵に倣ってしゃがみこむと、マリイの手を取ってそう聞いた。マリイがゆっくりと頷く。

 「なるほど、殺そう」

 葵となずなはすぐに頷いた。しかし、ひとりだけ大きく首を振る奴がいる。当のマリイであった。

 「こ、殺すのはダメ。殺すなんて……」

 「マリイ、大丈夫ですよ。マリイが気に病むことではありません。いじめっ子は殺していいんです」

 なずながマリイを諭そうとしても、少女は頑固者だ。

 「にわかに信じがたい……血の気が多すぎる……」

 「そ、そうかな」

 当事者のマリイにこう引きつった顔をされて、少し冷静になる。葵となずなの血の気の多いのは知っていたが、おれまでそのペースに飲まれては立ち行かない。おれは最後の良心として機能しなければならないと思い直した。

 「それなら、いじめっ子を殺すのは後にして、ちょっと討伐にでも行ってみるか」

 なずなが驚いた顔をして、おれのシャツの裾を握った。それから、おもちゃのように可愛らしい唇が、小さな声で言う。

 「春太さん、私は何回か泣いて見せないとパーティに入れてくれなかったじゃないですか。それなのに、どうしてこの小娘はいいんですか」

 「お前は人間として本当に問題があるな」

 「お互い様です」

 「パーティに入れるんじゃなくて、今回だけ見学だよ。なずなと違って戦力としてカウントしないし、ウサギ程度の魔物を目の前で軽く捻って、ちょっとスカッとさせてやるだけだ」

 マリイはパッと顔を輝かせて、おれの手をぎゅっと握りしめた。

 「いいの、おじ、お兄さん、外に連れてってくれるの!」

 「マリイ、おじ、お兄さんじゃなくて、私が連れてくのよ。おじ、お兄さんは農家だから、マリイを連れてたら、きっと城門で止められるわ」

 マリイがおれの手を離れ、葵の手を取ったのは、まるでスイッチが切り替わったかのような瞬間芸であった。


 受けた依頼はグラストードの破壊。討伐ではなく、破壊である。グラストードは、動かない。正面から近づいた者を無差別にガラス製の舌で貫くが、動かないので、後ろから回り込むことは子供でも容易だ。舌に刺されれば大怪我は免れないが、普通、刺されることはない。モノバットに殺されたバイタルが出ようが、グラストードが「ある」のがわかっていて、殺される人類はまずいない。

 「報酬も八百円。隠れ竜殺しが、子供のおつかいですか」

 「実際にそうなんだから、いいじゃないか」

 なずなの機嫌が多少悪いのを除けば、道中は順調であった。いかにミスティックの討伐兵がいるとはいえ、血縁のない子供を連れて城壁の外へ出られるものか不安だったが、驚いたことに、マリイ自身がミスティックだったために、ほとんどノーチェックで城門を通過できたのは僥倖だった。そして、数時間も歩いた頃、平原の真ん中に、おれたちはグラストードを発見した。

 「あれですね」

 「魔物出たりしない?」

 マリイが尋ねると、葵は微笑んだ。

 「大丈夫よ。全然、何の気配もないわ」

 「そっか……」

 マリイはなぜか少し寂しそうだった。いじめっ子の代わりに置物みたいな魔物を倒して満足しようなどとは、さすがに子供騙しが過ぎるだろうか。葵と顔を見合わせて、マリイの様子を見ていると、ぱっと顔を上げた。

 「おじ、お兄さん、思いっきり叩いて壊して!」

 「おう、おれか。マリイが壊してもいいんだぞ」

 「ううん、壊れてキラキラするの、遠くから見たい」

 全身がガラス製のグラストードを壊すなら、確かに少し遠めから見る方が綺麗だろう。案外、マリイも破壊の美を理解している。

 「よおし、パパ思い切り叩き割っちゃうぞ」

 人の頭ほどはある石を両手に抱え上げて、グラストードの背後に回る。念のため大回りする様子は、外の厳しさを知らない子供には、少々みっともなかったかもしれないが、例えば竜殺しの一味だとか、歴戦の討伐兵なら、おれの用心深さを見て、満足げに頷くだろう。

 「春太さん、早くしてくださあい」

 「ハルちゃん、そんなに遠回りしなくてもいいじゃない、みっともないわね」

 グラストードの背後には、サンドワームのような待ち伏せ系の魔物がよく出るという話だが、この辺にはそうした魔物はいないし、葵のお墨付きもある。まかり間違えて正面に回ってしまうことにさえ気を付ければ、八百円はおれのものだ。

 グラストードの背後を取る。動かないという情報にまず間違いはないが、やはり緊張する。

 そして石を大きく振り上げた時、体が動かなくなった。

 「は?」

 ギリシアの彫刻を思わせる姿で、おれの体は硬直し、ピクリとも動かない。この感覚は以前にも何度か経験があった。

 拘束魔法だ。

 誰が?

 石を掲げたままばくばくと脈打つ心臓に気を取られ、頭が回らないうちに、今度は腰のあたりが引っ張られるような感覚に気がつく。力は無情なまでに強い。抵抗できない。引かれる先には、グラストードが黙して座っている。

 そのとき、姿の見えない魔法使いが何をしようとしているのか、回らない頭は、すぐに理解した。

 殺される。グラストードに貫かれて。

 引かれるうちに、視界に仲間の姿が見えた。ハルちゃんだの春太さんだの、ひどい顔で叫んでいる。その傍らに、不自然な顔があった。

 マリイは笑っていた。

 次の瞬間、胸に鋭い痛み。無機質な冷たさ。温かいものが腹を伝い、股間を伝う感覚があって、おれは意識を失った。


 目を開けたのは、すっかり見慣れた天井の下である。短い間にこう何回も死んでは、さすがに冷静にもなる。覗き込んだシャルロッテの顔は、相変わらず友愛に満ちていて、そうでなくても美しいと素直に思う。それでも、腹の中の黒いものが、たぎるようにして口からほとばしりそうになるのを押さえ込めそうもない。

 「ハルちゃん、大丈夫?」

 「春太さん、痛みはありませんか?」

 すぐに知った顔が視界に加わって、安心感も一潮だが、その心配そうな顔でさえも、おれの怒りを癒すのに、何ら役には立たなかった。

 「生き返ったの?」

 その声。

 「そうよ、マリイ」

 その名。

 「心配しないで。ハルちゃんはちょっとドジな農家なの」

 心配などしているものか。そいつがそう聞いたのは、生き返ったこたが不満だからだ。

 「お前だな」

 口からこぼれた声の低さに、シャルロッテが身体を強張らせる。体を起こして、その黄色いワンピースが視界に入った途端、弾けるように叫んだ。

 「お前だなッ!」

 言葉は鋭くマリイをーー人殺しの少女を貫いて、天井の高い御堂に反響して消える。

 シャルロッテがびくりと震え、葵となずなが目を見開き、そしてマリイは、微動だにしなかった。

 「あ、どう、どうしたの、お兄さん」

 それどころか、この期に及んでしらを切るのである。

 一瞬、どうしてくれようかと怒気が膨れ上がるのを感じ、しかしその少女がどう見ても、子供であることをおれの目は見た。その当たり前の姿は、慌てた様子が演技だと確信していてさえ、おれの心にいくらか待ったをかけられる力を持っていた。

 二の句を継げずに、黙ってマリイを見るうちに、葵が表情もなく言った。

 「マリイ、ハルちゃんの言ってること、わかるの」

 「わからない。何が私なの……?」

 葵はおれを見て、マリイを見た。

 「お兄さん、どうしてグラストードの正面に回ったの。危ないから近寄っちゃだめって、私には何度も言ってたのに」

 「言ったな」

 「でもお兄さんは自分で近づいたから、刺されちゃったんだよ」

 その目はまっすぐにおれを見ていた。困惑した顔も大したものだ。一部の隙もない演技であった。

 「……そうだな、妙なこと言って悪かったよ」

 マリイは実際、大した役者だった。おれがこうあっさり引いたのに、「あれ?」という顔すら見せない。

 「おれも混乱してるんだ。マリイは、悪いけど今日はうちに帰ってくれ」

 「あ、うん……」

 マリイは頷いて、おずおずとシャルロッテやおれたちの顔を見上げ、それから立ち去った。その小さな背中が扉の向こうに消えてから、口を開いたのはなずなだった。

 「春太さん、どういうことですか」

 「何もない。混乱してたんだ」

 なずなに話すべきか、決めあぐねているのが正直なところだった。アレは得体が知れない。対策して上手に出られるという確信がないうちは、出来るならかわいいなずなを巻き込みたくない。

 それに、何が何でもマリイは幼い。それは事実だ。理由が何であれ、やり玉に挙げるのは、どうもはばかられた。

 「混乱してたって……。マリイはいじめられてるんですよ。それで、今日は討伐に行って憂さを晴らそうって……」

 「そうだな」

 「そうだな、じゃないですよ」

 声は静かに震えていた。なずなの目を見ることは出来ないが、視界の端に、ぽたりと何かが落ちたのが見えた。

 「こっち見てください、春太さん」

 「…………」

 「春太さん」

 最低です。

 それだけ言うと、なずなは踵を返して足早に、戸を開いて教会を出て行った。

 戸が閉まると、しばらく静寂があった。呼吸もしづらい何秒かを挟んで、葵が言った。

 「ハルちゃん、痛みはないのね」

 「ああ、ないよ」

 「じゃ、私、行くわね」

 「わかった」

 そうしてシャルロッテとふたりで取り残されると、おれはなんだかひどく寂しくなった。実家に帰ろうかと思う。しかし、定期便の日取りなんか把握していない。

 「あの、春太さん、お気を落とさず」

 始まりの街の神官様は、世界で五指にも入るであろう、心の優しい人間で、子供を怒鳴りつけた男の肩にさえ、柔らかく手を置いてくれる。そのまましばらくすると、その手ばかりは、ひどく冷たいのがわかった。

 「あの、蘇生代は……」

 聞くと、そっとため息を吐いて、

 「あるとき払いで構いません。私も聖職者ですから、そんな顔の人に、お金の話は出来ませんよ」

 生き返ったときよりも、むしろ今の方がほっとした。

 「……手、冷たかったんですね」

 「手ですか?」

 シャルロッテの手が、少し浮く。

 「前にも触ってもらって、そのときは温かかったのに」

 ああと頷いて、子供をあやすようにして、とんとんと肩を叩く。

 「以前は、今回のように大噴火されていませんでしたから。カッカして、蘇生直後の体温低下なんて、吹っ飛ばしちゃったんですね」

 「なんですか、それ。単純な作りだな、おれの体」

 「心もそうだといいんですけどね」

 そう言って肩を打つリズムは、完全な優しさというものを現実に召喚したものだった。おれにはそう感じられた。思わず笑いが出る。

 「……ありがとう、シャル」

 シャルロッテの手が、ぴくりと動く。

 ウン、とひとつ咳を払って、

 「……いいですね、その……」

 おれの肩から離れた手のひらや手の甲を、ひたひたと左右の赤らんだ頬に当てる。その目は明後日の方へ向けられていた。

 「シャル、っていうの」

 「全部は長くて覚えられませんもんね」

 すると、シャルロッテは悪戯のような笑顔を見せて、

 「うそつき」

 そう言って後ろ手に腕を組んだ。これも癖なのだ。最近はよく会うから、わかってきたことである。

 「知ってますよ。如月様とお話されるとき、私のこと、いつも呼び捨ててるでしょう」

 「あ、そ、それは便宜上……」

 ふうんと唸って、したり顔が一転、唇を尖らせる。デリカシーに欠ける占い師が、この繊細な神官様に何を吹き込んだのか、後で吐かせる必要がありそうだ。

 「……ご不満ですか、神官様」

 「はい」

 「そ、それは大変失礼を……。如月だけでも、名前を覚えられるように、その……」

 「うそですね。何も考えていらっしゃらないんですよね、春太さんは」

 「おっしゃる通りで……」

 不満なのは呼び捨てられることではありませんと、シャルロッテは言った。

 「私の前では、ちっとも、その……」

 「なんですか?」

 「い、いえ、変な意味ではないんですけど……」

 「念を押されると、かえって邪推しますよ」

 もう、と一度膨れて、

 「陰でシャルロッテって呼んでるんだから、私の前でも、そう呼ばないとずるいじゃないですか」

 耳まで真っ赤にしてそう言う聖職者の姿が、なんといじらしいことか。ここまで言われれば、勘違いする奴はするだろう、などと斜めに考えていないと、ひょっとして……なんて考えて、いざアプローチすると、そういうつもりじゃありませんなんて素気無く言いそうなものだから、恐ろしい。

 「じゃあ、その、シャルロッテ」

 シャルロッテは、しかし返事をしない。しばらく見ていると、少し怒ったような顔をして、

 「さっきの方がいいです、やっぱり」

 「さっきの?」

 「その、短い方の……」

 「し、シャル」

 「はい!」

 パッと弾けるような笑顔であった。こういう顔は、そういえばあまり見た覚えがない。

 「神官様って、その、休みはあるのか、かなあ?」

 「え、仕事ですか」

 ほとんど頭がじんと麻痺していて、何も考えずに言わされていた。やってしまったと思いかけたとき、

 「日曜日は安息日ですから、仕事はありませんよ。私は本来、宗教家ではありませんから、教会に来る必要もありません」

 「え?」

 とんでもないことを口走っておいて、首を傾げる。そうしながら、シャルロッテはおれが体を起こしているベッドの端に腰掛けた。その仕草が、おれにはもはや、街のスーパーアイドル・なずなに匹敵するほど愛らしく見えた。

 「宗教家じゃない?」

 「はい、蘇生魔法を覚えたら、教会で働けるというだけで、私自身に信仰はありません」

 「え、でも、みんな神官様って」

 「そうですね。私もそう名乗ることが多いです。でも、私はただの蘇生士です。慣例として、名乗ることは咎められませんが、神官の資格は取っていませんよ」

 「そ、それ本当ですか」

 本当ですとシャルロッテが頷く。

 「じゃあ、神官様、じゃなくて、え、ええと、そ、蘇生士様……と、呼んだ方が……」

 「シャル、と」

 「あ、そ、そうか、いや、そうではなく……」

 くす、とひとつ笑って、シャルロッテは言った。

 「神官様でいいんですよ。呼んであの子だとわかる呼び方があるなら、わざわざ訂正して回るのも変でしょう」

 「そういうものですか……」

 「そういうものです。と、最近は思っています」

 「結局、好きに呼べばいいってことですね」

 「はい。皆さんのお好きに呼んでいただいて構いません」

 しかし、もちろんすぐに、その言葉の矛盾に気が付いた。

 「おれは?」

 シャルロッテは柔らかに微笑む。

 「春太さんは、特別」

 何なのと叫びそうになるのを堪え、努めて冷静に、なんなんですかと言って微笑み返すなんていう、百点回答を叩き出して、しかし、銀髪の天使は胸をなで下ろす暇を与えなかった。

 「そういうことなので、お休みは日曜日にいただいてます。といっても、予定もないので、ぶらぶらしてるだけですけど」

 苦笑交じりの言葉だが、つまり、日曜日空いてるよ、とシャルロッテは言っているのだ。本人にどこまでその言葉の自覚があるやらわからないのは、その声色に何を期待する様子も、避ける様子もないせいだ。

 「あ、ああ、あの、シャル」

 「はい、シャルです」

 シャルロッテはニコニコとして機嫌がいい。大丈夫だ、頑張れと、おれはおれに言い聞かせた。

 「何ですか、春太さん」

 「あれだったら、暇だったら、なんなら、こぽ、今度の日曜日、日曜日に……」

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