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世界に魔物があふれたら  作者: モヘンジョ
事の始まり
15/20

覚醒

 「魔王軍には関わらないこと」

 黒い剣士は言う。女の声だ。ふたりはすでに薄々と感づいてはいたが、やはり、村の外れで葵となずなを気絶させた人物に相違あるまい。

 「魔王には、手を出しちゃいけないわ」

 姿が消える。葵となずなのふたりは反射的に目を瞑り、身を固くするが、攻撃される気配はない。うっすらと目を開けると、剣士の姿はどこにもなく、ただ雨に打たれて横たわる凱亜と、その折られた剣があるばかりだった。

 「……行ったみたいです」

 「そうね、気配もないわ」

 「その気配っての、あんまり信用してませんけどね」

 「え、ちょっと、なずな……」

 「とりあえず、私たちは女の子だし、凱亜さんもあのままじゃ、さすがにかわいそうですよね」

 「そうね、山に登るなら、来た時よりも美しくって言うものね」

 「それはゴミ拾いの標語ですけど……」

 葵がわからない顔をして、にこりと首を傾げる。

 「とにかく、洞窟まで避難しましょう。いい加減、寒くてたまりません」

 「凱亜く……、渡辺くんも引きずっていくのよね。骨が折れそう」

 「ウーン、魔法じゃ無理ですか?」

 「『ブルーム』!」

 葵は凱亜に向かって手をかざし、短く唱えるが、目に見えて変化はない。

 「だめね」

 「それ、ゴミを除去する魔法ですよね……」

 葵はやはり、わからない顔をして、にこりと首を傾げた。嫌っているのだろうか。今、見ていた限り、どんなに控えめに言っても命の恩人であるのだが、その凱亜を、嫌っているのだろうか。

 一旦、ふたりだけで洞窟に向かい、荷物を置いてから引き返し、凱亜を引きずってくることになった。万一、魔物を発見したら、凱亜を引きずりながら迂回ルートを探すのは絶望的だからだ。

 しかし、そんな心配は杞憂に終わり、ふたりはほとんど苦労することなく、休憩用の洞窟へたどり着いた。途端に外の雨音が他人事のような白々しさで響くようになり、実家に帰ったようなくつろぎを覚える。警戒心が一挙に薄れ、なずなが再び光を灯したときである。

 人の顔のようなものが、暗闇にぼうっと浮かび上がった。

 「ギャア!」

 そう叫んだのはなずなか、葵か。それ以外だったかもしれないが、

 「あれ?」

 その直後には、奥から呑気な声が聞こえてきた。

 「ああ、お前ら。今来たところか」

 「ハルちゃん!」

 葵は薄暗い中、足元も力強く駆け寄った。そして、その勢いを殺さないよう全身のバネを効率よく伸縮させ、うなるような拳を春太の頬に叩き込んだ。

 「エン!」

 回転するようにして勢いよく倒れ込んだ春太に、なずながすぐに駆け寄ったが、そのそばでしゃがみこもうとしたところで、葵に制止される。

 「なずな、さすがに石は……」

 なずなは我に返ったような顔をして、照れ臭そうに大きい石を捨てた。



 「この洞窟か」

 「はい、たぶん……」

 「たぶんじゃ困るぞ、如月」

 「あ、はい……。大丈夫です、ここです……」

 凱亜の圧倒的な膂力に救われてから程なくして、ちょっとにわかには信じがたいような広さの洞窟に行き着いた。立地から、決戦地としてほとんど理想的であった。

 「じゃあ、ここで作業だ」

 荷物を下ろし、松明に明かりを灯すと、思ったよりも奥行きがあるので、下ろした荷物を背負い直し、少し奥へ移動した。広さは十分だ。この分なら、本当になんとかなるかもしれない。

 「あの……作業って……」

 「お前はひたすら」二人分の鞄をどさりと並べる。「この草をすり潰す」

 「春太さんは……」

 「その他の調合。終わったら手伝うよ」

 如月は自分のツノを引き抜くつもりかというくらいに引っ張ると、顔を真っ赤にして、かと思うと肩から力が抜け、ため息のようにこぼした。

 「帰りたい……」

 

 作業が煮詰まった頃、辺りはすっかり日が暮れていた。いつ頃からか、雨音さえしているようだ。気が付いた頃には、もう随分雨脚が強い。

 「春太さん、お願いします、家に帰してください」

 「ああ、そうだな。ここにいたら死ぬかもしれない。でもーー」

 如月が真っ青になってその場を去ろうと立ち上がる。挨拶もなく何歩か歩いたのを見届けてから、礼の一言くらい言わせろと言おうとしたとき、洞窟中に悲鳴がこだまする。

 何事かとよく目を凝らせば、見知った光源と見知った顔。尻餅をついてあとずさるロリータ娘の向こうに、眠らせたきり、ちっとも起きてくる気配のなかった葵となずなの姿があった。

 「あれ?」

 ふたりの視線がおれを認める。

 「ああ、お前ら、今来たところか」

 「ハルちゃん!」

 見れば、ふたりは随分汚れているし、消耗している様子もある。おれや如月が道中魔物に襲われたのは一回きりだが、それも凱亜に助け出され、実際はほとんど難なく切り抜けてしまった。ふたりには、もっと想像だにしない苦労があったのだろう。駆け寄る葵を、おれは抱き留めてやるつもりで両手を広げた。

 「エン!」


 どれほど失神していたのか、ガツンという何かの落ちる音で目が覚める。

 「ハッ……、おれは今、どれくらい眠っていたんだ」

 「ほんの一瞬ですよ。もう少し寝ててもよかったのに」

 なずなが真面目な顔でそう言うと、葵と如月が同じようになずなを見た。一体何をしようとしたのかはわからないが、何かをしようとしたのはそれでじゅうぶん伝わった。

 頬のじんじんと痛むのを思い出して、

 「あ、葵、何をする!」

 「何をする、じゃないわよ! よくも薬なんか盛ってくれちゃって、血祭りにあげるところだわ!」

 なずながそうだと同意する。

 「お、おれはお前たちの安全を考えて……」

 「だったらそう言えばいいじゃないですか。春太さんは雑なんです」

 なずなが腰に手を当てる。むくれっつらは珍しい。

 「悪かったよ」

 「本当よ。一生恨むわ」

 「い、一生って、大袈裟だな。結構苦労した様子はあるけど、道のり自体はそんなに大したことないだろ」

 それを聞いたなずなが石を拾い、近付いてくる。ヒッと息を飲んで土下座の準備をしていると、葵が少し迷って、なずなを止めてくれた。諭されて、なずなが大きい石を捨てる。

 「私たち、一旦村まで行ったんですよ。そこで、竜王を見かけて、街のみんなが無事なら始まりの街に逃げているはずだとわかったんです。そしたら、街を襲うつもりだってことまで聞いちゃって、本当、大変だったんですから」

 「え、なんだ、それ。さっき目が覚めたんじゃないのか」

 「ずいぶん歩き回ったわよ。残念だったわね」

 「あれえ?」

 半分こしたから効力が薄れたのか。いや、そこまで計算に入れて作ったはずだから、どうもおかしい。

 「ともかく、そういうことです。何か目的があるみたいなので、追い払ってもまた来ます」

 ごくりと唾を飲む。

 「倒さないといけないんです、竜王を。でないと……、始まりの街が襲われます」

 「うん、そうか」

 葵となずな、如月までもが、目を見開いた。おずおずと、おれの目を見ることなく、如月が言う。

 「そうかって、その、そ、それだけ……」

 「え、ああ、それだけだよ」

 「り、竜王ですよ……」

 「ハルちゃん、恐いとかないの。状況わかってる?」

 「わかってるよ」

 「春太さん、ひょっとして、無理してますか」

 「いや……、してないな」

 おれはそのとき、自分の中に危機感がまるでないことに気が付き、驚いた。いや、竜王と敵対するに充分な理由が出来たことに、安堵してさえいたのである。おかしな話だと思った。報酬四万円のボクサートレントも倒せないおれが、竜王と戦うことに喜びを感じているのだ。

 なぜか。

 なずなの故郷を襲ったのが許せないから。

 違う。

 鱗を高く売って悠々自適に暮らしたいから。

 違う。

 竜殺しの勲章に惹かれているから。

 違う。

 始まりの街を襲うつもりだと聞いて、それは好都合だと感じたのだ。生半可な理由ではそうは思わない。少なくともおれにとって、もっと本質的な問題である。

 おれの脳裏によぎったのは、これまで攻略してきた数多くのボードゲームである。科学と魔法によって、超高度のAIを組み込まれたゲームの数々。それを試行錯誤の末、打ち倒した日々。そして、ともすれば、今、ある種の快楽を伴って思いを馳せたのは、先日死にかけた、あのクラーケン、そしてゴーレムとの戦いではなかったか。そうだ。


 竜王を倒す。

 そんなに面白そうなゲームが、今までにあっただろうか。


 そう言葉にして考えてみると、悪いことに、すとんと腑に落ちた。おれ自身には何の力もないが、そうか。

 おれは戦闘狂であったのだ。


 如月が音を立てないように逃げ出そうとする。その首根っこを捕まえたとき、おれの顔を見て唖然とする葵となずなに気が付いた。何を見ているのかと思ったが、すぐに気が付いた。

 おれは笑っていたのだ。

 構わず、おれは三人に呼びかけた。

 「作戦がある」

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