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世界に魔物があふれたら  作者: モヘンジョ
事の始まり
14/20

八面六臂

 「こんなにたくさん、どうするんですか?」

 島を出るときに背負ってきた巨大な鞄を、ゴシックロリータの如月に背負わせて、おれは葵の背負ってきた鞄を背負う。それぞれいっぱいに詰めたのは、痺れ草と呼ばれる、痺れ薬の材料となる山菜だ。

 「竜王に使う」

 「え、りゅ……」

 竜王、と繰り返すと、如月はヒュッと息を吸って動かなくなってしまった。引きこもりのゴスロリ少女に、山菜採りなど手伝わせたから、壊れてしまったのか。

 「竜王!」

 しかし、すぐに元気に後ずさって、今日一番の大声を出したのでホッとする。

 「そうだよ。魔王側近の竜王」

 「どうして竜王なんかに……」

 「そこまで来てるって言うから」

 「え!」

 さらに後ずさると、道沿いの樹木の太い幹に、背中の鞄からぶつかった。その木がグラグラと揺れるので、逃げ足の力強さが偲ばれる。

 「き、効くわけない……、痺れ薬なんて、鱗で弾かれます……」

 「隙間があるだろ」

 「そんな、たまたま……そんな小さな隙間に、痺れ薬なんかが運良く届いても、そんなんじゃ……」

 「おおよそ上手くいくらしいよ」

 如月は素早い動きで、何度も手ぐしで髪をすく。そう言われると否定も出来まい。そのうち、その動きのスピードが落ちて、足元の痺れ草を引き抜いて鞄に詰めた。この小一時間で癖になっているのだ。

 「おおよそってのがミソだよな。誰かひとりくらい死ぬかもしれないって」

 「え、縁起でもないことを……」

 「お前の占いだろ」

 「春太さんの解釈です」

 再びしゃがみ込んだ如月は、今度は痺れ草を見つけたわけではないようだ。その辺りの雑草を、無闇に引っこ抜きながら言う。

 「身体が残らないような死に方したら、神官様でも蘇生は出来ません」

 「そうなのか」

 何も言わずに頷く。

 「作物の育ちが悪いって噂もあります。竜王のせいだったんですね」

 「なんだ、作物? なんでもかんでも竜王のせいにしたら、かわいそうだぞ」

 「そ……そうでしょうか……」

 いつ頃からか聞くと、ちょうど一か月ほど前だという。両日牡丹という、二日で花を咲かせる植物があるそうだが、それが咲くのに四日かかるようになった。悪いことの兆しに違いないから、裏付けをくれと門の前でわめく人がいて、如月は居留守をしながら、それで作物の不出来を知ったということだ。

 「そんなの、竜王は関係ないだろ。忙しいだろうに、一か月もこんなとこにいるかよ」

 「あ、そ、そうですね……」

 「それより、ちょっと場所の吉凶を教えて欲しいんだけどーー」

 どむ、と音がする。

 足元に矢が立っていた。それはビンビンとしばらく矢尻を揺らして、止まる。ゴスロリの娘は雑草を右手に持ったまま、おれは山道の奥の方を指差したまま、硬直した。

 ガサガサと木の葉の擦れる音。それも周囲をぐるりと囲む全方位から聞こえた。囲まれている。矢を使うのだから魔物ではない。人か。人が鞄いっぱいに草を詰めた二人組を襲うだろうか。

 「ブキ、ステロ」

 やたらと甲高い声。片言の指示を出したのは、後方にいる何者かである。如月には見えているのかもしれない。姿勢から表情まで、そのまま、雑草を持って呑気に固まっている。あいにく、武器など持ち合わせていないが、おれは鞄を下ろして両手を挙げた。

 先ほどの声が、大きな声で何事か言ってから間髪入れず、シャアと鋭い声を出して飛び出したのは、鎧を纏った人型の影だった。

 やられる!

 経験上、死ぬ時の感覚はなんとなくわかる。これは死んだと思った時、

 「ゼイハァ!」

 男の声がして、金属音。甲高い悲鳴、いや、断末魔が聞こえる。恐る恐るに目を開くと、今、飛び出したのは、人影などではなく、人の形に似ている魔物だとわかった。ネズミを人型にしたような生き物が鎧を纏って、白い鎧の相手と剣を交えている。

 如月は白いのに押しやられて、よたよたとおれのそばへやってきた。ネズミの横薙ぎを身を低くしてかわすと、

 「ゼイハァ!」

 再び気合い一閃。視界から消え、ほとんど同時にドンと背中に重みを覚える。首だけ振り返ると、白い鎧の肩当てが見えた。今の一瞬で移動したのかと驚いている内に、今しがた白いのと剣を交えていたはずのネズミたちが、正面でバタバタと崩れた。

 「ひょっとして、春太くん」

 「え」

 久しく聞いていなかったが、聞き覚えのある声だ。忘れもしない、隣の家で生まれ、おれに討伐兵としての才能のなさを突き付けて旅に出た男の声。

 「凱亜くん!」

 「久しぶりだね、春太くん」

 如月はしゃがみ込んで、涙目で白いのを見つめる。手には雑草を握ったままだ。捨てなさい。

 「積もる話もあるけど、それは後だね。ここは僕が突破口を開くから、ふたりは逃げて」

 「よしわかった」

 如月の眉がぴくりと動いたのを見逃さない。仕方がないのだ。この場に残っても、戦うどころか運動不足のおれたちは、足手まといになり疲れて、筋肉痛にでも苦しむのがオチだ。

 三度目の「ゼイハァ!」と同時に、如月の手を引き、倒れるネズミの間を駆け抜ける。

 「凱亜くん、始まりの街で会ったら、飯は無理だが、お茶ぐらいはおごるぞ!」

 この状況での締まりのない一言は、歴戦の猛者っぽくてかっこいいと思ったのだが、当の凱亜くんに苦笑されたのではたまらない。話の通じないところは相変わらずだ。

 おれたちは脱兎の如く、山道の奥へ逃げ込んだ。



 今度は、先に目を覚ましたのはなずなであった。宿で睡眠薬を盛られた時の葵がそうしたように、葵の身体を揺すって呼びかける。目を覚ました二人が最初に確認したのは、怪我の有無と魔物の気配。どちらも心配はなさそうだ。

 「さっき、誰かに打たれましたね」

 唯一じんじんと痛む後頭部をさすりながら、なずなが言う。葵もそれに頷いて、

 「女の人だったわ。今度会ったら、コンクリで固めて近海に沈めましょう」

 「そうですね、ぶっ殺してやります」

 目の端を血走らせて、固く、固く誓いを立てる。

 「でも、気絶させただけみたいです。お金も無事ですし、一体何のために……」

 「答えはドラム缶を蹴りながら聞けばいいわ。とにかく今はーー」

 「街に戻る、ですよね」

 鱗を拾おうと言いかけていた葵は、しかし見る限り竜王は何も落として行ってくれてはいないのを確認し、黙って頷いた。

 寝ている間に、村長も竜王も姿を消していた。村長はともかく、竜王はあの体躯だ。用心して戻れば、先に気付いて迂回することは容易なはずである。

 

 できるだけ音を立てず、ふたりは来た道を引き返す。山村の入り口まで来れば、あとは整備された道を行くだけだ。しかし、竜王に発見されることを恐れ、出来る限り、道沿いの茂みを進むことにした。

 「少し、勾配は急ですけど、近いことは近いですから」

 「なずな、私もう足がパンパンだわ。村の人たちならたぶん無事だから、それで良いんじゃないかしら」

 「た、たぶん……? どちらにしても、ここは危険ですし……」

 「それはそうね。仕方ない、戻りましょう」

 それからどれくらい経った頃か、ふたりが往路で休憩した洞窟のそばまで下って来たところ、

 「シッ。なずな、止まって」

 「なんですか?」

 「嫌な魔力……。そんなに強くないけど、近いから危ないわ」

 そう聞かされては、なずなも声を潜めて言う。

 「魔物ですか」

 「たぶんね。バレてないわよね」

 葵が見つめる先は茂みの中であったから、何がいるともいないとも判別が付かない。魔力を感じ取るミスティックの能力がなければ、方向はおろか、なにかがいることさえわからないのだ。それでも、なずなは熱心に葵に倣った。何か動くものを見つけようと躍起になる。

 「それにしても」

 甲高い声。しかし、聞こえたのは葵が見つめる先ではなかった。茂みを下って、開けた道に出た辺りだろうか。なずなが葵を見ると、葵は耳を真っ赤にして、視線の先をさりげなく声のする方に移した。

 「葵さん、こっち見てください」

 なずながため息まじりに言うが、葵は従わず、ただその人差し指が、なずなの柔らかな頬を突き刺した。

 「間違えちゃったんですか、葵さん」

 「なずな、静かに」

 「今、方向をちょっと間違えてましたよね」

 「なずな、静かに」

 甲高い声は二人組のようで、警戒心のない様子で何事か話している。バレてはいないようだ。

 「どうしてまた、あんな片田舎の農村なんか襲うんだ。別にいいんだけどさ」

 「なんでも、ほら、こないだの勇者の一行。あれが関係してるんだと。隠れてるんだか、なんだか」

 「え、あいつらは倒したんだろ」

 「逃げられたって聞いたぜ、おれは」

 勇者一行が潜伏していた? 山村に? 本当であれば、村人は無事だろう。それどころか、しばらく街の方も、保護してもらえるかもしれない。なずなは心強さに葵の袖を引っ張り、低い声で喜びを言葉にせずにいられない。

 「葵さん」

 「なずな、魔力の探知はけっこう難しいの。特に方向についてはね。だから、それを間違えたからといって、何も恥ずかしいことじゃないのよ」

 「え、それはもういいですから。それより、勇者の一行が」

 「良くない。誤解は解いておかないと……」

 「わかりました、わかりました。葵さんはすごい」

 甲高い声の会話は続く。

 「ああ、それで、そいつが始まりの街に逃げたってことか。リンドブルム様もおれたちにばかりやらせてないで、ご自分でやりゃあ一発だろうに。なんでまた……」

 「馬鹿、声がデカいぞ。始まりの街なんて大きな街を襲っていいってんだから、楽しもうじゃねえか」

 これにはなずなも目を見開いた。この魔物たちは、故郷を焼いたばかりでは飽き足らず、始まりの街までも襲おうとしているのだ。

 肩が震え、歯が食い合わせてギリリと軋む。何をおいても、始まりの街は守らなければならない。たとえ竜王が相手でも、私は討伐兵のパーティに所属しているのだ。故郷の人々を守らなければ。

 パーティ唯一のミスティックが、なずなの震える肩に手を添え、真剣な眼差しを向ける。例の特別討伐指定ゴーレムを翻弄した時の、あの眼であった。

 なずなは、ごくりと生唾を飲む。勝てるとは思わない。相手は『竜王』リンドブルムである。しかし、この優しいミスティックと、妙に機転のきくあの人が一緒だ。まともに戦えないはずのふたりは、すでに絶望的な戦力差を、二度も覆しているというではないか。一度は、私の目の前で。

 手傷のひとつくらい、どうかすると退けて時間を稼ぐことくらい……。

 「なずな」

 「はい……」

 「魔力を感じるって感覚が、なずなにはないと思うから想像しにくいのかもしれないわ。いい、さっきの場合ーー」

 「まだ言ってるんですか!」

 思わず大きな声が出て、道行く魔物の二人組も何かいるぞと声を荒げる。気付かれてしまった。

 「何やってるのよ、なずな!」

 「だ、だって!」

 「逃げ惑うわよ!」

 茂みの奥へと逃げ行って、出来る限り二人組と距離を取る。まだ姿を見られたわけではない。この暗さであるから、一旦距離を稼いでしまえば、再び隠れてやり過ごすことは出来る。

 茂みの中を登ったり下ったりする内に、いよいよ雨が降り出した。急勾配に加えて、足元が濡れて滑りやすくなってくる。辟易しながら、ふたりは言葉通り逃げ惑った。

 やがて広い道が見え、ふたりは迷う暇もなく飛び出した。その瞬間、鎧を着たネズミ人間のような魔物と、バチッと目が合う。二体である。

 「こ、これはどうも」

 葵の会釈を返さず、ネズミ兵士は剣を抜く。

 いよいよ本降りの雨の中、剣は大きく振り上げられた。葵となずなが思わず目を瞑る。

 「ゼイハァ!」

 たくましい男の声が、雨音を裂いて響き渡る。それから、ゴボゴボという溺れるような声。ガランと金属の落ちる音。斬撃は来ない。なずなが、次いで葵が目を開けた。

 白い鎧の男が、ネズミ兵士の喉元に剣を突き立てていた。兵士の体を蹴飛ばすようにして引き抜くと、硬直するもう一体を、音もなく一閃し、討伐してしまった。

 「ご無事ですか、おふたりとも」

 振り返った男は、一振りで剣に付着した返り血を払い飛ばすと、無駄のない美しい仕草で、鞘に収めた。

 「あれ?」

 葵は脳裏の片隅に引っかかりを覚えて、しかし誰だったか、顎に親指を当て、小首を傾げた。

 そんな葵を、なずなが不思議に思って見上げたのと、男が晴れ渡る声をかけたのは同時である。

 「葵さん!」

 ガシャガシャと鎧を鳴らして近寄る。大粒の雨が金属を打つ音は、案外けたたましく、耳障りである。

 「お久しぶりです、夕暮れ時に、春太くんに会いましたよ。葵さんも、島を出ていたんですね」

 「え、ええ……久しぶりね!」

 「懐かしいな、宿は相変わらず高いんですか?」

 「ええまあ、そ、そうね。あなたが泊まった時と同じよ」

 「え、僕が泊まったことなんてありましたっけ」

 「あ、ああ、いや、ちょっと勘違い。いけないいけない、ごめんね、そんなわけないわよね。だって、あなたも島に……ね……」

 「住んでましたもんね」

 「そう、住んでたもんね、そうよね!」

 雨に打たれて額に貼りつく前髪を、上から手の平で押さえつける。その下で、葵の目は右上や左上を行ったり来たりに泳ぎ回っていた。

 なずなは冷たい目でしばらく葵を見つめた後で、助け舟を出した。

 「あの、初めまして。助けていただいてありがとうございます。私、黒川なずなです」

 「いや、気にしないでくれ。僕は渡辺凱亜。きみは、葵さんのお友達かな」

 「そうよ、凱亜くん、なずなは私とハルちゃんの友達よ、凱亜くん!」

 得意満面の葵が、頬に貼りついた髪を払った。凱亜は少し顔を赤らめて、

 「凱亜くん、ですか。葵さんにそんな風に呼ばれたのは初めてですね」

 葵が思い切り眉間に皺を寄せ、「しまった」の「た」の顔で堪えきれず目を背ける。

 「あの、凱亜さん、春太さんに会ったって?」

 「ああ、会ったよ。ずいぶん大荷物だったけど、君たちを迎えに行ったんじゃないのか?」

 「私たちは会ってませんけど……」

 凱亜が春太に会ったのが夕暮れ時というから、山村に向かう道で追いつかれていても不思議ではないはずだ。この期に及んで行き合わないのが、なずなには少し心配だった。魔物に襲われたのではないか。遭難しているのでは。まさか、竜王に……。

 「ハルちゃんは大丈夫よ。なんとかするわ。それより、雨がひどいから、どこかで雨宿りを」

 ギンと鋼のぶつかる音。少し遅れて、風が吹く。凱亜の剣が、柄を残してその先が、バチャリと水溜りの地面に落ちた。反応したのは凱亜である。腰の剣が落ちたのを承知して、一瞬でその場から距離を取る。

 身動きすら取れなかった葵となずなの視界に映ったのは、細身の黒い鎧に身を包んだ、剣士である。顔全体を覆う兜のせいで、顔は見えない。どこから現れたのか、ふたりの視界は動いていないのに、いつの間にか、まるで間違い探しのようにそこにいた。剣は抜き身で、これもやはり刀身まで黒い。

 やはり一瞬の内に剣士の数歩先に移動した凱亜が口を開く。

 「あ、あなたは、勇者一行のーー」

 その次の瞬間、彼は黒い剣士に組み伏せられていた。柄で後頭部に一撃を浴び、失神する。

 一瞬の出来事に、恐怖を覚える暇もない。はっきり言って、ユニークやミスティックにとって、バイタルは速すぎる。強すぎる。近距離での戦いとなれば、まったく次元が違うのだ。それにバイタル同士の戦いなど見たこともないので、何が起こったのか理解することなど、到底出来ようはずもない。

 それでも、ふたりは両者の間に歴然と横たわる、格の違いを本能的に感じ取っていた。だから、目にも留まらぬ一閃で、二体の魔物をあっという間に無力化したバイタルが、手も足も出せずに数秒待たずに倒されてしまったというのに、葵にもなずなにも、驚きはなかった。

 勇者一行のーー。

 凱亜はそう言いかけたか。胸の前で、なずながきつく拳を握る。震えていた。

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