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27,秘密兵器

 長太郎爺ちゃんの長話は続く。なにしろ年寄りだから、もうちょっと付き合ってね?

「わしはもうこの島とはきっぱり縁を切ったつもりでこの腕一本、相棒の海兆丸と共に外の社会の荒波に揉まれて生きてきたが、そんな世捨て人のわしにもあの『真珠輝』のCMは目について堪らんかった。どんだけ金使ってCM流したんじゃ?」

 義理の息子が工場長でそこはかとなく自慢げな羽場ジジイが照れくさそうに言った。

「そりゃあまあ、最初はとにかく派手に金をばらまくのが目的だったから、手当たり次第にテレビラジオのスポンサーになって、新聞雑誌にも広告打っておったなあー」

「フン。おかげでたっぷり娘の顔を拝ませてもらったわい。ま、それで島がまともになって白樹様の悪い病気が治ったんならわしも何も言う気はなかったわい。じゃが、治っとらんのじゃろう、白樹様の娘食いの病気は? しかもおまえら、自分らの娘を差し出すならまだしも、今度は都会のモデルのお嬢さんらを生け贄にしようっちゅう魂胆じゃろうが? おめえら!どこまで性根を腐らせちょるんじゃ!?」

「い、いや、違う、違うんじゃよお」

 また羽場ジジイが言い訳した。

「それを言い出してお膳立てしたのも……」

「ユイなんじゃな?」

「う、うん……」

 爺ちゃんは思いっきりしかめっ面をした。

「あの化け物娘め、蛇そのものの嫌らしさじゃな。やはり、もう見過ごしには出来ん……」

 しかめっ面であごを突き出し、しばし考え込んだ後、ため息をついて目を開いた。

「まあいいわい。あいつらの処遇はミセス・ビッキーに任せることになっとる。人体実験でもなんでもされるがええわい」

 ここでわたしの出番だなと手を挙げる。慎ましやかで遠慮がちなわたしはつい学校の学生乗りが忘れられないのだ。

「どこでミセス・ビッキーとお知り合いになったんです? 実はわたし、ミセスの料理人のブッチーさんにスカウトされてユイさんをスパイしてたんですけど」

「お、そういうことじゃったか。うむ、わしもそのブッチーさんに声をかけられたんじゃ。辺干島のことを調べていて、島出身の人間を捜していたらしい」

「なーるほど」

 カグヤやわたしの他にもスパイを当たっていたわけだ。抜け目のない奴。やられちゃったけど。

「わしも根は島の人間じゃからな、島を窮地に陥れるようなことはしとうない。それでブッチー殿にはここまで深い事情は話さなかったんじゃが……。今、島にいっしょに来ておるんじゃろう?」

「あー……。残念ですが、マムシに噛まれてご臨終間近です」

「なにっ!? ……そうか、それは残念なことじゃ。ミセスにはへび女どもの身柄はブッチー殿に引き継ぐよう言われておったんじゃが。

 わしが事情を知りながら明かそうとしないのを見て取ったブッチー殿はミセス・ビッキーへの紹介状を書いてよこしたのじゃ。ミセスはたいへん懐の深い人であるから何事も悪いようにはしない、是非お話ししてみてくれ、と。わしは紹介状を携えてミセスを訪ね、なるほど話してみると清濁併せ呑むうわばみみたいなお人じゃった。わしはこの人なら全てを任せてよかろうと、ヘビ退治の協力を求めた。ミセスはへび女たちを生け捕りにして連れてくることを条件にスポンサーになってくれた。

 おい、おまえら、こうなったからには腹をくくれ!」

 漁師たちは年寄りばかりではない、20代のまだ若い者たちもいた。彼らは白ヘビ様の力を失うことに

「こうなったからには、って勝手に決められてもなあ?」

 と不満そうに口を尖らせた。

「俺たちユイ様に都会のイケテるギャルを嫁に連れてきてやるって約束してもらってるし……」

「こおの、エロ餓鬼どもがっ! 嫁くらいてめえで探しに行きやがれっ!」

 爺ちゃんは島の現代っ子たちにカッカと怒り、しょうがなく

「リゾート開発を進めておるんじゃろう? それが上手く行けば自然と都会のギャルたちがやって来るだろうて」

 となだめ、それもそうかと喜ぶ若者たちを呆れた目で眺めた。

「そいじゃあ、ええな?」

「しかしよお…」

 在りし日に爺ちゃんとユイの大立ち回りを目撃していたのだろう年寄りが心配そうに言った。

「白樹様の娘たちがそう簡単に捕まえられるとは思えんぞ? まして白樹様は、いったいどれだけ大きなヘビ様か、わしら島の者は誰も知らんぞ?」

 爺ちゃんは羽場ジジイに訊いた。

「優子ちゃんは会うたんじゃろう? なんちゅうとった?」

「いや、真っ暗闇でシュルシュルいう気配しか分からなかった言うとったわ」

「そうか。まあええわ、なんとかなるじゃろう」

「そないええかげんな計画で、失敗したらどないする気いじゃ?」

「だあいじょうぶじゃ。蛇の弱点をつく秘密兵器をぎょうさん持って来ておる」

「蛇の弱点?」

 と訊いたのはわたし。

「そうじゃ。蛇はは虫類じゃ。は虫類というやつは変温動物で、鳥やほ乳類のように自分で体温調節することが出来ないんじゃ。まあ娘たちは元は人間じゃが、蛇の本性を備えておることはわしが身をもって確認しておる。蛇は周りの温度が下がると活動が鈍くなり、極端に体温が下がると仮死状態になって冬眠する。

 わしの船には液体窒素のボンベが船底に満載されておる。マイナス150度cじゃ、人間が生身で触ればあっと言う間に凍傷を起こすし、下手すりゃ大爆発を起こすから気をつけろや?」

 ヒッヒッヒッ、と爺ちゃんは不敵に笑った。

「こいつでまず島のへび、ユリエと娘のモモカを冬眠させる。今夜、眠ったところを仕掛けるぞ? まずはわし一人でやる。失敗したら全部わしのせいにしてわしを処刑するがいい。だがもし成功したら、そん時は島のもん全員腹をくくってわしに協力しろ。ええな?」

 爺ちゃんの凄味のあるギョロ目に睨まれて、漁師たちは渋々うなずいた。爺ちゃんはうなずき、わたしには優しく言った。

「嬢ちゃんは手伝ってくれよ? お仲間の命がかかっておるんじゃからな?」


 わたしたちは爺ちゃんの海兆丸の船倉に黒い液体窒素のボンベが何十本と満載されているのを確認した。数人がかりでなければ運べないプロパンガスみたいな大型の物が数本、二人がかりで行けそうなロケットランチャー大、一人で脇に抱えて使える大型の消火器大が数十本ずつ。爺ちゃんはおまえは一蓮托生じゃと羽場ジジイと年寄り4人にロケットランチャー1本と消火器タイプ4本を運ばせ、自分も2本、わたしにも

「護身用に1本持っとくか?」

 と訊いたけど、わたしは辞退した。ボンベは軽トラックに載せて真珠町に運ぶ。わたしは共犯者として情報を渡した。

「ユリエさんとモモカちゃんは今ホワイトパールホテルに泊まってるわよ。わたしたちが泊まってるからいっしょにバカンスしたいって」

「そうか。そりゃ好都合じゃ」

 ニヤリと笑う爺ちゃんに、わたしはちょっと複雑な思いで訊いた。

「ユリエさんとモモカちゃんも悪い人なの?」

「フム」

 堤防の丘で、爺ちゃんはわたし一人を仲間から離れたところに呼んで話した。

「ヘビはな、しょせん蛇なんじゃ。人間様とは違う畜生の血が流れとる。

 白樹様も常に生け贄を求めているわけじゃない。昔は1年に1人食らっておったらしいが、ここ数年はだいぶ間が開くようになって、前回生け贄を食ったのは8年ぶりだったらしい。その代わり一度に4人の娘を食ったそうじゃ。年寄りの大食らいじゃな。その前回から今年で8年目じゃ。今回は何人食らう気やら。もうだいぶお年だで、このところ普段はずっと眠ったままらしい。腹が空くと起き出して、悪い血が騒ぐようなんじゃな。白樹様の娘たちも普段はなんも悪さはせん。ちいと女の子に対してエッチらしいがな? 生け贄さえ求めなんだら、ええ神様なんじゃろうがのお…………。娘食らいばかりは許しておけん! ユリエもモモカもその手伝いをしとるんじゃ、やっぱり見過ごしにはでけん。それに……、どうやら人間の味を覚えたんは、白樹様ばかりじゃないらしい。生け贄の数が増えたんは……娘たちも白樹様といっしょになって娘を食ろうておるっちゅう話じゃ」

「それは、誰から聞いたんです?」

「娘を生け贄に取られて島を出た男じゃよ。自分の娘が食われたんじゃあヘビ様の施しなんかそれ以上受ける気にはならんじゃろう……」

 そうか、やっぱりユリエさんもモモカちゃんもやっつけなくちゃならないのかと思うとちょっと残念。あーあ、柔らかくって気持ちよかったのになあ…………。

 わたしは離れたところでこちらを窺っている漁師たちを気にして訊いた。

「あの人たち、だいじょうぶかなあ? わたしたちを裏切らない?」

「フウム」

 爺ちゃんも油断できないように目を細めて肩越しに眺めた。

「裏切るかも知れんのお?」

「ヤバイじゃん?」

 爺ちゃんは嫌らしく笑った。

「ま、多分だいじょうぶじゃろう。このところ表立って贅沢するようになって、欲の皮が突っ張っておるじゃろうからの。

 わし、この島はとんでもないへそくりを隠し持ってると言ったじゃろう?」

 ああ…、言ったかな?

「それはな、ここじゃのうて、白輝島にあるんじゃ。白樹様の寝所は、純金のピラミッドの部屋の中に建った、純金のお堂なんじゃ」

「ええーっ!? 純金のピラミッドーーっ!!??」

「そうじゃ。平泉の金色堂なんぞ目じゃない金無垢じゃ。幕末の動乱、度重なる大戦のごたごたの中で、何がどうしてかこの島の人間の手に大量の金塊が流れ込んだらしい。それも白ヘビ白樹様の強力な富を呼ぶ力のおかげじゃろうが、さすがにヤバいブツで手に余り、白樹様にまずお堂として、次にお堂を囲うピラミッドとして、奉納されたんじゃ。白樹様はたいそうお気に召されて一時もそこから離れようとせんとか。俗な神様じゃな。一方人間どもも表立って贅沢できるようになればその大量の金塊を使えるようになる……邪魔な白樹様さえ運び出せれば、な」

 生け贄を差し出してまで富を得たい俗人どもの欲のツッパリを見越して爺ちゃんは毒々しい笑いを浮かべた。

「人間っちゅうんは浅ましゅうて、恐ろしいもんじゃのう?」

「まったくです」

 わたしは爺ちゃんの顔を見て答えた。


 夕方日が落ちる時刻にホテルの外で落ち合うことにして、わたしは一足先にレンタサイクルで出発した。……また上り坂なんだなあ……。リッチに黄門様のテーマ曲でも歌って頑張ろう。

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