26,島の正体
漁協というのは漁師たちが出てきたコンクリートの建物のことだった。そこの応接室でわたしは麦茶を出されて長太郎さんの話を聞いた。
「お嬢ちゃん。この島をどう思う?」
「えーと、海がキラキラして素敵な所だなあ……と……」
「みすぼらしいど田舎じゃろう?」
爺ちゃんは遠慮しないでいいぞ?と「ハッハッハッハッ」と大笑いした。笑いの残ったニヤニヤ顔で、ないしょ話するように。
「ところがな、実はこの島、とんでもないへそくりを隠し持った大金持ちの島なんじゃ」
周りで立ちんぼの漁師たちは腕を組んで渋い顔をしている。なんの冗談かと思ったが、どうやら本当みたい。爺ちゃんも大まじめで続けた。
「本当なんだぞ? この島が信仰しておる『ハクジュ様』というのは齢何百年という大きな白蛇でな、白蛇は日本中で縁起物として大事にされておるだろう? 脱皮した皮を財布に入れておくとお金が貯まるとか、家に住み着くと家が栄えるとか?」
わたしはうなずいた。ブッチーと話したネタだ。
「ありゃ本当じゃ。わしは不信心者ではねえ。神様っちゅうもんを信じておるし、その力が本物だということも知っておる。そうじゃなあ……
このところパワースポットっちゅうのが流行っておるだろう? あれは場所のことだわな? 神様っちゅうんは元々自然にあった場所が肝要なんじゃ。山そのものが信仰の対象になっておる神社が多いじゃろう? ありゃあ山に力があるんじゃ。神の力っちゅうんは元々自然の力なんじゃ。なになに尊だのなになに公だのいうのは人間の後付けじゃ。神様を喜ばせて手なずけようという人間の小狡い知恵じゃわな」
爺ちゃんはけっこう罰当たりなことを言ってかっかと笑った。
「ところで動物にも神の力を持った物がおる。白ギツネや白ヘビなど何故か白い動物がそうじゃな。これは偉い学者が頭のいい理屈をこねようが、本当のこっちゃ。白ヘビは人を富ませる力があるんじゃ。中でも、白輝島の白樹様は特別に強い力を持っておる」
爺ちゃんのしたり顔でねめ回されて漁師たちはまた嫌な顔をした。
「この島のもんらはみんな白樹様のありがたい皮を持っておる。この皮を持って宝くじを買うとな」
爺ちゃんは口に手を立ててひそひそ声で言った。
「ほぼ確実に高額当選するんじゃ」
バチッとチャーミングにウインクした。肌が黒く強面だが、よくよく見るとなかなかイケメンで、若い頃は女泣かせだったんじゃないかと思われる。わたしは感心して言った。
「へえー、いいですね? わたしも是非欲しいです」
わたしが信じてないんだろうと見越した細い目でほくそ笑みながら爺ちゃんは続けた。
「そうだわな、誰だって欲しがるわな? だからそれは島のもんの島外不出の絶対の秘密なんじゃ。もしおまえさんが今聞いたことを外に漏らしたら、おまえさんは掟によって殺されるから用心しなせえよ?」
爺ちゃんは笑ったが、目はマジだった。
「本当なんですか?」
おずおず訊くわたしに爺ちゃんは大きくうなずいた。わたしはちょっと…肝が冷えた。
「この島が貧乏ったらしく見えるのはイミテーションじゃ。本当はみんな何百とか何千とか外の銀行に貯金を持っておる。宝くじ買って一生遊んで暮らそうと思えば楽に出来る。だが、それをみんながしたらどうなる? 島の外の連中にあの島はどうなっとるんだ?と怪しまれるじゃろう? 島を富ませてくれる白樹様の存在は絶対の極秘事項じゃ。その秘密を危なくさせる者は、村によって粛正される。その当人一人だけじゃない、一族の者が皆連帯責任で処刑されるんじゃ。実際に何度かあったらしい。当人はもちろん、一族の者が皆、蛇に噛ませて毒殺したり、船から落として鮫の餌食にさせたり、まあむごい話じゃな。それだけせにゃ守れない秘密っちゅうこったろう」
わたしは共同体意識の強い村社会にゾッと恐怖を感じた。いざとなったら、やっちゃうんだろうなあ、みんなで決めたことは…………
あーあ、よくもそんな秘密を教えてくれたなと恨めしく思ったが、わたしももう村の掟から逃れられないんだろう。……だったらせめて白樹様の皮が欲しいなあ。でなきゃ割に合わないじゃん?
わたしの命を人質に爺ちゃんの話は続く。
「しかし金を持っていれば使いたくなるのが人情だわな? 積立金で年に一回の海外旅行だの、ごまかしごまかし贅沢しておるが、金持ちなのに貧乏人のふりして毎日生活しとるんは辛いわ。うんだらちゃんと、大々的に金儲けをしているふりをしたらいいんじゃないかと、考えられたんが、『真珠輝』じゃ。今こらーげんたらいうんが流行りなんじゃろう? この案を出したんは、白金のユイじゃろう?」
漁師たちは不承不承うなずいた。爺ちゃんはうなずき。
「そうじゃろなあ。あれは頭が良くて思いきったことをやりおる。怖い女じゃ。
そうして始めた真珠輝事業じゃが、イミテーションのつもりが、ところがどっこい、これが当たりよった。人間変に欲を持たないと成功するもんじゃのう? ワハハハハハハ。欲が出た村ではこの島をリゾートアイランドに改造しようと頑張っておるようじゃな? ご苦労なこっちゃ」
「あのー……」
わたしはおずおず手を挙げて質問した。
「何が問題なんでしょう? こうして成功して、隠れ金持ちだった島の人たちが堂々お金持ちの生活を出来るようになって、万々歳じゃないですか?」
わたしの疑問にもっともだと爺ちゃんはうなずき、説明した。
「白ヘビ白樹様は今や立派な神様じゃ。そうすると、元々ただの畜生じゃったんが、悪い知恵を持つようになった。困ったことに、人間の味を覚えてしまったんじゃ」
「ゲッ。まさか……」
「そう。白樹様は、人間の生け贄を求めるようになった。もう二百年も前からのことじゃ。この島の歴史はこの辺りでもずいぶん古いからのう。白樹様はもう千年も生きていると思われる。それだけ生きておると蛇も人間も超越して、命っちゅうもんを弄ぶようになりなさる。人間ばかりかと思えば、生き物っちゅうのは知恵が付くに従ってそういう悪い癖を持つもののようじゃなあ……。白樹様は自分が島の人間たちを富ませてやって自分が島にとってなくてはならない存在であることをちゃあんと知っておる。だから無茶な要求でも通ると、ちゃあんと知ってござるんじゃ。まったく、蛇畜生の分際で、腹立たしいことこの上ないわ。
人間を食うようになった白樹様は、人間の巫女を自分の娘として操る妖力を身につけよった。
それが白金家の女どもじゃ。白樹様は女どもに自分の蛇の力を分け与え、島の人間たちを支配する使命を与えておるんじゃ。
白金家の女どもは白樹様の力を欲する島の者どもにとっては白樹様の分身として絶対の存在じゃ。あ奴らの言うことにはなんでも従う。娘を生け贄として差し出せと言われてもな」
長太郎爺ちゃんはあごをぐうと突き出して怖い顔で黙ってしまった。
「もしかしてその生け贄に……」
爺ちゃんは鼻から太い息を吐いて言った。
「そうじゃ。白樹様のご所望は十七から二十歳の美しい生娘じゃ。当時島でそれに該当する娘は15人おった」
まあ!十七から二十歳の美しい生娘が15人も!というツッコミはこの場の空気を読んで引っ込めた。爺ちゃんの若い頃だろうから昔の話だもんね? わたしはもちろん該当するわよ?
「わしはその前の生け贄を求められたときにも反対した。そうじゃったよなあ?」
爺ちゃんは、昔のことだろうけれど、今も生々しい恨みを込めて年寄りの漁師仲間をねめ回した。みんな重苦しくうつむいてしまっている。
「しかしわしも島に暮らす身じゃ、村の総意には逆らえん。反対はしたが、生け贄の娘を選ぶくじには参加した。そのくじで、羽場んとこの優子ちゃんが選ばれたんじゃったなあ?」
爺ちゃんはギョロリと一人の立派なひげを生やした老人を見た。老人は顔に汗をいっぱい浮かべてううむとうなった。この人がその羽場さんだろう。あれ? 長太郎爺ちゃんの娘さんが選ばれたんじゃなかったの?
「おめえ、恨みっこなしにくじで決めようと、自分から言い出したんだよなあ? おめえ父親が村長で、今度村が町に格上げになるっちゅう機会に後を継いで初代町長に立候補する気いでいたんじゃもんなあ?」
「それはもういいでねえか。とっくに諦めたわい」
羽場老人は力無くいじけたように言った。爺ちゃんはフン!と鼻息荒くして続けた。
「ところがてめえが娘のために引いたくじが当たるやいなや、真っ青になってブルブル震えやがって、頼む、娘は許してくれとみっともなく泣きわめいて皆に頼んで回ったよなあ? そん時もわしは生け贄はよそうと皆に言ったよなあ? そうじゃったなあ?」
年寄り連中はうつむいて顔を上げようとしない。
「生け贄を強行したのは優子ちゃんの祖父さんの村長だ。村の長である自分の孫が、我が儘で生け贄の義務から逃れるわけにはいかねえと、村の連中はさすが村長様は立派でござると、えろう感動しちょったのう?
約束の期日、優子ちゃんは白輝島へ船で送られていった。ところがその翌日、白金のお社様に伴われてそのまま帰ってきよった」
知った名前が出たのでわたしは思わず挙手して訊いた。
「お社様って……、ああそうか、役職のことなのか? ユイのお母さんじゃあ、ないよね?」
「お嬢ちゃん、お社様に会ったんか?」
「ううん。わたしは白輝島からすぐ帰ってきたから」
「白輝島から帰ってきた?」
「うん。でっかいシャモたちにびびって、上陸組とお帰り組に別れて、わたしたちはそのまま帰って来ちゃった」
「そうか…………。まあそれは後じゃ。そのお社様じゃよ」
「へ?」
「あの女は白樹様の娘じゃ。もう百年以上生きとるはずじゃ」
「え〜〜っ!? 百歳のお婆ちゃん!? ………しわだらけのミイラ?」
「いや。わしが見たときは三十そこそこの色気のあるなかなかの美人じゃった。蛇は年を取っても大きくなるだけで姿は変わらんじゃろう? 白ヘビの娘は年を取らんのじゃ」
「へー……、羨ましい」
「話を続けるぞ?」
「失礼しました。どうぞ」
「村の者は白樹様が生け贄を食うことをやめて娘を返してくださったのかと安堵したが、そうではなかった。それどころか、お社様は白樹様はたいへんご立腹であるとおっしゃる、この娘は生娘ではないぞ!と。ま、村のもんもさすがにそこまでは調べんからの、自己申告制じゃ、ま、そういう間違いもあろうかと思うたが、そうじゃなかった。青くなった優子の言うことには、生け贄として送られる前の夜に、こっそり村の若者と通じてしまったんじゃと。のう、羽場。優子ちゃんはどうしとる? 元気にしとるか?」
「あ、ああ……」
羽場の爺さんはぎこちなく愛想笑いを浮かべて言った。
「今、旦那が真珠輝の工場長になって、いっしょに働いているよ」
………………あの、工場長夫人。いやあ…、こう言っちゃあなんだけど、白樹様に突っ返されたのってもしかして「美しい生娘」の「美しい」の部分に差し障ったのじゃないかと……はい、すみません。
好々爺の羽場爺さんをフンと馬鹿にして爺ちゃんは続けた。
「父親のおまえは、この馬鹿たれが、この家の恥さらしがとさんざん言っておったが……、おい、羽場、おめえだろ?娘に知恵つけて、生娘でなかったら返されるかも知れない、さっさといい男と通じてしまえとそそのかしたんは? あん時のおめえの下手くそな田舎芝居でみんなばれとったわ、……と、わしはそん時は思った」
爺ちゃんは顔を真っ赤にして怒りの形相で年寄りたちを睨み付けた。
「おかしいじゃろう、のう? 皆の衆。改めて生娘の生け贄を選ぼうとしたら、該当する娘たちはみーんな、いい男と通じて生娘ではなくなっておった。のう? これはいったいどういうことじゃあ? おまえら揃いも揃って、結婚前の娘の躾をどうしとるんじゃあ?」
……まあ、現在だったら年頃の生娘の方が貴重だろうから、不思議でもなんでもないんだろうけれど。
「改めて生け贄を選ぶ段になったら、生娘はわしんとこの娘一人になっておった。こりゃいったいどういうこっちゃい、ええ? おまえら揃いも揃って、すまねえ、ここはおまえんところのユイちゃんをなんとか生け贄に差し出してくれと、申し訳なさそうに頭下げやがって、皆で相談して謀りやがったんじゃろう!? 最初からうるさいこと言っておるわしの娘を生け贄に差し出させようと、そう決めておったんじゃろう!? ええ、やい! 羽場! ジジイども! ええかげん白状せえっ!!」
まるで世紀末覇王のように憤怒の表情で組んだ腕にぶっ千切れそうにぶっとい血管を浮き上がらせ闘気を立ち上らせる長太郎爺ちゃんに、年寄りたち、とりわけ羽場ジジイは恐れ入り、へへえーー…、と土下座した。
「す、すまん! 長太郎! ち、違う、違うんじゃあ!……」
「何がどう違うんじゃ!?」
「生娘でなくなれば返されると、わしに知恵を付けたんは、お社様なんじゃ!」
「なにいっ!?」
これは爺ちゃんも初耳だったらしく、思わず立ち上がった。
「羽場! それは本当か!?」
「ほ、本当じゃ、本当じゃとも! それだけでねえ、それを、おまえ以外のみんなに教えてやれと、そうわしは言われたんじゃ。本当じゃ! おまえんとこのユイちゃんを選んだのは、わしらではねえ! お社様なんじゃ! お社様は前々から美しいユイちゃんに目を付けておったんじゃ。すまん、長太郎! この通りじゃ、許してくれえ!………」
年寄りたちは土下座したまま手を合わせて爺ちゃんを拝んだ。爺ちゃんも思いがけない告白にううむと握り拳をブルブル震わせた。わたしは疑問だ。
「あのー……、盛り上がっているところ申し訳ないんですが、ひょっとしてまさか、長太郎さんの娘さんのユイさんというのは…………」
爺ちゃんはため息をつき肩の力を抜くと、優しく、泣き出したいような顔でわたしを見て言った。
「そうじゃ。あの白金ユイじゃ。白樹様はよっぽどユイをお気に入りになったのか、食わずに自分の娘にしてしまわれたんじゃ」
ハイ!、とわたしは挙手する。
「ユイさんって、今、何歳?」
「四十八歳じゃよ」
シェーーー!!!! 19歳って、29歳もサバ読んでんじゃん! 美魔女もいいとこだよっ! ほとんど詐欺だよ、イリュージョンだよ! 羨ましすぎるよっ!!
「えーと、じゃあ、お社様とは本当の母子じゃないんだ? 本当のお母さんは?」
爺ちゃんは悲しそうに言った。
「あれが7歳の時死んだ。病気でな。だからわしは、どんなに金を恵まれようと、白樹様なんぞをありがたがる気にはなれんかったんじゃ。娘ユイだけがわしの生きる希望じゃったのに、そのユイを、あんな化け物にしおってからに……。許さん。わしは白樹様と白金一族を、絶対に許さんぞ!」
「でも、ユイさんは娘さんなんでしょ?」
「今や白金家白樹様の筆頭巫女はユイじゃ。白樹様の娘として島にやってきたユイは次の生け贄を命じ、自分で気に入った娘をそのまま連れ去ってしまった。わしは娘のそんな所行が許せず、次に現れたとき心中する気で包丁で斬りかかった。だが、あれはもう蛇の化け物じゃ、とうていかなわず、わしは赤子のように遊ばれて、地面に這いつくばされた。あれの中身はもう、わしの娘の結衣ではない…………。
いかに自分の娘だとて今や白樹様の娘様に刃物で斬りかかったんじゃ、本来なら村の掟で殺されて当然のところ、ユイ様の温情で許されて、わしは島を出ることにしたのじゃ。かれこれもう、20年になるかのう…………」
長い長い年寄りの昔話がようやく終わった……と思ったらまだ続くんだな。麦茶お代わり。




