22,準備
モデルたちが朝目覚めると、芳沢スタイリストと相原メーキャップが同室の天宮カメラマンが夜トイレに出ていったきり戻ってきていないと騒いでいた。
騒ぎを聞いてユイがやってきた。
「天宮さんがいなくなっちゃったの? そう…………」
ユイは何か知っているような思わせぶりな表情で芳沢、相原を見た。
「実は昨日、山の白蛇様が一匹、殺されているのを発見したんだけど……」
芳沢と相原はギクッと顔を引きつらせた。
「何か、ご存じかしら?」
二人とも震え上がるようにブルブル首を振った。
「そう…………。天宮さん、白蛇様の祟りで神隠しにされたんじゃないかと思うんだけど…………」
「神隠し?」
二人とも後ろ暗いところがあるので不安そうに訊ねた。
「ええ。もしそうなら、白蛇様の巣に捕まっているんじゃないかと思うんだけど」
行方不明者が出たとはたいへんで、葵マネージャーが訊ねた。
「それはどこ? すぐに安否を確かめなくちゃ」
「それは駄目。人が近づいていい場所じゃありませんから。白蛇様がお許しになったら帰されるでしょう」
「許してもらえなかったら……?」
「だいじょうぶでしょう」
ユイはあっけらかんと笑った。
「白蛇を殺したのはシャモです。天宮さんはたまたま近くにいただけでしょう。ねえ?」
ユイに問い掛けられて芳沢、相原は思わずこっくりうなずき、慌てて目を見交わした。
「その内ひょっこり帰ってきますよ」
ユイは笑って言ったが、葵マネージャーの心配は納まらない。
「そんなにのんきにしていていいのかしら? せめて辺干島に連絡して捜索隊を送ってもらいましょう?」
葵は携帯電話を取りだしてかけようとしたが、
「それはやめてください」
ユイが冷たくぴしゃりと制した。
「ここは白蛇様の神域なんです。外部の者が侵入して荒らされるようなことになれば、どんな恐ろしい祟りが起こるとも知れません」
「そんな…、祟りなんて……」
葵は東京でモデルをやっているユイの迷信深い島人根性を見せられて嫌な気分になった。葵の方でも決然と言った。
「分かったわ。でも、今日一日よ? 夜になっても天宮さんが見つからないようなら、島に連絡して捜索の応援を頼みますからね?」
ユイは一応物分かりよくうなずいて言った。
「そうですね。きっと、夜までには見つかるでしょう。白蛇様は、さっぱりした性格をしていらっしゃいますから」
まるで人を評するように言うユイに葵はゾッとするものを感じた。この島の人たちは白蛇様なるものに狂信的な信仰を持っている。確かに下手に刺激するのは危険だと思った。
深刻に不安がる葵マネージャーから隠れてユイはアッカンベーと長い舌を伸ばした。あの後彼女は天宮カメラマンをどうしてしまったのだろう?
「はーい、みなさーん。朝食はチキンフィレサンドを作りますから顔を洗って居間に集合してくださいねー」
みんな、またニワトリか、とげんなりした。
「クエ〜〜〜ッ、クェクェクェクエ〜〜〜〜〜〜ッッッ」
表からシャモのけたたましい鳴き声が響いてきた。山のこちら側だろうが位置までは分からない。また聞こえた。島に着いてから昼の間中聞こえてくる声ではあったが、どうも声の調子がせっぱ詰まった悲鳴のように聞こえた。まるで、断末魔のように。あの蛇さえ引き裂き食ってしまう凶暴なシャモを襲って恐怖におののかせる物とは、なんだろう?
二つの丸テーブルについて食事を始めた一行だが、やはり天宮カメラマンの行方不明が気になってうち沈んだ食卓になってしまっている。
葵が訊いた。
「お母さんと妹さんたちは?」
お社様と二人の娘がこの場に来ていない。ユイはなんてことないように言った。
「お母さんは朝寝坊。キョウカとマミは別の朝食をとってるの」
「なんでここでいっしょに食べないの?」
「特別メニューなの。サプリを作るのにいっぱい体力が必要だからスタミナメニューをね」
「ふうーん……」
そんなにたいへんなことなのだろうか? モデルたちばかりか葵やスタッフまでみんな昨夜のコラーゲン風呂のおかげでスベスベプルプルの美白肌に変身している。あの特別製サプリは是非欲しいところなのだが……
また外からシャモの断末魔の悲鳴が聞こえてきてみんなビクウッと背中を丸めた。
山でいったい何が起こっているのだろう?
この場にいないキョウカ、マミ姉妹と、特別のスタミナメニュー……
まさかね……と思いながらみんな暗い顔をうつむけているのだった。
鶏肉はもう飽き飽きで、蕁麻疹が出そうだった。
「ただいまー」
玄関から二人の声が聞こえた。外から帰ってきたようだが、外のいったいどこで朝食をとっていたのだろう?
「はあーい、お帰りなさーい」
台所で朝食の後かたづけをしていたユイは返事をして迎えに向かった。感心にユイのお手伝いをしていたウララとカノンもついていった。
「えっ!? ど、どうしたの、その、お腹!?」
ウララの素っ頓狂に驚く声に、ごろごろテレビを見ていた他のモデルたちもぞろぞろ玄関に出ていった。
「んなっ!???」
みんな帰ってきた二人の、お腹を見て、驚きのあまりカラヴァッジオの絵画のごとき劇的なポーズで固まった。
二人は昨日と同様Tシャツにミニスカートのラフなかっこうをしていたが、そのTシャツをめくれ上がらせてまるで臨月の妊婦のごとき丸々巨大な腹を覗かせていた。
みんなのあまりの驚きようにキョウカは年頃の乙女らしく恥じ入る風情を見せたが、マミは膨らみきって弾けそうなお腹をポンポン叩いて、
「あー食べた食べた。久しぶりに頑張っちゃった。さすがに満腹すぎるわ。ちょっと昼寝してこなすわね?」
と、サンダルを脱ぎ捨てて廊下へ上がると、ドス、ドス、と、階段を上がっていった。
「皆さん。少しお待ちくださいね?」
と、キョウカも妊婦のお腹を両手で隠すようにドスドス階段を上がっていった。モデルたちは眉間にしわを寄せてその姿を見送った。
「そうね、じゃあ」
ユイの声に皆いっせいに強張った顔を向けた。
「10時開始ということで。皆さんそれまでのんびりしていてくださいね? じゃ」
と、ユイは台所の片づけへ戻っていき、
「じゃあねー」
と、カノンもいそいそと恋人の後を追っていった。ウララはその場にとどまり、他のみんなと顔を見合わせた。
「ちょっとちょっと」
葵マネージャーが皆を手招き、あっち、と台所と反対の部屋へ向かった。
障子を開けて皆を中へ入れ、
「瀬合さん、ちょっと見張ってて」
と瀬合編集員をそこに立たせて中へ入ると、みんなを集めて円になった。
「ちょっと、ここ、変じゃない?」
気味悪そうに言うと、みんな周りの顔を窺いながら遠慮がちにうなずいた。葵はその顔を確認し。
「この島、わたしたち以外いないのよねえ? 天宮さんは、姿を見せないお社様がどうかしてるんじゃない? あの人、島の信仰の一番偉い人なんでしょう? 無害な天然お嬢様ののほほんとした顔してるけど、とんでもない裏の顔があるのかも知れないわよ?」
皆青い顔をし、芳沢がポツリと。
「天宮さん、自信家で好奇心が強いから、何かこの島の秘密を探ろうとしたのかも……」
葵はうなずくと、ユイに禁じられた携帯電話をオンにしたが、電波のアンテナマークが立たなかった。
「あれ? おかしいな、朝は確かに通じたはずなのに…………」
ユイの仕業だなとゾッとした。アンテナ基地の電源を切ったのだろう。
「そこまでやるか……。やっぱりちょっと異常ね……」
こうなると島に連絡してもどうか怪しい。まさかとは思うが辺干島の人たちが自分たちの味方をしてくれるか不安だ。
「どうしよう?」
考え込むと、
「船……」
隠れインテリのユウミが言った。
「何かあったときに助けを待つんじゃなくて自分から島を脱出するための船なんかないのかなあ?」
「あるかも!」
葵は腕時計を見た。
「今8時40分。10時に始めるって言ってたからその前には呼びに来るでしょうね。とにかく早く船を見つけて脱出しましょう!」
葵はもう決めてしまったように腰を浮かせ、差し当たって必要な物を準備しだした。
「ちょっと待って」
アイリが言った。
「特製サプリはどうするのよ? 島を出るのは作り方を教えてもらってからでいいでしょう?」
葵は呆れ、
「アイリ」
ウララは深刻に心配そうにアイリの手を握りしめた。
「そのサプリがまともな物だと思うの? あのお腹見たでしょう? あの中にいったい何が詰まってると思うの?」
「何が入っているって言うのよ?」
「それは…………トリ…………」
「馬鹿馬鹿しい」
シズカがやーめたというように頭を振って立ち上がった。
「葵さんもウララも心配し過ぎよ。いったい何を考えてるの? 馬鹿馬鹿しい。わたしはサプリが欲しい。帰りたければ、帰ればいいじゃない? 作り方なんて教えてあげないから」
シズカは臆病な仲間たちをあざけって勝ち誇った。アイリはムッと負けん気強く睨んだが、
「シズカ…」
心配そうに見つめるウララと葵にシズカは居心地悪そうにして舌打ちした。
「じゃあこうしましょうよ、わたしと希望者はサプリの作り方を教えてもらう。その間に他の人は船を探して逃げ出すなり助けを呼ぶなりしたらいいじゃない?」
「そうね」
アイリもシズカに賛同した。
「あのお腹にはびっくりしちゃったけれど、わたしもサプリの作り方は欲しいわ。その為にこんな所まで来たんだから」
「アイリ……」
ウララは迷った。葵と目を見交わし、葵は仕方ないようにうなずいた。
「分かった。どのみち全員が消えたんじゃすぐに逃げ出したとばれるわ。わたしと、有志が、まずは船を探す。見つけたらここに様子を見に戻ってきて、必要なら全員で逃げ出す。それでいいわね?」
シズカがうなずき、他も皆うなずいた。
「それじゃあ…」
船を探すチームには、葵、芳沢、相原、そしてモデルからユウミが参加することになった。ユウミが手を挙げたのには皆驚いたが。
「わたし、ホテルのエステでなんだか変なことをされそうな身の危険を感じたんです。あのユリエさんって人が変なのかと思ったけど、こっちの本家の家族はもっと変みたい。みんなも出来たら自家製サプリ作りなんて参加しない方がいいですよ?」
と、冷静な分析を披露した。みんな嫌な顔をしながら、積極的にその意見に賛同することはせず、ユウミはがっかりしたため息をつき、
「ユーノ」
と、心配そうに妹を見つめた。
「ウザいなあ、この、裏切り者」
ユーノはコギャル丸出しの憎ったらしい顔で姉を睨んだ。
「なによ、自分だけちゃっかりエステ受けといて、わたしたちには諦めろ? あーあ、お利口なユウミちゃんは賢くて狡いわよねえ?」
ユウミの方も妹のぶーたれた態度にムッとして、どうせこの子は……と諦めた顔をした。ユーノの姉御のシズカが、
「そうだよ、ユーノだってプロのモデルなんだ、美しさを求めるリスクは当然分かってるよ」
と子分と自分を擁護した。シズカもエステを受けてユリエの妖しい手つきに触られまくったはずだが、その効果の絶大さに完全に欲望の虜になってしまっている。
仲間内の結束が乱れるのを心配した葵が思い出したように言った。
「カノンは? あの子は何してるのかしら?」
アイリが言った。
「あれは駄目よ。もう完全にユイのレズ奴隷に成り下がっているから、ユイの言いなりよ。下手に情報流したら、チクられるわ」
葵も心当たりがあって仕方なくうなずいた。
「じゃあカノンは切り離し。ま、いずれ目が覚めるでしょう。じゃあ、そういうことで、みんな、気を付けましょうね?」
皆それぞれの温度差がありながらうなずいた。
その後念のためトイレのぼっとん穴の中も覗いてみたが、幸いと言うべきかシズカがそこに落ちていることはなかった。




